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毎日新聞2024/2/14 東京朝刊有料記事1014文字
<sui-setsu>
タコには知性があるらしい。餌を見つけると8本の腕を器用に操って瓶のふたを開けるとか、脳の神経細胞の数は犬に匹敵する、などの報告が時に話題になる。
狭い場所を好むことは広く知られる。その習性を利用したのがタコツボ漁だ。転じて、自らの世界にこもり外界との接触を避ける様子を「タコツボ化」と呼ぶ。
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細分化、専門化が加速する学術の世界もタコツボ化が指摘されて久しい。大学では、論文の数や知的財産収入などの「生産性」を高めるべく研究者が追い立てられ、よそ見する余裕を失っている。
だが、世界は課題だらけだ。気候変動、相次ぐ紛争や災害、人工知能や感染症との向き合い方。多様な専門家が分野を超えて知恵を出し合うことが、今ほど求められている時代はないと私は思う。
もどかしい現状に一石を投じようという試みが始動する。「全国キャラバン 3 QUESTIONS」と題したポスター発表会。特定分野の研究業績を専門用語で紹介する学会とは対照的に、文理のあらゆる分野から研究者が一堂に会するのが特徴だ。
発表者は、主催者からの三つの質問――いま追いかけているテーマ、その展望、社会への問いかけ――を平易な言葉と短い文章で、しゃれたポスターに仕上げる。
来場者は、眺めて感じたことや質問、共同研究の誘いなどを付箋に書いて貼る。それらは発表者に予想もつかない気付きと、研究を見つめ直す機会をもたらす。
所属や肩書で先入観を持たないよう、会場では互いに「匿名」がルールだ。後日、事務局が両者を引き合わせる。
来月上旬、中国地区(会場は広島大学)での開催を皮切りに、全国を9地区に分けて2年かけて巡回する。分野、組織、世代を超えて研究者が出会い、社会とつながることを目指す。
「1回当たりの発表者は約100人。2年後には、1000人近い研究者のカタログと、解決に向けて動き出した社会課題のリストができているはずです」
提唱した国際高等研究所客員研究員の宮野公樹さん(50)は言う。大学で、学問という本来の営みが痩せ細りつつあることに危機感を抱いている。現状を広く知ってもらい、理解者を増やすためのクラウドファンディングも始めた。
日本は科学立国を掲げながら、研究力の退潮が目立つ。博士課程への進学者も減っている。復活を期すなら現状を再点検する必要がある。部屋にこもって論文を書くタコばかり増えるようでは、誰も幸せにならない。(論説委員)