アバターロボット(分身ロボット)とは、遠隔地にいるロボットが自分の分身として動くというものだ。ロボットの操作は自分が行い、遠い地でロボットが見たこと聞いたことを自分の体験にできる。病気でベッドから離れられない人が会いたい人に会えるようにと開発された小型ロボット「OriHime(オリヒメ)」が有名だ。この仕組みをより多様な場面で使えるようにした「初めての普及型アバターロボット」が「ニューミー」である。2020年4月に創業したANAグループのアバターイン株式会社が開発した。
コロナ禍で海外渡航が制約される中、海外にいる医師がニューミーで参加する医療従事者向け講習会が2020年10月10日、日本橋室町三井カンファレンスホールで開催された。以前は、海外から講師を招いての医療従事者向けトレーニングは日本各地で日常茶飯事に行われていた。コロナによりそれがストップしてしまったピンチを新しいテクノロジーで乗り越えるという試みである。筆者はアドバイザーとして運営にかかわり、成功裏に終わったことに満足している。大勢の人が1カ所に集まるのは望ましくないという「新しい日常」の中で、アバターロボットという新しいツールにもっと注目が集まってほしいと思う。
がんのチーム医療を学ぶ「ジャパンチームオンコロジープログラム」
JTOP設立者のテキサス大学 MDアンダーソンがんセンターの上野直人教授の「ニューミー」
今回の講習会は、患者中心のがんチーム医療を推進するリーダーとしての能力、技能、行動力を育てることを目的としたもので、「ジャパンチームオンコロジープログラム(J-TOP)」、アバターイン株式会社、三井不動産の協力で開催した。J-TOPは、全米で最も有名ながん専門施設の一つであるテキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍内科教授・上野直人氏が設立したものだ。同センターは、がん患者に対するチーム医療体制を構築し、高度な医療を効率よく提供するシステムを開発してきた。日本では専門分野がさらに細分化され、職種を超えた横の繋がりがいまだにうまくいかないため、日本のがん専門医療従事者を対象に、米国の先進的かつシステマチックなアプローチを学んでもらうプログラムを立ち上げたのである。
ニューミーは、パソコンやスマートフォンからアクセスできる「アバターイン」というプラットフォームを通じて入り込む分身ロボットだ。たとえば、海外出張先からニューミーを通して社内会議に参加したり、自宅にいながら百貨店でのショッピングを楽しんだり、へき地から役場に相談したり、海外から日本のスポーツを観戦したりと、さまざまな可能性が拡がる。見た目は「人型」ではなく、写真のようにシンプルな棒型でてっぺんのタブレット画面に遠隔地にいる本人の姿が映っている。
会場にいる参加者とニューミー参加者の協働
ニューミーを準備
当日は、J-TOP設立者である上野氏が米国テキサスからニューミーを介して、そしてJ-TOP議長である国立国際医療研究センター乳腺・腫瘍内科の下村昭彦医師が会場で開会の挨拶をした。米国以外に台湾、韓国、フィリピンなどの海外からに加え秋田県、宮城県、奈良県からの参加者もあり、一度に15台のニューミーを動かした。これ自体初めての試みで、ニューミー1台あたりWeb会議システムである「Zoom」の5-10倍程度の通信容量を使うということで、会場を管理する三井不動産との慎重な協議と周到な準備のもとで実現した講習会である。
会場参加者、ニューミー参加者が円になって討論する様子
東京の会場に集まったのは、医師や看護師ら25人。開会挨拶のあとは、アイスブレイクとしてニューミーによる参加者と会場にいる参加者とで、声を出さずに身振り手振りで誕生日順に並ぶ、いわゆるチームビルディングトレーニングが行われた。ニューミー参加者たちは多少操作に戸惑っていたが、徐々に慣れていき、まるでその会場にいるかのようにスムーズに動き、見事に並ぶことができた。
次のセッションでは、このニューミーを用いた医療トレーニングをどのように広めていくかのディスカッションが行われ、会場参加者、ニューミー参加者が円になり、スクリーンやホワイトボードに向かってディスカッションを繰り広げた。議論は英語で行われ、国際的な医療リーダーを育てるトレーニングとしても大いに注目されている。
体験して実感したWeb会議との違い
講習会を終えた上野氏に、アバターロボットとWeb会議との違いを聞いてみた。まず一番は「その場にいる感覚がある」ということだそうだ。その理由として、Web会議システムでは、1対1の声しか聞こえないが、アバターロボットでは周りにいる音がすべてクリアに聞こえており、その臨場感も伝わってくるとのことだ。
次に「人と人とのインタラクション、感情や、お互いの感覚がわかる」そうだ。近くにいる人に話しかけたり、カメラを通して見える遠くにいる人に近づいたり、また、途中で偶然出会った人と話すこともできた。Web会議システムではこうした偶然の会話は不可能だ。コロナ禍以前には存在していたこのような「偶然性」やいわゆる「目的のない会話」はWeb会議が主流の今は失われているものであり、改めてその価値が注目されている。
そして最後に「今までとは違う、いい意味での疲れがある」ということだった。これはWeb会議特有の肩こりなどの疲労感とは違い、実際に体を動かした感覚がある、つまり視覚、聴覚、平衡覚、触覚を使って操作しながら話をするので、通常の日常と同じ疲れがあるということであった。
広がるアバターロボットの可能性
座学レベルの医学教育はWeb会議システムでも可能であるが、本講習会のように、いわゆる「チーム医療トレーニング」についてはアバターロボットが最適なツールであったと結論づけられる。
教育分野へのアバターロボットの導入は、まだまだ改善点は多いものの、これが第一歩となったのは事実である。教育の分野では緊急避難的にウェブ利用が広がったが、対面授業の復活を求める声も大きく、コロナ禍以前の世界に戻ろうとする流れが強いと言える。新政権の教科書デジタル化にも反対が多く、いまだ議論が続いている。しかし、新しい技術を用いて未来を見据えて教育を行うことこそ、未来を背負う人材を育てるうえで重要なのではないだろうか。
日本にチーム医療トレーニングをもたらすJ-TOPと、アバターイン株式会社、そして最新の会議場を提供できる三井不動産とのコラボレーションで実現した今回の講習会は、医療従事者向けだからこそ可能であったという面もあろう。だが、こうして第一歩を踏み出したいま、より広い分野でアバターロボットの活用が進むことを期待したい。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年10月26日 記事引用