なんともやるせないニュースが駆け巡っている。「持続化給付金詐取、大学生ら100人超加担 被害1億円以上か」。持続化給付金を詐取した容疑で警察に逮捕された6人のパソコンなどから大学生ら100人以上が不正受給に勧誘されたらしいことがわかったのである。給付金100万円のうち、大学生らの多くは10万円をもらい、残りの90万円は逮捕された6人が分配していたらしい。このような手口に乗せられて給付金を受け取ったという大学生の談話によると、「10万円もらえる話があるよ」という甘いことばで知人から勧誘され、事情もよくわからないままに何かの書類に署名してしまったということである。
「なんでこんなことでだまされて人生を棒にふるのだ」とこれらの記事のコメント欄にも書かれていたが、親でなくとも本当に悲しい気持ちになってしまう。
このような事件にそうとは知らずに加担してしまうという「罠(わな)」から、わが子を守るためにはどうしたらよいのだろうか。教育者の一人として考えを巡らせ、社会を生き抜くための「新3ルール」というものにたどり着いた。
子どものときから徹底的に教え込まれた二つのこと
子どもたちに言い聞かせるべきことは何かと考えたときに真っ先に思い出したのが、小さいときから次の二つを徹底的に教え込まれたという自分の体験だ。その二つとは、
(1) 知らない人には絶対についていかないこと
(2) うまい儲(もう)け話には絶対に乗らないこと
現実の社会にはあの手この手で、善人をだまし自分が儲けようとする輩が存在する。本当は全員が善き人である社会が理想ではあるが、これはまだまだ実現されていないことは認めざるを得ない事実であろう。ならば、どうするか、自ら防衛する手段を身に着けておくことである。
学校でも「知らない人についていかない」を教える取り組みはある。不審者役の先生に「車に乗せてあげる」と声をかけられ「いやです」と断るロールプレイングをする児童=2020年10月22日、埼玉県鴻巣市立広田小学校、黒田早織撮影
先の二つは私が物心つくかつかないかのうちから、両親から繰り返し言われて叩き込まれた。小学校低学年のころ、近所の広場で遊んでいたら「あっちに面白いものがあるから、一緒に行こう」と「知らないおじさん」に声をかけられたことがあった。そのときにこの「知らない人には絶対についていかないこと」という言葉が頭の中でこだまして「行かない」とか言って逃げて家に帰ったシーンを今でもはっきり覚えている。
「お母さんが事故に遭って病院にいるから、一緒に行こう」など巧みな言葉で声をかけられることもあるので、そういうバージョンまで子どもには言い聞かせておくことが必要だ。何と言われても「知らない人にはついていかない」と徹底的に言い聞かせるしかない。
「うまい儲け話には乗らない」。こちらは小さい子どもにはそれほど関係がないだろうが、小学校も高学年になるころから我が家では散々言われていたように思う。かつ、万が一そういう話をされたら、「そんなに簡単に儲かるならば、なんであなたがやらないんですか?」と問い返せ、と昭和一桁生まれのわが父に繰り返し教え込まれた。父は、80代後半になった今もこの手のニュースを見る度に同じことを言っている。まさに耳にタコができるように聞かされ続けたのだ。
今回の持続化給付金不正受給の罠はこの第2のチェック(儲け話に気を付けろ)がしっかりできていれば、巻き込まれることはなかったのではないかと思う半面、冒頭に紹介した大学生の事例では「信頼していた知人から」話を持ちかけられたために、第1のチェック(知らない人にはついていかない)が機能しなかったのではないかと推測される。その後に「知らない人が出てきた」ときにはもう後戻りできなくなった、談話からはそのように読み取れる。
改めて、この二つの格言(?)を自分の専門の行動分析学のABCフレーム(先行事象=A、行動=B、後続事象=Cという3つの枠組み)で見直してみると、「弁別刺激」とそれに応じた「具体的な行動」、その「結果として起こること」となっていることに気づかされた(図1と図2)。
図1:「知らない人についていくな」の行動分析
図2:「うまい儲け話には乗るな」の行動分析
つまり、「こういう状況では」「こうしなさい(してはいけない)」という状況と行動、その結果として起きることが明示されているということである。単に「普段から気を付けなさい」のような漠然とした表現では、「普段ってどんな状況のこと?」「気を付けるって何をするの?」と子どもでなくても何をすればよいのかわからないだろう。
行動分析学の創始者バラス・スキナーの論考によれば、「格言とことわざは、行動とその強化的な後続事象を記述する」 (Skinner,1966, p. 233)。やはりこれら二つのルールは格言と見なしてよく、これらに従えば「危険を回避できる」=強化的な後続事象、となるのである。インターネットが普及した現代に必要な、アレンジした「ルール」
インターネットがこれだけ普及した現在は、バーチャルな世界でもこの二つのルールを応用して、さらに徹底させる必要がある。まず、「知らない人」を再定義しなければならない。
かつて、とあるメールマガジンの読者の「オフ会」という直接顔を合わせる会でのことである。そこで渡される名刺に「名前、携帯電話、メールアドレス」しか記載していない人が数名いた。その名刺を見た瞬間「え?これだけ?これじゃ、すぐに雲隠れできるじゃない」と違和感が膨れあがった。現実社会の居場所ー例えば現住所とか所属組織とかーがわからないことがこんな不安を巻き起こすのだということを初めて体験したのだ(ちなみに、こちらは素性を全部明かしていた)。
そのうちの一人はある時突然攻撃的な言動になり、その後全く音信がなくなり連絡もつかなくなった。メールで何度もやり取りして仲良くなったように感じていても、結局その人は「私にとっては知らない人=素性がわからない人」だったということがそのときはっきりわかった。正直ほっとすると同時に「怖い」と感じた。
それ以降、私のルールは「現実世界で会ったことのない人は、知らない人」となった。ネット上でやり取りしているうちに心が打ち解けたように感じることがあるだけに(実際、それで犯罪に巻き込まれた人は少なくない)、「ネットだけで知り合った人は知らない人」というのは特に子どもには難しいルールかもしれない。しかし、インターネットで知り合った人と直接会って監禁された事件などは、このルールを徹底していれば避けられたはずである。親や先生は、インターネット時代に合うようアレンジした「知らない人」ルールを子どもに繰り返し伝えてほしいと思う。大人であっても、人目のないところで二人きりで会うことはまず避けるべきであろう。
欠かせなくなったインターネット特有のルール
図3:選ばせたい方だけボタン型にする選択画面
さらに、インターネットの場合は「巧みな誘導に気をつけろ」という新たなルールが必要になっている。最近、パソコンやスマホの画面で「選ばせたい方」は「ボタン」の形にしておき、そうでない選択肢は単なる文字のみを表示するという手法(図3)を見かけるようになった。行動分析学で言えば、「ボタン」マーク(弁別刺激)→クリックする(行動)が何度も過去に経験されているので、人は「ボタン」を見ると「押す」行動が出現しやすくなるのである。
誠意のある方式は、企業が選ばせたい方も、そうでない方も両方同じ「ボタン」型にしておき、「二つの同じ形をしたボタンから、見比べた上で選んだ方のボタンを押す」ことができるようにすることである。
しかし、誘導型ボタンの場合は、無意識にボタンの方を押してしまう人が少なくないだろう。実例を示そう。最近、身内が知らない間にとあるサイトの有料会員登録をしていることが判明した。そのサイトは前述した方式で選択画面がで表示されており、私自身もうっかりボタン型の方を押してしまったことがある。押したことに気づいた後、解除の仕方が非常にわかりにくいのもこの類なのである。やっとの思いで解除し、やれやれと思っていたところに、今度は身内が3カ月も前にそのボタンを押していたことがわかった。すでに1年間の年会費として5000円弱がクレジット決済されていた。
図4:「ネットで選択ボタンを見たら気をつけよ」の行動分析
「これ、有料の会員登録されているけど、いつしたの?」と問うと、「知らない」「やった覚えはない」の一点張りだった。高齢者の場合、小さい文字が読みにくく、ボタンの下の小さい文字の選択肢が見えない可能性も大きそうだ。ともあれ私が気づかなければ毎年、5000円弱が自動引き落としされるところだった。ここで3番目のルール、「選択ボタン」→「よく読んで他に選択肢がないか探す」、が必要となる。
企業としては「だますつもりはなく、必要な情報は表示してある」と主張するのだろうが、無意識にボタン型の方を押してしまった方からすれば「だまされた」と感じてしまうのも当然だろう。とにかく、こうした「痛い目に遭う」のを避けるためには、この第三のルールを徹底させるしかない。
「人を見たら泥棒と思え」では動けない
「人を見たら泥棒と思え」あるいは「ネットの画面は気を付けろ」というルール設定もあるだろう。しかし「人」や「画面」という弁別刺激に対して、全部疑ってかかれ(行動)、というのでは、日々の生活は送れなくなってしまう。
(1') 「知らない人、素性のわからない人」→「ついていかない」
(2') 「儲け話」→「乗らない(断る)」
(3') 「選択ボタン」→「よく読んで他に選択肢がないか探す」
これからはこの3つのルールを子どものみならずすべての人に繰り返し伝えたら良いと思う。どういう弁別刺激が出されたときに、何を行動すればよいのかを明確に示したのがこの新3ルールだ。子どもたちのみならず、自分自身を様々な誘惑から守っていく参考にしていただければと願っている。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年12月1日 記事引用