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毎日新聞2024/3/23 12:37(最終更新 3/23 12:49)有料記事2126文字
アラメなどの海藻が繁茂する伊勢志摩の海=三重県鳥羽市相差で2016年4月20日、貝塚太一撮影
地球温暖化対策で海の生態系の役割に注目が集まっている。海の植物が吸収した二酸化炭素(CO2)由来の炭素は「ブルーカーボン」と呼ばれ、気候変動対策以外の効果も期待できるとして、藻場などの保全・再生に向けた取り組みが広がりつつある。
植物は光のエネルギーを利用し、大気中から取り込んだCO2と水から有機物を作る。森林など陸の植物によって取り込まれた分は「グリーンカーボン」で、植林や森林管理は温暖化の抑制に欠かせない手段だ。
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ブルーカーボン拡大の取り組みは温暖化対策としては比較的新しい分野で、国連環境計画(UNEP)が2009年公表の報告書の中で命名、定義した。吸収源となる主な生態系には、マングローブ林▽湿地・干潟▽海草(アマモ、スガモなど)▽海藻(コンブ、ワカメなど)――がある。
陸上の場合、CO2を吸収して成長した植物が枯れると、その植物は分解されて大気中にCO2が放出される。一方、海の場合は枯れて海底に堆積(たいせき)しても、無酸素状態のため微生物による分解が抑制される。そのため、場合によっては分解に数千年もの時間がかかることもある。
ブルーカーボンに関する国土交通省の有識者検討会で委員を務める佐々木淳・東京大教授(沿岸環境学)は「吸収源となる生態系の中でも、特に海藻は炭素の貯蔵期間が長いとされ、注目を集めている」と説明する。岩礁で育つ海藻の一部は、その葉が外洋に流されて深海に移動し、海底に堆積して炭素が長期間貯留されるからだという。
環境省は国連に提出する温室効果ガス排出量の目録で、21年度分からマングローブ林による吸収分も報告している。さらに今年提出する22年度分については、海藻と海草による吸収分も追加する方針だ。海藻・海草による吸収分の報告は世界初で、海の植物による吸収量は計36万トン程度の見通しだという。
海の生態系
この吸収量は、日本全体の温室効果ガス排出量(CO2換算)の0・03%程度と、ごくわずか。それでもブルーカーボンが注目されるのは、温暖化対策に貢献するだけでなく、海の生態系保全や地域活性化にもつながると期待されるからだ。
吸収量を増やすため、国内ではクレジット(排出権)の仕組みを利用して、地域の活動を支援する動きが始まっている。
国交省の認可法人「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合」(JBE)は20年度、海の植物のCO2吸収量を算定し、「Jブルークレジット」として認証・発行する事業をスタートさせた。
藻場の再生や海藻の養殖などに取り組む団体や企業などから申請を受けると、JBEは専門家らによる審査認証委員会の意見を踏まえ、その取り組みによるCO2吸収分をJブルークレジットとして発行する。クレジットが売れると、団体などは活動資金を得られる。一方、購入した企業は自社の排出量を公表する際に排出権分を差し引いたり、地域の活動を支援しているとアピールしたりできる。
20年度の認証実績は1件(23トン)、21年度は4件(計80トン)だったが、22年度には21件(計3733トン)と増加した。佐々木教授は「買い手が多くて供給が追いつかない状態で、これから拡大するだろう。海の生態系は陸の植物と比べて同じ面積あたりのCO2吸収量は多く、ポテンシャルがある」と期待する。
排出権とは別の方法で、海藻生産などを支援する取り組みもある。
魚の産卵場や稚魚のすみかとなる藻場は「海のゆりかご」とも呼ばれる。だが、国内では海水温の上昇や増えすぎたウニや魚などの影響で、藻場が減ったり消失したりする磯焼けが各地で深刻化している。
漁業が盛んな福岡県糸島市でも磯焼けが確認されている。ウニやヒトデが増加する一方、海藻をエサとする貝類や藻場などに住む魚類やエビが減少しているという。
化粧品、健康食品販売のヴェントゥーノ(福岡市)は21年、糸島漁協と「ブルーカーボン推進における地域貢献協定」を締結。それまで捨てられていたメカブ(ワカメの根にあたる部分)を継続的に買い取るようになった。
メカブには海藻のヌメリ成分「フコイダン」が多く含まれる。海藻の傷の修復や保護といった役割を果たしており、近年化粧品や健康食品など原材料として需要が高まっている。
同社が買い取っているのはメカブ年1トンで、今後さらに増やしたい意向だ。中野勇人社長は「漁業者が継続買い取りのメリットを感じてくれて、さらに多くのワカメを養殖するようになれば藻場の再生につながる」と話す。同社の取り組みは23年、アラブ首長国連邦で開催された国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)会場内のジャパンパビリオンでも紹介された。
糸島漁協は21年からフコイダンを含む海藻「アカモク」を試験的に養殖し、同社も栽培を支援してきた。そうしたところ、23年に養殖場直下の海底にアカモクが自生していることを確認。藻場が再生しつつあることが分かったという。
中野社長は「海藻は日本の重要な資源だ。可能な限り地元で原料を調達して地域とウィンウィンの関係を築き、ブルーカーボン拡大の取り組みを推進したい」と語った。【土谷純一】=次回の「くらしナビ 環境」は4月9日に掲載します