2020年も残り少なくなった。後世、この年はコロナウイルス(COVID-19)が世界を席巻した年として記憶されることは間違いあるまい。だが本来ならば、まったく別の重要な1年になるはずだった。
実は本年は、気候変動、生物多様性、持続可能な社会づくり(SDGs)という将来を見据えた環境保全活動のいずれにとっても重要な節目の年であり、新型コロナが拡大する前の昨年12月、国連環境計画(UNEP)は「2020年は環境のスーパーイヤーだ」と呼びかけていた。その目算がコロナの蔓延で大幅に狂ってしまった。
コロナで足踏みする環境保全活動
スーパーイヤーとはどう意味だろうか。まず、気候変動対策の国際枠組みが2020年以降、京都議定書からパリ協定に変わることが挙げられる。そこで20年11月に英国のグラスゴーで開催されるはずだった気候変動枠組条約締約国会議(COP26)が注目されていたが、その開催は21年11月に延期された。
次いで生物多様性の問題がある。1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミットで、気候変動枠組条約とともに双子の条約として採択された生物多様性条約の締約国会議(COP10)が、2010年10月に名古屋で開催された。沖縄は生物多様性の島であり、その保全が極めて重要であることから、名古屋会議には筆者も含め多くの市民が参加した。
2010年10月に名古屋で開かれた生物多様性条約締約国会議で。浦島悦子さん、高里鈴代さん、筆者(右から)
名古屋会議で採択されたのが「愛知目標」だったが、20年までの短期目標の実現に向けた取り組みが難航しており、沖縄でもその生物多様性が危機に瀕している。そこで20年10月に中国の昆明で開かれる予定だった締約国会議(COP15)が注目されていたのだが、これも2021年5月開催に延期された。
そして2015年に採択された国連の持続可能な開発目標(SDGs)も、20年からが「行動の10年」だった。しかしこのSDGsの実現に必要な資金の調達にとって、コロナによる経済活動の低下が障害となるのではないかと懸念されている。
世界自然遺産の登録もストップ
そうした中、沖縄が固唾を飲んで見守っていた奄美・琉球諸島の世界自然遺産登録に向けた審査手続きが、やはりコロナの影響で大幅に滞っている。
日本政府は、奄美・琉球諸島が世界自然遺産登録基準のうちの「生態系」と「生物多様性」の2基準を満たすとして、2017年2月1日に国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦書を提出した。これに対しユネスコの諮問機関の世界自然保護連合(IUCN)は、18年5月、「生物多様性」については「基準に合致する可能性がある」と評価しつつも沖縄島北部にある米軍北部訓練場の返還地の森林を推薦地域に加えるように求め、他方「生態系」については、推薦地域が4島内の24地域に分断されていることで「生態学的な持続可能性に重大な懸念がある」と指摘し、登録延期をユネスコに勧告した。
沖縄本島北部のやんばるの森。手前は米軍北部訓練場=2018年4月19日、堀英治撮影
そこで日本政府はいったん推薦を取り下げ、北部訓練場返還地を推薦地域に編入し、24カ所に分断されていた推薦地域を5カ所に再編し、推薦理由を「生物多様性」一本に絞って19年2月1日に推薦書を再提出した。当初の予定では、世界自然遺産委員会での登録可否の決定は20年6月29日~7月9日に中国・福州で行われるはずであったが、新型コロナウイルスの世界的蔓延拡大に伴い延期となっていたのである。
そうした中、ようやく世界遺産委員会の日程が決まった。ユネスコは20年11月2日、世界遺産委員会委員国協議をオンラインで行い、次の委員会を21年6~7月に中国・福州で開き、他の推薦候補とまとめて登録審査することとしたのである。
米軍基地は分断する「森と海のつながり」
筆者は、2017年4月19日掲載の論座「返還されない北部訓練場の自然の価値」において、米軍北部訓練場の存在がやんばるの森の保全に及ぼす影響について懸念を表明していた。だが今日まで、この懸念は払拭されていない。
沖縄島北部の推薦区域(案)と緩衝地帯(案)=日本自然保護協会作成
そもそも奄美・琉球諸島の世界自然遺産登録に向けた日本政府の当初の推薦は、まったく腑に落ちないものだった。沖縄島北部のやんばる地域の推薦地(図で赤線で囲まれた部分)は、その東側の多くに本来あるべき緩衝地帯(図で黒線で囲まれた部分)がなく、推薦地域がむき出しになっていた。
実は東側には約3500ヘクタールの米軍北部訓練場と、推薦直前の16年12月22日に返還されたばかりの約4000ヘクタールの訓練場跡地があるのだが、日本政府が提出した推薦書はそこに何があるのか示していない異常なものだったからだ。そこで上記のように、北部訓練場の返還地を推薦地域に加えるようにIUCNから勧告を受けることとなったのである。
日本政府が推薦理由に「生態系」を挙げたことにIUCNが首を縦に振らなかったことも、米軍基地が障害となったように筆者には思われる。沖縄県は2013年3月に「生物多様性おきなわ戦略」を策定し、島北部のやんばる地域が目指すべき将来像を「森と海のつながりを大切にし、人々の生活と自然の営みが調和している地域」としている。ここで「森と海のつながり」とは、やんばるの亜熱帯照葉樹林の森とそこから流れ出る川、その河口に広がるマングローブの干潟、そしてサンゴ礁の海という大きなワンセットの生態系のことである。
米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯=2018年4月19日、沖縄県国頭村、堀英治撮影
しかし、米軍基地の存在によって「森と海のつながり」をそのまま推薦地域とすることが出来なかった。北部訓練場の過半は返還されたが、残りの半分の地域には返還条件として6カ所のヘリパッドが建設され、「つながり」を分断したのである。
そしてヘリパッドを拠点にやんばるの森を低空飛行するオスプレイが自然保全に大きな脅威となっていることは、前出の論座「返還されない北部訓練場の自然の価値」で論じた通りである。米軍基地(とその建設計画)さえなければ、6カ所のヘリパッドが作られた高江集落周辺も、そして2019年に日本初のホープスポットに指定された辺野古・大浦湾の海も、「森と海のつながり」として推薦地域となり、「生態系」が推薦理由として活きてきたはずだ。
辺野古新基地建設に県外から大量の土砂
このように今回のコロナ禍は、それまで取り組んできた様々な環境保全活動のこれからのあり方を改めて熟考することを求めている。沖縄は生物多様性に富む島であるが、withコロナ、postコロナの時代に、生物多様性をどのように守るのが適切だろうか。
新型コロナウイルスは野生動物に由来すると見られており、地球規模での人間活動の急拡大が野生生物との接触機会を増大させ、ひとたび「ヒト-ヒト感染」が起きると今までにない速度で世界中に感染が広がることを示した。このことが示したのは、沖縄を巡って展開される様々な人間活動の急拡大に伴う外来生物の侵入から、沖縄の生物多様性を守ることの重要性である。そして現在の局面において、質・量の両面において最も破壊的なインパクトを持つ人間活動とは、沖縄の場合は辺野古新基地建設であり、域外からの土砂調達にともなう外来生物の侵入であろう。
辺野古新基地建設の2013年当初計画では、沖縄防衛局は埋め立て土砂の4分の3を県外の西日本各地から調達する計画だった。しかしこれらの地域の大半は温帯地域にあり、亜熱帯の沖縄とは生息する生物相が異なる。そのため大量の土砂の搬入は沖縄の生物多様性の保全にとって致命的な影響を与える恐れがあった。土砂条例の適用を回避か
そこで沖縄県では15年に、議員提案による全国初の「公有水面埋立事業における埋立用材に係る外来生物の侵入防止に関する条例」(通称、土砂条例)を制定し、同年11月1日から施行した。この条例の第3条は、「事業者は、公有水面埋立事業を進めるにあたって、特定外来生物が付着又は混入している埋立用材を県内に搬入してはならない」としている。
埋め立て工事が進む辺野古沖の新基地建設現場=2020年11月5日、沖縄県名護市、河合真人撮影
だが沖縄防衛局は、この条例が障害となって工事が円滑に進捗しない事態を恐れたのであろう。埋め立て土砂の調達方針を変更し、2年以上も沖縄県や市民の目から隠していた。だが大浦湾には海面下90メートルに及ぶ軟弱地盤があり、提出していた設計概要を変更し、沖縄県の承認を改めて得ることが必要となった。そのための埋め立て変更承認申請書が、コロナ渦中の2020年4月21日に沖縄県へ提出された。ところがそこでは、「土砂は県内調達が可能」としながら、同時に「九州4県からも搬入」として、大量の土砂を確保するため県外からの調達の道も残しているのである。
ここで実に奇怪なのは、2013年の当初の申請書では海砂が埋め立て土砂等に含まれていたのに、2020年の変更承認申請書では埋め立て土砂等から外れていることだ。変更申請書はこう述べている。「変更前の埋立承認で埋立土砂等として用いることとしていた海砂は、他の埋立用材にて必要な量の調達が可能であるため、埋立材としては用いないこととした」
変更後の計画では、海砂はもっぱら地盤改良工事とケーソン護岸の中詰工のために使用するというのだが、実は変更前の海砂の用途とまったく同一である。邪推すれば、海砂を埋め立て土砂等のカテゴリーから外すことによって、土砂条例第3条の適用を免れようとしていることになる。変更計画で使用が予定されている海砂は約386万立方メートルで、沖縄の海砂採取量の2~3年分になる。このまま採取されれば、沖縄周辺の沿岸部では深刻な環境破壊が生ずる。地元の反発を恐れてリスク分散し、県外から海砂を調達する場合に備えて、土砂条例の適用を回避するために埋め立て土砂等のカテゴリーから海砂を外したのではなかろうか。
いずれにせよ、辺野古新基地建設に伴う県外からの大量の土砂の搬入が沖縄の生物多様性の保全にとって最大の脅威であることに変わりはない。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年11月24日 記事引用