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新型コロナウイルス流行中の2022年3月、マスクを着用して花見を楽しむ人たち。暖かい日はスギ花粉も多く飛散するという=東京都台東区の上野公園で、前田梨里子撮影
前回は花粉症について長期使用を慎むべき治療や初めから手を出すべきではない治療を紹介しました。花粉症は中等症以上であれば医療機関での治療を検討すべきですが、軽症であれば市販薬でも十分コントロールできます。また、治療以前に花粉対策をしっかりしなければなりません。花粉症対策における最重要事項は「薬」ではなく「予防」です。今回は最も重要な予防のコツをまず紹介し、次いで市販薬での治療、そして医療機関で推薦している治療について述べたいと思います。
花粉に触れないための10項目
まずは予防の話をしましょう。当然ながら、花粉症の予防は「花粉に触れないこと」です。こんなことは誰もが知っていますが、その誰もが知っている重要事項がどれだけ実践されているかについては大きな個人差があります。まずは大勢の人が取り組んでいる簡単な方法を挙げてみましょう。
① 外出時にはマスクをする
② 窓を開けない
③ 洗濯物をベランダに干さない
これくらいは大勢の人が実践しています。では次はどうでしょうか。
④ 外出時にはマスクのみならずゴーグルを装着する
⑤ 外出時には帽子をかぶりその帽子は玄関に置き部屋に入れない
⑥ 空気清浄機を置く。さらに加湿器を置く(乾燥していると室内の花粉が空中に舞いやすい)
これくらいまでは比較的簡単にできそうですが、ゴーグルや帽子を常に着用している人はそう多くありません。では、次はどうでしょう。
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⑦ 帰宅時には上着は玄関にかけて部屋に持ち込まない。バッグも持ち込まない。部屋に入る前にシャワーをあびて髪を洗う。少しでも外出すればシャワールームで髪を洗うことを習慣とする
⑧ 花粉症でない人も含めて家族(同居者)全員が⑦を習慣とする
⑨ 鼻うがいをする
⑩ じゅうたんや布製クッション、ソファ、ぬいぐるみなどを部屋から撤去する(これらに花粉が付着すると簡単には除去できないから)
これらすべてを実践している人はそう多くありません。面倒なのは事実です。例えば⑦。髪の長い女性などは洗髪すると乾かすのが大変です。この説明をすると、たいていは「そんなの無理!」と言われます。ですが、顔面に皮膚症状がでる人の場合はこの対策が極めて有効です。多くの人は帰宅後、洗髪前にメークを落とします。メークをしているときは花粉からガードされますから、花粉が皮膚に影響を与えるリスクは低いのですが、メークを落としたときには皮膚が無防備になり、そして髪に付着していた花粉が一斉に皮膚を襲います。ですから、目の周りなど皮膚が花粉で炎症を起こす人は特に帰宅後速やかな洗髪が有効となります。
大きく膨らんだスギの雄花=愛知県長久手市で2019年2月16日午前11時27分、鮫島弘樹撮影
⑨の鼻うがいも極めて有効です。鼻うがいで風邪が予防できることは過去に何度も伝えてきました。私自身は鼻うがいを始めてから10年以上一度も風邪を引きませんでした。残念ながらこの“記録”は2023年7月の新型コロナウイルス罹患(りかん)で途絶えてしまったのですが(「私のコロナ感染 発症数時間ですっかり回復」)、その後はまだ一度も風邪を引いておらず、次の記録に挑んでいるところです。鼻うがいは風邪の予防のみならず、花粉症対策にも有効です。
内服薬は眠くならない成分を選ぶ
こういった花粉対策をできる範囲で実践しても症状が出る人には治療が必要になります。まずは市販薬を使った有効で安全な治療を紹介しましょう。
内服薬ならフェキソフェナジン(代表的な商品名はアレグラFX)もしくはロラタジン(代表的な商品名はクラリチンEX)が主成分のものをまず検討しましょう。24年2月現在、市販薬として認められている「運転時もOK(眠くならない)」の成分はこの二つだけです。ただし決められた用量は守らねばなりません。医療機関での処方であれば、医師が増量を決められますが、市販薬の場合はその限りではありません。
鼻づまりがひどい場合は点鼻薬の併用を検討しましょう。前回述べたようにナファゾリンを主成分とした点鼻薬を避け、ステロイド点鼻薬を選びます。値段が高く通常は1日2回使用せねばなりませんが、これらは医療機関で処方されていた薬が市販できるようになった薬(スイッチOTC薬)で安全性は高いと言えます。なお、医療機関が処方するステロイド点鼻薬は1日1回型が主流で、最近は後発品が普及していることもあり随分安くなっています。また、点眼薬は内服薬や点鼻薬に比べると副作用が起こりにくいと言えますが、購入時にはきちんと薬剤師の説明を聞くことを勧めます。
複数の症状がある場合も同じ医師にかかろう
市販薬でコントロールできない場合は医療機関を受診しましょう。治療にはさまざまな組み合わせがありますが、基本的には、眠くならない(運転OKの)抗ヒスタミン薬、ロイコトリエン拮抗(きっこう)薬、(1日1回型の)ステロイド点鼻薬、点眼薬、(重症例のみ最小限の使用という条件で)血管収縮作用のある点鼻薬などを使います。最重症例には、短期間限定でステロイド内服薬を使うことや、オマリズマブ(商品名ゾレア)という極めて高価な注射薬を用いることもあります。これらはすべて診療ガイドラインに記載された標準的な治療です。
なお花粉症、すなわち花粉が原因で出現する症状には、鼻・目に生じるだけでなく、咽頭(いんとう)痛、せき・たん、皮膚炎などがあります。これらが併発したときは、「科」を分けず同じ医師に診てもらうことを勧めます。「科」を分けると、耳鼻科、眼科、内科、呼吸器内科、皮膚科、あるいはアレルギー科と多岐にわたってしまいます。まずは総合診療医などどのような症状も診てもらえる医師を受診しましょう。専門治療が必要な場合(例えば、小児の重症の結膜炎)は専門医に紹介してもらえます。
舌下免疫療法で根本から治療
花粉症の治療薬で数年前から希望者が増えているのはヒスタグロビンと呼ばれる注射薬です。この注射薬は診療ガイドラインでは推奨されていません。海外でも使われていないと聞きます。私の印象では劇的に効くわけではありませんが、気に入って毎年シーズンになると注射に通う人もいます。なぜ数年前から流行し始めたのかは不明ですが、SNS(ネット交流サービス)で評判が広がったという説があります。費用は高くなく(3割負担で1回500円未満)、安全性が高いため、上述したような標準的な治療にプラスアルファの期待をして続けるくらいがちょうどいいと思います。
スギ花粉症の舌下免疫療法で使う錠剤・シダキュア=東京都内で2024年1月31日、伊藤奈々恵撮影
最後に、花粉症を根本から治す方法を紹介しましょう。それは「舌下免疫療法」です。有害性がないほどに薄めた花粉を毎日口のなかにいれて免疫システムがスギを“敵”と認識しなくなるという根治療法です。治療には3~5年ほどかかるために根気が要りますが、花粉症を「治す」ことができます。他方、これまで述べてきた治療薬はいわば対症療法薬であり、根本的な治療法ではありません。
当院でこの治療を取り入れたのは15年で、最初の頃はどれほどの人に効くのかがよく分からず、また副作用も未知であったため積極的には勧めていませんでした。しかし数年間継続すると「完治」する人が続出し、また大きな副作用が出た人もほぼ皆無です(ただし軽度の副作用は多くの人が経験します)。花粉症を根治できる唯一の治療法で、かつ安全性も高いために最近は積極的に推薦しています。当院の基本的なポリシーは「薬はいつも最小限」ですが、舌下免疫療法は積極的に推薦している「例外的な薬」となっています。
では花粉症の有効で安全な対策をまとめましょう。
① 最重要事項は治療ではなく「花粉対策」。マスクや「窓を開けない」のみならず、「家族全員が帰宅後すぐに洗髪する」が理想
② 軽症なら市販薬で対処可能。薬選びのポイントは「運転OKの眠くならない内服薬」と「(安全な)ステロイド点鼻薬」
③ 市販薬で対処できなければ医療機関を受診。(ほとんどの)医療機関では診療ガイドラインに沿って治療している。症状ごとに各科を受診するのではなく、まずは何でも診てもらえる医師(総合診療医など)に相談するのがよい
④ ヒスタグロビン注射はエビデンス(科学的根拠)には乏しいが保険適用があり安全性は高い(他方、ステロイド注射は安全性に問題があり原則として実施すべきでない)
⑤ 「舌下免疫療法」は花粉症の根治が期待できる上に安全性も高い。今後ますます普及していくと予想される
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。