COVIDー19禍においても留学意欲を萎えさせてはならじと、高校生の留学を後押しする新たな取り組みが始まった。官民協働の留学促進キャンペーン「トビタテ!留学JAPAN」は2014年から始まっているが、留学経験者からしてみると留学に行く前にいかに意識を高め、ネットワークを構築し、納得の行く留学計画を自分で組み立てるかが重要だ。それができる場を高校生に提供しようと、筆者が理事を務める「海外日本人研究者ネットワーク(UJA)」と「NPO法人ケイロン・イニシアチブ」が新しいプログラムをスタートさせた。
文部科学省「トビタテ!留学JAPAN」、そして熊本県立熊本高等学校、東京都私立駒場東邦高等学校、愛知県私立東海高等学校の3つの高校と連携し、2020年5月29日と7月31日に「世界にトビタつチャンスを自らの手で発明する」をテーマにオンラインイベントを実施した。その後もオンライン上に作った交流スペースでやりとりが続いており、高校生にとって、そしてこれからの日本にとっても有意義な留学サポートプログラムの実現に手応えを感じている。
留学する前に必要なことは何か
幻となった第一回のチラシ
このプログラムが掲げる柱は3つある。「挑戦する先輩・同期たちとのネットワーク構築」「未来を変えるプラットフォームを生み出す貴重な経験」「留学プログラムなど世界最先端の情報に触れる」である。「未来を変えるプラットフォームを生み出す」とは、高校生自身に新しい留学プラットフォームを発明してもらおうということだ。先輩たちの体験談をベースに、同世代の高校生と一緒に新しい留学の在り方を考えるプロセスは、グローバルな活躍を目指すうえで大いに役立つはずだと考えた。また、こうした活動をすること自体が先輩・同期とのネットワークを強くするものである。
もともとは2020年4月11日に各高校の会場をオンラインで結んでイベントを行う予定であったが、緊急事態宣言で延期を余儀なくされ、オンライン上のみでの開催となった。
足立剛也さん
5月に実施された第一回は、本プログラムの発起人の一人であり、実際に海外で仕事をしている足立剛也氏(フランス国立科学研究センター・ストラスブール大学客員教授)が登壇し、留学の必要性について講演した。第二回は文部科学省官民協働海外留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN」の西川朋子氏(個人参加)がどのような留学の形があるのかを講演、ゲストとして実際に「トビタテ!留学JAPAN」制度を利用した4人が留学で得たものについてそれぞれ話した。年齢の近い4人の話はどれも高校生たちにとって刺激になり、コロナ禍においても留学したいというモチベーションを保つきっかけにもなった。
オーダーメイドの留学ガイドブックの作成も可能に
第一回に参加した皆さん
講演のあとは、全員がスマホで参加できるライブ投票プラットフォームを用いて議論した。各校OBがモデレーターを務め、留学経験者がディスカッションを主導し、高校生の意見を引き出した。
参加した高校生からは、「このプログラムに参加する前、僕は留学に関して漠然としたイメージしかもっておらず、なんとなく留学をしてみたいという程度にしか考えていませんでした。しかし、実際に海外で学んだ方々の話を聞いたり質問したりする中で、留学に対してより具体的に考えることができたと感じています。特に『留学後のビジョンを考える』という話が強く印象に残っています。今回のプログラムをきっかけに、今までより留学することについて積極的に考えていきたいと思います」というような感想もあった。
アンケート結果
また事後アンケートでは、留学したい期間は1年間程度が一番多く、いきたい場所はアメリカ、カナダが44%、ついで、イギリス、EU諸国、オーストラリア・ニュージーランドの順であった。アジア圏が少ないのには驚かされた。学生のキャリアの国際性と多様性を強化し、社会課題に取り組む人材を育成するためにも、アジア圏や中東も含めて多様な場所を選ぶような工夫も本プログラム運営側に必要であった。
このようにして将来の留学の必要性を心に刻み、仲間意識を形成した次は、slack(すべての会話やツールを1カ所にまとめるアプリ)上に皆を招待し、オンラインでの交流の場を各高校の先生たちの許可をもらって作成した。そこではそれぞれの自己紹介から始まり、実際に留学を経験した人たちへの質問等が書き込まれはじめた。これから世界へ出ていこうとする高校生にとっては、本当に自分が知りたいことを経験者に直接自由に質問することで、販売されている留学ガイドブック等ではなく、ある意味オーダーメイド型の留学ガイドブックも作成可能となったのではないだろうか。留学とは結局能動的にリスクをとって一歩踏み出すしかない。そのハードルを仲間と下げることもこのプログラムの大切な目的である。オンライン講義だけのユニークなミネルバ大学に留学した先輩
成松紀佳さん
このプログラム構築には、熊本県立宇土高等学校からミネルバ大学に進学した成松紀佳さんも参加している。ハーバード大学より合格率が低いことから「世界最難関」とも言われるミネルバ大学は、2014年創立で、キャンパスを持たず、4年間で世界7都市を移動しながら学ぶという全寮制の大学である。講義はすべてオンラインで行われ、ディスカッション中心の授業や、企業などと協働して進めるプロジェクトを通じて課題解決の手法を学ぶという、従来の価値観からすると大変ユニークなカリキュラムをとっている。このような大学に進学した彼女は、日本における教育のICT化が世界に比べていかに遅れているかを実感しており、日本のシステムにメスを入れ始めている。
こうして留学前から新しいマインドセットを構築し、自分自身のガイドブックを作ること、そして留学するための仲間を作ることはオンラインで可能である。そうしたプロセスを経験して初めて、現地に行って、最大限の成果をあげることができるのではないだろうか? そして帰国後は、経験者として次世代の育成に携わる。このような新しい留学プログラムこそが、次世代を担うグローバルリーダーを育てることができると信じている。
編集協力者:成松紀佳(ミネルバ大学学生)、早野仁朗(県立熊本高校教諭)、佐田亜衣子(熊本大学特任准教授)、早野元詞(慶應義塾大学特任講師)、足立剛也(フランス国立科学研究センター・ストラスブール大学客員教授)
朝日新聞 WEBRONZA 2020年9月24日 記事引用