NHKのウェブサイトに、勤めていた居酒屋が閉店し失業したパートタイマー女性のニュースが掲載され、話題になっていた(「閉店でも「自己都合」? 追い詰められる非正規労働者」)。
女性は別店舗での勤務を打診されたが、自宅から遠く、シフトも大幅に減ってしまうことから退社した。女性は失業給付を受けようとしたが、自己都合退社ということになっていたことから、失業給付の受給を受けることができなかったという話である。
企業が「自己都合退職」に追い込むのは難しくはない
雇用保険の失業給付の申請などで順番を待つ利用者たち=2020年4月9日、千葉市美浜区のハローワーク千葉
失業給付は職を失った労働者に支払われる給付金である。
会社都合による退社の場合は7日の待機期間の後にすぐに受給することができるが、自己都合による退社の場合は待機期間の他、2カ月の給付制限期間があり、その後でないと給付を受け取れない。
また、自己都合退社の場合は給付の期間も短いなど、様々な制限が付くことから、自己都合退社にされてしまうと労働者が極めて不利益な状況に置かれてしまう。
今回の女性の場合は「勤務店舗の閉店」というハッキリと会社都合の理由から勤務条件が大幅に変化し、退社せざるを得ない状況に置かれているのだから、会社都合での退社にしてもらえばいいと思うだろう。
しかし、会社はできるだけ「会社都合の退社」ということにしたくない。理由は雇用関連の助成金を会社が受け取れなくなるなど、様々な制限が付いてしまうからである。
労働者は会社都合退社にした方が有利、企業は自己都合退社にした方が有利という中で、企業がパートタイマーに自己都合退社として辞めさせるのは、大して難しくはない。退社を指示しながら退職届に「一身上の都合により」と書かせて既成事実を作ったり、シフトを大幅に減らすなど、希望条件からかけ離れた労働内容で、退社せざるを得ない状況に追い込んでしまえばいい。
パートタイマーは労働時間により賃金が大きく変わるので、自己都合退職に追い込むのは簡単である。それでいて企業自身は「雇用を維持しようとしているけれども、バイトが自己都合で退社しているのだから仕方ない」という体で雇用関連助成金を受け取っている。その関係性はとても労使が対等であるとは言い難い状況である。竹中平蔵の発言はそれほどまでにおかしな発言だろうか
ここで僕はふと少し前に話題になっていた件を思い出した。
自民党政権と懇意であり、菅政権下でもブレーンとして活躍する、経済学者の竹中平蔵氏が、10月30日に放送された「朝まで生テレビ」に出演した際に「正規雇用はほとんどクビを切れないので、非正規を増やさざるを得なかった」「クビを切れない社員なんて雇えない」と主張したのである。この発言は竹中嫌いの人たちによって盛んに批判されていた。
だが、竹中氏の発言はそれほどまでにおかしな発言だろうか?
竹中平蔵氏
高度経済成長の時代ならともかく、不況に苦しむ日本では企業の事業が失敗、撤退することは当たり前である。そうしたときに人を大量に抱えこんで困らないように、企業は事業に必要な人材の多くを非正規雇用に頼るようになっているのである。
もはやそれはバブル崩壊以前のような「正規雇用のお父さんと、パート労働のお母さん」のような状況ではなく、家計を支えるメインが非正規労働である人も、もはや珍しくないのである。NHKの記事に出てきた女性も、パート労働ながらフルタイムで働き、大学生の子供を二人育てるシングルマザーである。
いうなれば、竹中氏の主張は「現実」としか言いようのないことである。
では、そのような現実がなぜ生まれたか。これはハッキリしている。「正規雇用のクビを簡単に切れないから」である。「正規雇用のクビを切れないから企業は労働の多くを非正規雇用に頼ることになった」のである。
竹中氏の主張を繰り返す形になるが、これは紛れもない現実なのである。非正規雇用は「いざというときにいつでも切れるバッファー」としての存在でしか無いのである。
ところが、竹中氏の主張を嫌うような人たちはこれを決して認めない。「会社は雇用を守れ」と言うのである。「会社が雇用を守ることで、労働者の生活を守れ」とそう言っているのである。
だから、民主主義国家である日本では、政府は国民の要請に従って会社に「雇用関連の助成金」という形で、たくさんのお金を会社に渡しているのである。
もちろんそのお金は「雇用の維持、確保」という名目で会社に渡っているので「会社都合での退社」を行っている会社には、受給資格がなかったり制限されたりする。
だからこそ、会社は非正規雇用を辞めさせるときに、離職願いに「一身上の都合により」と書かせたり、シフトを大幅に減らすなど、あの手この手を尽くして「自己都合での退職」に追い込むのである。
多くの非正規雇用が踏み台にされ続ける
もう分かっただろう。
非正規雇用が失業給付を受けづらいのは、日本の社会が会社に対し、「雇用の 維持、確保」を求め続けているからである。正規雇用の離職を前提としたような旧態依然な失業給付の制度は、非正規雇用のニーズにはまったく適していないのである。
会社に正規雇用を守ることを要求し続ける限り、その代償として、多くの非正規雇用が踏み台にされ続けるのである。
本来であれば、もはや会社が雇用の維持、確保ができないことを認め、誰しも雇用がいつでも失われることを前提に、社会保障のシステムを設計しなおせば良いだけの話だ。これはそれほど難しくない。
しかし、これまで自分たちの社会的な肯定感を労働による収入で得てきたほとんどの日本人に対して「雇用が失われることを前提に、社会保障を設計し直そう」という機運を生むことは不可能と言えるほどに難しい。
竹中氏の発言に対する批判は、その困難さの一端である。だが、現実を受け入れない限り、日本の経済は決して復活しないし、我々のような非正規雇用の人たちも決して救われないのである。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年11月23日 記事引用