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今年も花粉症の季節を迎えています。幸い、今年の花粉の飛散量は平均並みで、昨年よりはまだマシのようです。
花粉症の原因の7割方がスギ花粉によるものといわれます。日本にスギ林が多いためで、その面積は、全国の森林の18%、国土の12%を占めています。
なお、スギは日本特有の樹木で、スギ花粉症が問題となっているのは世界でも日本くらいと言っていいでしょう。
戦後の木材不足の時期にスギやヒノキの造林が進みました。しかし、木材の輸入自由化などによって、国内の林業は衰退しました。伐採されずに放置された森林から大量の花粉が飛散し、多数の国民が苦しんでいます。
国策のミスによるなんとも残念な事態です。岸田政権は、30年後に花粉発生量を半減させるなどの対策をまとめています。最近は自民党派閥の政治資金パーティーを巡る裏金事件でそれどころではないようですが、空手形にならないようにお願いしたいものです。
さて、がんは日本人男性の3人に2人、女性でも2人に1人が罹患(りかん)する「国民病」ですが、花粉症も日本人の4割強を悩ませています。
花粉症は日本では60年ほど前に出現した新しい病気です。その有病率は1998年には約2割、2008年は約3割、19年には4割強と、10年ごとにほぼ1割増加しています。
がんは全体で約6割、早期であれば9割が完治します。その点、花粉症は一度発症すると完治はまれで、長く付き合っていかなければならないやっかいな病気です。
がんは年齢とともに増える病気です。加齢とともに、臓器の表面を覆う上皮細胞の遺伝子の傷が積み重なって、がん細胞が発生します。年齢とともに、毎日発生するがん細胞の数は増えていきます。
これに対して、免疫システムが常に全身を監視していて、がん細胞の出現を感知し、その場で殺してくれています。この「免疫監視機構」も加齢によってパワーを失いますから、年齢とともにがんが急増することになります。
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花粉症にはメリットも?!
一方、花粉症がもっとも多いのは10代で、年齢とともに有病率は低下していきます。重症度も同様の傾向があり、年齢とともに、症状が楽になったと感じる読者も多いはずです。
そもそも、花粉症は、花粉に対する「アレルギー反応」によって引き起こされます。まず、花粉に対してIgEという抗体が作られ、肥満細胞(免疫細胞の一つ。細胞の形が膨れていて肥満体を想起させることから命名)に結合します。同じ種類の花粉が再び体内に入ると、肥満細胞表面のIgEと「抗原抗体反応」を起こします。ヒスタミンなどの化学物質が放出され、くしゃみ、鼻水、鼻づまりといった症状を引き起こします。
なお、IgEは寄生虫などの感染を防ぐために進化してきたものです。寄生虫感染が激減し、花粉と反応するIgEが主役になったことも花粉症が増えた理由かもしれません。
ともかく、花粉症は異物に対する免疫の過剰な反応です。年齢とともに免疫力も低下しますので、花粉症の症状も治まってくるのは当然といえます。
嫌われ者の花粉症ですが、プラスの面もあります。花粉症のようなアレルギー症状を持つ人で、いくつかのがんの発症が少ないことが明らかになりつつあるのです。
アレルギーを持つ人では、膵臓(すいぞう)がん、大腸がん、食道がん、胃がん、口腔(こうくう)がん、喉頭がん、子宮体がん、脳腫瘍などの発症リスクが低下するという調査結果が出ています。
特にうれしいのは、花粉症の人では、治癒率が1割もなく、最凶のがんといえる膵臓がんのリスクが低下するという研究結果が増えていることです。
国内外の八つの疫学調査の結果を統合して分析した「メタアナリシス」の結果でも、花粉症の人では、膵臓がんの発症リスクが57%まで低下していました。
過剰な免疫反応が起こっている花粉症の人では免疫監視機構の働きも強まっている可能性があると思います。
花粉症にもプラスの面があるかもしれません。
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中川 恵一
東大大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授
1985年東京大医学部卒。スイス Paul Sherrer Instituteへ客員研究員として留学後、同大医学部付属病院放射線科助手などを経て、2021年4月から同大大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。同病院放射線治療部門長も兼任している。がん対策推進協議会の委員や、厚生労働省の委託事業「がん対策推進企業アクション」議長、がん教育検討委員会の委員などを務めた。著書に「ドクター中川の〝がんを知る〟」(毎日新聞出版)、「がん専門医が、がんになって分かった大切なこと」(海竜社)、「知っておきたい『がん講座』 リスクを減らす行動学」(日本経済新聞出版社)などがある。