飛散防止シールドが使われる様子を見守る臨床工学技士の百瀬直樹さんと開発メーカーの津野田博社長の似顔絵=GGタイムス イラストレーター カバ子 医療機器のプロフェッショナル、臨床工学技士
新型コロナ感染症が重症化すると、人工呼吸器や体外式人工肺(ECMO)などが使われることが広く知られるようになったが、これらの機器を動かすのは臨床工学技士(クリニカルエンジニア=CE)と呼ばれる専門医療職である。
私は2002年に臨床工学技士となり、医療機器の専門家として多くの医療スタッフとコミュニケーションをとりながら医療安全を高めることに大きなやりがいを感じてきた。昨年から病院に所属せずにフリーランスで仕事をするようになり、今年に入って技士同士のつながりを広げたいとネットで呼びかけて活動を始めたところで新型コロナの感染拡大という非常事態に直面した。
多くの施設から、何より医療現場を苦しめているのは感染防護具やマスク等が不足していることだという訴えが聞こえてきた。十分な感染対策ができないまま、未知の感染症と闘わなければならないとは……。どうにかならないのか、いや、自分たちでできることをとにかくやっていきたい。ネット上に集まった仲間たちの想いが一致して「OneCEコロナ対策プロジェクト」が立ち上がった。「OneCE」にはCE(臨床工学技士)が「一つになって」という意味と「一人ひとり」ができることをするという意味の両方を込めた。スローガンは「今、自分にできることを」である。
ここから、安価で使いやすい飛沫飛散防止シールドが生まれた。患者ののどに管を入れるときや管を抜くときには、患者がむせてしまい、飛沫が飛ぶことが多い。新型コロナウイルス感染患者は咳嗽(せき)が多く、その飛沫を浴びることも感染リスクを高める。これらが医療従事者にかからないように患者の頭をおおうように置く簡単な装置である。私たちは広く寄付を募って、この装置を医療機関に届ける活動を始めたところだ。
先輩から届いたLINEから始まった
百瀬直樹さんが試している様子=2020年4月13日、自治医科大学付属さいたま医療センター 尊敬する臨床工学技士の先輩、自治医科大学附属さいたま医療センターの百瀬直樹さんから「医療従事者を患者さんからの飛沫飛散から守るシールドを作ってみました!」と、写真とともにLINEが送られてきたのが、始まりだった。メーカーが加工したアルミのフレームにビニールがかかっている。このシールドがより多くの病院で使えるよう、図面の公開をしていること、そのことを他の病院へも広めてほしいということがLINEには書いてあった。
ものづくり企業にとって、図面はいのちとも言えるほど重要なものである。その図面を公開していることからも、百瀬さんとものづくり企業の強い想いが伝わってきた。
私とやはり臨床工学技士で自ら会社を立ち上げて医工連携にも取り組んでいる木戸悠人さんは、「コロナ対策プロジェクト」としてこのシールドを広めようと思った。
試作10回、医療現場とものづくり企業の試行錯誤
百瀬さんは、医工連携の先駆けとして今までも数多くの製品を臨床のニーズから開発している。その百瀬さんに「これと似たような製品がほしい」と麻酔科医が一枚の写真を見せた。そこには、アクリルで作成した飛散防止シールドが写っていた。
アクリルは材料が手に入りにくい上、加工が難しく重い。万が一落としたら割れてしまう危険性がある。女性でも持ち運びが容易で、設置が簡便にできることを考えた時、百瀬さんの頭に畑のビニールハウスが浮かんだ。小型のビニールハウスは、簡単に設置・解体ができる。それでいて、台風等でも壊れにくい。それをヒントに、軽量で比較的強度のあるアルミを使用して、ビニールハウスのような形状の飛散防止シールドを開発することにした。使用中は医療者の作業ができるだけ制限されず、様々な医療処置ができるよう、臨機応変に修正できる点も重要視した。手に入りやすく比較的安価なビニール袋を使用することで、使用後の片づけや消毒も容易にできると考えた。
しかし、アルミを曲げる加工は病院では難しかった。そこで以前から医工連携を一緒に取り組んでいた株式会社大門の津野田博社長に依頼した。ビニールハウスをイメージした手書きの絵をLINEで送信したところ、仕上がりの図面が返信されてきた。そして、約2時間後、試作第一号が届いた。一刻も早く試作品を臨床で使用してもらい、さらなる改良をする必要があるだろうという、津野田社長の想いから、異例の速さの納品であった。
試作10回にして完成した飛散防止シールド 最初に集中治療室(ICU)に試作品を持って行くと、感染対策で緊張していた看護師が笑顔で「すごーい」「これいい!」と声をあげてくれた。これがあれば安心して処置ができると直感したのだろう。その後、救急の医師らの声を取入れ試作品を作ること、計10回。臨床の声とものづくり企業の想いから、ついに飛散防止シールドが完成した。
クラウドファンディングへの挑戦
とは言え、飛沫飛散防止シールド自体が新型コロナウイルス発生以前には使用されてなかったものである。その購入を医療機関が優先して行うことが難しい現状もあった。そのため、OneCEコロナ対策プロジェクトの中から、私と木戸さんが中心になり、このシールドを医療機関へ無償で届けるためのクラウドファンディングにチャレンジすることにした。目的は、感染と隣り合わせの医療従事者の元へ、まずは1つだけでも飛散防止シールドを届け、実際に使用してもらうこと。
クラウドファンディングを開始して1週間。集まった寄付で、5つの医療機関に飛散防止シールドを届けることができた。新型コロナウイルスの第一波は終息の兆しが見えたものの、第二波へ備えるため、また、無症状で紛れてくる陽性患者さんもいるため、医療従事者を飛沫から簡易に守ることができる飛散防止シールドがさっそく使われている。寄贈した病院の臨床工学技士から「アクリル等と違い軽いのが素晴らしいです。所狭しで極めてごちゃごちゃした状況でも片手でサット使えました」という報告も届いた。
クラウドファンディングでの寄贈を希望する医療機関も増えてきている。1日でも早く、必要としている医療機関へ届けるため、私たちは活動を続けている。
患者を守る医療従事者への応援を
手術室での麻酔導入時に使われる様子=2020年4月20日、自治医科大学付属さいたま医療センター 新型コロナウイルスの蔓延は、私たちから、多くを奪い、日常生活を一変させた。しかし、今まで以上のつながりや想いを再確認することもできた。
医療従事者は患者さんを救うことにやりがいを感じ、自分のことは時として後回しになってしまうことさえある。しかし、皆さんにぜひ伝えたいのは、医療従事者もあなたと同じということ。医療従事者にも大切な家族や仲間、友人がいます。感染への恐怖心もあなたと同じです。それでも医療を守っている。
だから、医療従事者を応援してほしい。それが、患者さん(あなたかもしれないし、あなたの大切な人かもしれない)を守ることにつながります。
経済活動が再開され、プロスポーツも始まった。今や、ウィズコロナという新たな局面を迎えている。その中で、心までもコロナウイルスに蝕まれることがないように、今後も様々な活動を行っていこうと思う。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年7月8日 記事引用