6月20日、米オクラホマ州タルサで開かれたトランプ大統領の選挙集会の参加者はほとんど白人で、マスクを着けていなかった。赤い帽子の老夫婦は、イリノイ州から10時間かけて車を運転してきたと笑ったが、人種差別抗議デモについて聞くと顔を曇らせた。「『黒人の命も大事』と言うけど、みんなの命が大事だ。彼らは店を燃やすなどしているからね」
トランプ支持者は被害者意識と攻撃性を併せ持つ。白人優位からマイノリティー優位の社会に変わるという恐怖感。社会の多様化を後押しする民主党やメディアへの嫌悪感。そんな彼らが応援するのがトランプ氏だ。
新型コロナウイルスの直撃で、好調な経済を強みとしてきたトランプ氏の大統領選再選戦略は破綻(はたん)した。しかもコロナ対応の遅れなどが批判され、「人々の関心を変える必要が出てきた」(元トランプ政権高官)。そこにミネアポリス事件が起きた。
トランプ氏の新たな戦略は、リベラル的価値観と戦う「文化戦争」だ。人種差別抗議では警察側に立ち「法と秩序」を訴える。マスクを着けなかったのは支持層と重なる右派が「個人の自由」から着用に反対するからだ。
だが、文化戦争は社会の分断を深める。6月末には白人男性が「ホワイト・パワー(白人の力)」と叫ぶ動画にトランプ氏は「素晴らしい人たち、ありがとう」とコメントをつけてツイッターに投稿。世論調査で民主党のバイデン氏に差を広げられつつある中で、人種差別的な言葉を使ってでも中核の支持者を固めようとしている。
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トランプ氏の過激な言動が止まらないのは、政権内で独裁的な地位にあるためだ。象徴的なのは、自身の写真撮影のため、ホワイトハウス前の抗議デモ隊を催涙ガスで強制排除した6月1日の事件だ。政権内でトランプ氏をいさめる者がおらず、世論の反発を予想できなかった。
トランプ氏が権力を強めた要因の一つに、頻繁な更迭人事がある。ブルッキングス研究所によれば、大統領補佐官など65の要職の離職率は6月で88%に達した。記録のあるレーガン大統領以来、最高だ。ブレーキ役は更迭され、周囲はバー司法長官やポンペオ国務長官らイエスマンばかりとなった。
米国の民主政治は権力の暴走を防ぐため、政府・議会・司法の間で抑制と均衡が働く仕組みを持つ。ところがトランプ氏は共和党内の支持率が9割を超え、共和党議員は選挙時のトランプ氏の復讐(ふくしゅう)を恐れて動けない。「ウクライナ疑惑」では、トランプ氏がウクライナ大統領にバイデン親子への捜査を働きかけたことは明らかだったが、共和党が多数を占める上院は弾劾(だんがい)裁判で「権力乱用」を認めなかった。さらにトランプ氏は、独立して権力を監視する役目の監察官を相次いで解任した。
司法の独立も脅かされている。バー氏率いる司法省は5月、トランプ氏の「ロシア疑惑」の捜査をめぐる偽証罪で公判中のフリン元大統領補佐官への訴追を放棄すると連邦地裁に申し立てた。被告がいったん罪を認めたにもかかわらずだ。「ロシア疑惑はでっち上げ」というトランプ氏の主張を追認する狙いとみられる。
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歴代大統領でここまでの権力乱用ぶりは前例がないと言われる。米国の制度でも大衆扇動家型の人物が大統領になると、暴走を止めるのは難しい。
問題は外交に波及する。6月にワシントン郊外でG7サミットを開くと言ったかと思えば撤回し、今度は延期したG7に、メンバー国に相談せずロシアや韓国を招待すると発表。トランプ氏はG7開催で経済活動の早期再開を後押ししようとしたが断念せざるを得ず、代わりに大統領選前に世界各国の首脳に囲まれた自身の姿を見せる考えに変わったとみられる。外交筋によれば、国務省も寝耳に水だったという。
トランプ政権のコロナ対応は、他国への医療用マスク輸出禁止を決めるなど自国の守りを最重視するうえ、世界保健機関(WHO)を「中国寄り」と批判して脱退を表明。国際的な指導力を発揮するどころではない。
これに対し中国は、他国にマスクや防護服を送り、イタリアなどに医師団を派遣した。米外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」のダニエル・カーツフェラン編集長は「中国は明らかに今回の危機を米国の不在を浮き彫りにする機会ととらえ、米国と対照的な姿勢を示すために支援を申し出ている」と語る。
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トランプ氏は同盟国たたきも強める。日韓への米軍駐留経費負担の増額要求に加え、ドイツの国防費が不十分だとして在独米軍の削減を表明した。
トランプ氏は「米国第一」のスローガンのもと、環太平洋経済連携協定(TPP)離脱を皮切りに地球温暖化対策のパリ協定、イラン核合意、中距離核戦力(INF)全廃条約などからの離脱・破棄を次々に決めた。
自国利益を最重視する米外交は国際社会の都合に振り回されぬよう孤立主義に回帰している、との見方もある。しかしボルトン前大統領補佐官は「自身の再選が他のすべてに優先している。すべてはドナルド・トランプのためだ」と語る。大統領選が迫るにつれ、「米国第一」は「トランプ第一」に変質したのだ。
マティス前国防長官側近だったガイ・スノッドグラス氏は「トランプ氏が大統領である限り、米国のみならず国際社会も混乱を続け、大きな利益を得るのは中国とロシアだろう」と指摘する。トランプ氏が再選されればさらに4年、米国が築いてきた戦後リベラル国際秩序は弱まることになる。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年7月6日 記事引用