新型コロナ感染症のパンデミックは収まる気配がなく、世界経済がかつての大恐慌以来の不況に陥ったことが確認された。日本経済もまた、国内総生産(GDP)が戦後最悪の落ち込みを記録したことが明らかになった。
GDP激落というコロナ・ショックから何を学び、どのようにして経済再生を図るのか、が問われるところだ。何より大切なのは感染の抑制・封じ込めであることをGDP統計は示しているが、それをいかに実現するのか。また、コロナに先立ち不況要因となった消費税をどうするか、が今後の政策論争の課題となるだろう。
Shutterstock.com コロナ禍の犠牲を示すGDP
内閣府が8月17日に発表した2020年第2四半期(4-6月期)のGDPは実質で前期比7.8%減り、3四半期連続のマイナス成長となった。GDPの減少幅は年率換算で27.8%。リーマン・ショック時2009年1-3月期の年率17.8%の下げ幅を大きく上回り、戦後最大の不況であることが確認された。
落ち込みの最大の要因は、GDPの約6割を占める個人消費が前期比8.2%も落ち込んだことにある。緊急事態宣言に伴う外出自粛や休業の影響が甚大で、西浦博教授(当時北海道大学、現京都大学)の数理モデルをもとに「8割」接触削減を求めた政策が感染症の抑え込みに効果を発揮したと同時に、経済面では多大の犠牲を払ったことが数字で示されたことになる。
⽶商務省が7月30⽇に発表した米国の4-6⽉期の実質GDPは、年率換算で前期⽐32.9%減となり、世界大恐慌以来の落ち込みを記録した。欧州連合(EU)が7⽉31⽇発表した、ユーロ圏19カ国の4-6⽉期の実質域内総⽣産(GDP)は、前期比年率換算で40.3%減となり、過去最⼤の落ち込みを記録した。
こうしたGDPの数字が物語るのは、コロナ禍だけとはいえない。感染症を抑え込むために、国によって都市封鎖、あるいは外出自粛という方法の違いはあっても、接触削減という手段によって、あえて経済社会が冷え込むことを承知の上で活動を絞り込んでまでも命と健康を守ろうとした努力も考慮されるべきだ。
だが失業などの犠牲があまりにも大きい。しかも、感染のぶり返しという現実が眼前に横たわる以上、この苦い経験をこの先何度も繰り返すのか、それとも、よりましな手段を考えるべきなのか。接触削減策の検証をもとにコロナ対策の方法や選択肢について、もっときちんと議論すべきではないのか――そうした問いをGDPの数字が我々に突き付けているといえよう。
中韓の数字が示す感染抑制の経済効果
中国は、国家統計局が7月16⽇発表したところによれば、4-6⽉のGDPは実質で前年同期⽐3.2%増(筆者による年率換算では13.4%増)で、2四半期ぶりにプラス成⻑に転換した。1-3月期が前年同期比マイナス6.8%(筆者の年率換算で30.1%減)もの激しい落ち込みだったから、統計手法の違いはあるがV字回復で、欧米諸国に先駆けてプラス成⻑に戻ったことになる。
国際通貨基金(IMF)が6月に発表した世界経済見通しの基本シナリオでも、2020年については世界経済全体でマイナス4.9%成長を見込んでおり、GDPは米国が8.0%減、ユーロ圏10.2%減、日本5.8%減と見込んでいるが、中国については1.0%増で、ほぼ横ばいを見込んでいる。これは、中国が新型コロナ感染症の抑え込みによって経済再開に成功したことを評価した結果であるといえよう。
Shutterstock.com 一方、韓国の中央銀行である韓国銀行が7月23日発表したところによると、4-6月期の実質GDPは、前期比3.3%減で、1-3月期(1.3%減)に続くマイナス成長。年率換算では13.9%のマイナス成長。アジア通貨危機に見舞われた1998年1-3月期(約30%減)以来の落ち込み幅だ。
それでも、経済協⼒開発機構(OECD)が8月11⽇に発表した韓国経済に関する報告書によれば、OECDは韓国経済の今年の成長見通しを6⽉時点の1.2%減から0.8%減へと上⽅修正した。これはウイルスが制御可能になるという楽観シナリオに基づく数値で、年末までに世界的に第二波が襲来するという悲観シナリオでは2.0%減だが、韓国が新型コロナウイルス感染症に迅速に対応したことが経済回復に寄与していることをうかがわせる。
ちなみにOECDが6月に発表した経済見通しでは、2020年の世界経済は楽観シナリオではマイナス6.0%成長となり、年内に第二波が襲来して各国で再びロックダウン措置が採られると、今年の世界経済は7.6%のマイナス成長になると予測。
GDPは楽観シナリオでもユーロ圏が9%以上減り、米国は7.3%減、日本は6%減(悲観シナリオでは7.3%減)となる見込み。中国のGDPは楽観シナリオでは2.6%減、悲観シナリオで3.7%減になると予測している。
強権的な都市封鎖を実施した中国と、過去の苦い経験から早期に検査体制と隔離施設の準備を進めた韓国とでは違いも少なくないが、徹底した検査・隔離政策によって感染拡大の抑制に成果を上げたことが、経済への打撃を相対的に少なくしていると見ることができるのではないだろうか。
日本や世界の今後の経済再生を考える場合、こうした現実はおおいに参考にすべきだと思う。とくに日本は、経済再開を焦って感染のぶり返しを招いた感が強い。経済再開の条件をいかに整えるか、PCR検査と隔離をどの程度まで広げることが必要なのか、などをめぐってもっと丁寧な議論が必要だろう。
議論の必要性はコロナ対策にとどまらない。米経済誌フォーブス(電子版)は、2020年8月17日付の記事で、日本経済のこの激しい落ち込みについて、「各国の経済は都市封鎖などで悪化しているが、日本の場合はすでに2019年10-12月期に年率7.3%のGDP減少を引きおこしていた。これは10月から消費税率を10%に引き上げたせいだ」と述べ、大恐慌当時にフーバー大統領が財政引き締め政策を採ったのと同様の政策判断の誤りであるとしつつ消費増税による影響を指摘した。
誤った政策のせいかどうかはともかくとして、はじめに消費増税による景気悪化があり、そこへ新型コロナウイルスによる感染症のパンデミックが起きた。このダブルパンチで日本経済は増税しなかった場合に比べて一段と深い不況の谷に突き落とされたことは否定できない。このことはすでに拙稿(2月26日付「論座」消費増税と新型コロナに沈む⽇本経済―政策が招く複合不況)で書いたとおりであり、それがますます鮮明になったことをフォーブスが指摘しているというわけだ。
今更という感もないではないが、しかしこの指摘には意味がある。後述するように、今後の経済対策として消費税率の引き下げを行うべきかどうか、という重要な論点と密接にからみあうからである。
「リーマン超」級ショック直前の増税だった
参院内閣委員会に出席した安倍首相=2019年5月9日 安倍⾸相は2019年5月9⽇の参院内閣委員会で、同年10月からの消費税率10%への引き上げについて不退転の決意を述べた。
「(2008年の)リーマン・ショック級の出来事が起こらない限り、我々は消費税を引き上げていく」(毎日新聞2019年5月9日)
首相は2019年の早い段階から、幼児教育・保育の無償化を進めるためには消費増税による財源確保が必要であることや、増税が景気にもたらす悪影響を最小限に食い止めるため、経済財政運営に万全を期していくなどと繰り返し述べていた。
しかし、現実は首相らの予測を裏切り、「リーマン級」どころか世界大恐慌以来の世界コロナ恐慌が襲来したのだった。まさに「リーマン超」級の大嵐の前に窓を開けるような消費増税だったわけである。その結果、政府の思惑に反して景気は戦後最悪の失速状態に陥ってしまった。
それを事前に予測できなかったことを政府の責任だと非難しても意味はないだろう。しかし、リーマン級の嵐が来れば増税できるはずがないと首相はじめ多くの人々が考えてきたとすれば、消費税率10%への増税は、結果的に失敗だったということにならざるをえない。このことは、単なる過去には終わらない問題をはらんでいる。つまり、日本経済の再生のために、消費減税をすべきかどうかという論争に、まじめに取り組む必要があるのではないか。このことは、次の総選挙の重要なテーマとなるだろう。
増税前に間違えていた景気判断
これほどまでの経済危機がくると知っていたら、政府もマスコミも、増税には反対したに違いない。しかし、実際はその逆だった。しかも、2019年参院選で増税の可否が正面から問われたにもかかわらず、増税が経済に及ぼす影響すらまともな議論の対象にはならなかったのである。
それもそのはず、この参院選の時期は「戦後最長景気」が更新中などとはやし立てて、政府もメディアも景気失速の懸念など持ち合わせておらず、せいぜいのところ増税後に少しは経済が停滞するだろうが、それもポイント還元などの対策でなんとかなると思っていた人が多かったようだ。政府がコロナショックを予測できなかったのは仕方ないとしても、その前から景気判断を間違えたか、あえて強気一辺倒でいたとすれば問題はある。
内閣府の「景気動向指数研究会」が2012年12月からの景気の拡張期は18年10月に「山」(ピーク)を付けていたとの認定を発表したのは2020年7月30日のことだった。つまり、参院選当時はすでに景気後退局面に入っていたことになるわけだ。後退局面入りは今年初めごろまでのデータで確認できるという。日本経済はコロナの打撃前に、1年半近く景気後退を続けていた可能性が高い。だが、2019年初めごろからの景気の息切れを無視して「回復」局面が続いていると政府が言い続けたことが自縄自縛となって、政府自身の判断もメディアの判断もおかしくした可能性があるのではないか。
2020年8月10日付朝日新聞社説も「確かに、企業収益や雇用は最近まで比較的堅調だった。だが、働き手の賃金や家計の可処分所得、消費への波及の弱さは久しく指摘されていた」とし、「回復」の面を過度に強調し続けた政府の姿勢は「経済政策で何を目指すかという点でも、バランスを失していたのではないか」と疑問をぶつけた。
2019年10月1日、消費税は8%から10%に増税された 今度こそ国民的議論を
こうした事実が明らかとなったいま、これからの日本経済再生のために、消費税をどうすべきか、について大いに論戦が交わされなくてはならないだろう。10%への増税が予想外の負荷を日本経済に負わせていることは紛れもない事実だから、その負荷をはずそう、という主張は理に適うものだ。
だが、コロナ恐慌とでも呼ぶべき世界不況が起きてしまったあとで消費減税をしたところで、焼け石に水かもしれないという意見もありうる。欧州で一時的に付加価値税を下げた英国やドイツなどの例を参考にじっくり論戦を交わしてほしいものだ。
同時に、新型コロナ感染症の打撃をこうむった経済を救うために巨額の財政出動を余儀なくされ、今後も相当の規模で歳出が膨らむと予想される以上、赤字国債の処理をどうするのかという議論も、いずれは避けられない。
また、消費税をどうするかの問題は、財政支出全体をどうするのか、という問題と不可分である。とりわけ社会保障の今後をどうするのか、が突き付けられている。感染症パンデミックというグローバル・リスクが顕在化したいま、病床や保健所を減らし続ける政策の弱点が見えた。社会保障のあり方を根本から議論し立て直さなくてはならない。巨大地震対策や教育など議論は多岐にわたるだろう。そうした議論を丁寧にこなし、国民の一人一人が考える機会として、やがて来る総選挙の場を活用しなくてはならない。それに向けて果たすべきメディア・ジャーナリズムの役割は大きい。活発な論戦の触媒となってほしい。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年8月24日 記事引用