簡単に言えば、いま、パンデミックで税収難に陥っている世界中の国々は、「テック・ジャイアンツ」とか「ビッグ・テック」とか呼ばれている、アマゾン、グーグル(アルファベート傘下)、フェイスブック、アップルなどに対する共通課税(デジタル課税)を導入しようと躍起になっている。自国企業が狙い撃ちされている感がある米国政府は反発しているが、大統領選もあって、真の問題解決は先延ばしされつつある。
経済協力開発機構(OECD)は2020年10月12日、「OECD事務総長のG20財務大臣・中央銀行総裁への税務報告書」を公表した。国際課税ルールに関する多国間交渉のために設けられた「BEPS包摂的枠組み」のなかで合意された素案が明らかにされ、2021年半ばまでに合意できるよう交渉を続けることが合意されたと記されている。
この「BEPS包摂的枠組み」には、G20とOECDの加盟国に途上国を加えた137の国と地域が参加している。BEPSは2011年6月1日から発効した「多国間税務執行共助条約」に呼応して、2013年7月になってOECD租税委員会がとりまとめた「税源浸食と利益移転(BEPS:Base Erosion and Profit Shifting)行動計画」に関連している。G20が同月、OECDによって提出された同行動計画を支持することを決めたことから、多国間および2国間の納税実績などの自動情報交換モデルが推進されるなど、脱税防止による各国税収の確保のためのルールづくりの枠組みとなっている。
2020年7月には、この枠内で、2019年以来、検討されてきた二つの柱の青写真を10月のG20財務大臣会合までに報告することが決まった。それが、2020年10月8~9日に開催された会合で公聴にかけることが合意されたため、公表に至ったことになる。
報告書では、第一の柱と第二の柱が実施されれば、「米国のギルティ制度の効果を合わせて考慮すると、世界の法人税収入を年間約600~1000 億ドル、ないし世界の法人税収入の最大約4%増加させる可能性がある」とされている(なお、ギルティ制度については拙稿「デジタル課税問題のいま:日本政府も独自導入を急げ」を参照)。
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税収確保のために「二つの柱」
第一の柱は、いわゆるデジタル課税に関連している。デジタル課税の納税場所についての新しいルール(「関連性」[nexus]ルール)と、各国間で課税権を分け合う新方法を設定することに焦点を当てている。その目的は、デジタル化された事業による収益が高い多国籍企業に、実際に所在していなくても継続的かつ大規模な事業を行っている場所で納税させることだ。その際問題になるのは、多国籍企業の連結財務諸表に基づく、特定司法管轄区域の所得とそれ以外で発生する企業の「グローバル利益」である。
第二の柱は、世界全体で最低税額を導入し、各国が多国籍企業による「税源浸食と利益移転」(BEPS)という課題への解決策とするものだ。
新しいルールは、連結グループの売上高基準額である7億5000万ユーロを超える多国籍企業を対象としている。具体的には、フェイスブック、グーグルの親会社であるアルファベート、アマゾン、アップルなどだ。二つの柱が実施されれば、世界全体の法人所得税収を年間で500億~800億ドル増やすことができると見積もられている。パンデミックを追い風にするデジタル課税
報告書には、「現在の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行の結果、国際的に営業し、利益をあげているビジネスが新しい国際税務規則のもとで公正な取り分を適切な場所で支払うことを確保するよう政府に求める国民の圧力が高まっている」と書かれている。あるいは、COVID-19によるパンデミックがデジタルビジネス課税強化の追い風になっている現状をつぎのように控え目に指摘している。
「政府は医療への支出を増やしたり、この危機の経済的打撃を緩和するために企業と働き手の両方に前例のないレベルの資金支援を提供したりしてきた。しかし、政府が公正で持続可能な立場に財政を戻すことに注力しなければならない時が来るだろう。」
このため、デジタル課税導入は各国にとって喉から手が出るほどに実現したい政策だ。すでに前述した拙稿「デジタル課税問題のいま」で紹介したように、フランスなどで独自のデジタル課税導入がみられ、それが米国政府の反発を呼んできた。
2019年12月、スティーブン・ムニューシン米財務省官はOECD事務総長宛ての所管で「セーフハーバー」(適用免除)を提案したことが知られている。この提案は、企業がデジタル課税の対象となるか否かの選択制を認める案である。これが認められれば多くの企業は課税対象とならないことを選択すると予想されるので、実質的にデジタル課税を骨抜きにしかねない。このため、「BEPS包摂的枠組み」メンバーから批判を受けてきた。
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それでも、報告書では、「課税ベースを決定する際には、特定のケースでは新しい課税権を適切に対象とするためにセグメンテーションが必要となるが、複雑さを軽減し、税務当局と納税者の負担を最小限に抑えるために、セグメンテーションからの広範なセーフハーバーまたは免除ルールが必要となる」と書かれている。セーフハーバー案を残すことで、第一の柱についての検討が継続されることになったものとみられる。欧米間の課税欧州は回避へ
デジタル課税には、G20やOECDのレベルで推進するものに加えて、フランス、英国、イタリアなどの欧州各国が独自の措置として導入するものがある。2020年9月には、欧州委員会のドンブロウスキス副委員長は、OECDでのデジタル課税議論が進捗しなければ、2021年前半にEU独自のデジタル課税案の策定を進めることを明らかにしていた。
いわゆる「デジタルサービス税」と呼ばれる税金は欧州各国で導入途上にある。フランス、英国、オーストリア、チェコ、ハンガリー、イタリア、ラトビア、ノルウェー、ポーランド、スロバキア、スロベニア、スペイン、トルコなどでこうした動きがある(詳しくは渡辺徹也「デジタルサービス税の理論的根拠と課題」を参照)。
フランスの場合、2019年6月に法案が下院を、同年7月に上院を通過し、同月24日にマクロン大統領が署名を行い、翌日から施行されている。対象課税事業は、オンライン広告、広告目的でのデータ販売、仲介プラットフォーム事業で、本社が他国にある場合でも対象事業の世界的な収入が少なくとも年間7億5000万ユーロ(8億6800万ドル)超で、フランス国内で2500万ユーロ(2900万ドル)超の売上高をもつ企業に対して、対象事業の収入の3% が課税される。4年間で約20億ユーロの税収が見込まれていた。
英国のデジタルサービス税では、連結ベースでデジタルサービスの全世界収入が5億ポンド(6億3800ドル)を超え、国内の同収入が2500万ポンド(3200ドル)超のグループに対して、その収入の2%の税率で課税される。
主として米国の企業が狙い撃ちされているとして、米国政府は反発し、2020年7月、2021年1月6日からフランスからの輸入品の一部に追加関税を課すと表明した。英国に対しては、米国への自動車輸出に関税をかけると脅してきた。欧州各国とも、G20とOECDの「BEPS包摂的枠組み」による合意がまとまれば、個別のデジタルサービス税を撤回するとしている模様だから、ともかく「BEPS包摂的枠組み」での交渉継続となったことで、米国と欧州各国が個別に対立することは当面避けられたと思われる。
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日本は「後出しじゃんけん」
例によって、日本政府は米国政府の顔色をうかがっている。G20とOECDの「BEPS包摂的枠組み」がまとまれば、それに合わせて日本でもデジタル課税を導入することになるだろう。実は、行政改革にしても、環境対策にしても、世界中の国々との協調政策が増えており、本当に日本の政治家が日本だけの事情で立法化している案件は極端に少ない。官僚は国際的な取り決めを翻訳して国内に適用するだけだ。
つまり、世界で主導権を握れないお粗末な政治家も官僚も「いらない」。少なくとも国会議員や中央官庁の官僚を半分にしても、まったく困らない状況にあると言ってもいいかもしれない。これが日本の実情だ。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年10月29日 記事引用