原理原本 - 第一券
[01] 一つから全存在に
1 太初は一つである。この一つが、太初の根本である。この根本が、即ち、神様である。この一つの存在こそ、無限小から無限大までの全ての存在の根本である。つまり、この一つの根本が、全体の根本であり、全体の中心であり、また、全ての作用力に対する平衡の基本支点となっている。
2 現代の科学時代において、我々は、数学を離れては、その基本的発展の軌道を見出すことができない。複雑で多段な現実社会は、数の単位である「一つ」を中心として構成されている。その中心を主として展開することによって、大数の実体を起こすことができる。
3 それゆえ、ある一つの存在を立てなければならない。この存在が決定されれば、一つから多数に展開された重要な要素を加減し、組み合わせていくことによって、発展していくのである。従って、全ての物事の根本を理解しようとすれば、一つの単位的な存在、即ち、神様を知らなければならない。
4 神様の圏外で活動してきた人々が、神様を知るようになれば、神様は、そのような人々を、ご自身を中心とする自由軌道に移動させようとされる。つまり、神様は、自由軌道の中心であり、単位的な存在であり、また、全てに影響を与える存在である。
5 自由軌道に移動した人々は、神様から離れることのない存在になろうとする。こうして、基本となる一つの単位から、無数の単位に広がっていくのである。この自由軌道における各単位の進級過程を表すものが公式である。従って、単位となった立場を離れ、公式となっている原理を離れるならば、その存在を保証することはできない。
6 このように、全ては、単位を基本とした公式によって発展してきたと言うことができる。つまり、20世紀の文明も、現代の科学も、このような公式によって発展してきたのである。この事を認めるならば、根本である一つの単位から多数の単位となった人々が、一線上の路程を離脱できないという事実を理解できるようになる。
7 この路程こそが、単位となった人々の共通路程である。そして、この路程のどこかに立って、左右、或いは、上下を定めて、自分の存在を決定しようとするときに、自分は、独立的な存在だと言えるのである。この事実を誰も否認することはできない。
8 このように、自分の位置は、上下左右の存在との位置関係から間接的に決定されるのである。それゆえ、自分を中心として見るときには、自分ではない他者の存在を確定することが必要になる。
9 そのためには、自分が、公式の根本となる単位の実体存在とならなければならない。それが、必然的に要求される条件となる。ここで、大きな問題は、その条件をどこから得るべきなのかということである。これを解決することが、重要な課題であり義務なのである。
10 そして、自分が、この課題と義務を果たして、単位の実体存在となったとき、他者との位置関係によって、自分の位置が決定される。従って、全ての人々が、一つの共通路程を離れて存在できないということは明白である。
11 この共通路程は、定められた路程であり、その終着点では、どのような存在でも、互いに平衡をとりながら、安定するのである。そこに到達してこそ、単数である自分が、大数である他者に影響を及ぼすという原理が成立する。
12 これが完全に成立すれば、自分が大数の他者に直結されたということであり、自分の使命を果たしたということになる。もし、この使命を果たせなかったならば、自分は、他者が存在するために必要な要素を壊した存在となる。その犯罪に対する追及を、どうして避ける事ができるだろうか。
13 そもそも我々は、人生において、天宙(実体世界宇宙+天の無形世界)と如何なる関係にあるのか。その問題を解決すべきであるが、その課題のために、一大苦心することになるのである。
14 科学では、単位が実体的であり、公式によって、対象を把握できるため、問題はそれほど難しくはない。しかし、我々には、無形の良心があり、その作用を無視することができないのである。そのため、良心が無形だとしても、我々は、その存在を認めざるを得ない。
15 さらに、自分の中には、公式のような原理があり、それを自分に追求させている神様を認識せざるを得ないのである。その認識によって、既に自分が、神様の対象的存在になっているということが分かる。つまり、自分には、神様による良心があり、その良心が、自分の中で作用しているのである。この事実を、誰も否定することはできない。
16 その良心が願っていることは、自分自身と異性存在との間にある絶対的な単位(夫婦)が、平衡をとるべき軌道を通って、共通の理想体(父母)に向かって行くことである。また、この使命に対して、責任を感じさせる大きな力が働いていることは事実である。
17 この力の本体が、神様である。この細密で高尚な存在を、良心の本体、絶対善と呼ぶこともできるが、このような呼び方が重要なのではなく、確実に存在しているという事実が重要なのである。
18 自分の良心は、ある理想を実現するために、絶対的な共通単位を持つ公式のような原理に、自分を向かわせている。つまり、良心の力によって、理想の実現に向かって進んでいるのである。その力は、神様によるものであり、人の個性が神様の絶対単位として完成するまで作用するのである。
19 また、良心の作用している無形実体(霊人)が、有形実体(肉身)の思いとは異なる路程を要求していることは、我々の感覚によっても理解することができる。この要求通りに実行すれば、自分を完成させることができると同時に、自分と他者との関係を完全なものにすることができる。
20 これは、前述したことからも、よく理解できるであろう。そして、良心が導くその路程は、科学世界の公式と同様の原理原則によるものであり、その原理原則によって、秩序の整然とした天宙の形態を知ることができるのである。
21 唯一である神様が、複数の人や万物を創造されたということは、それらが、無形世界から有形世界に展開されたということである。つまり、神様は、無形世界を表す影として、有形世界を発展させようとされたのである。これが、創造の意義である。簡単に表せば、「神様=人+万物」となる。
22 このような創造の意義においては、神様は唯一であると言える。しかし、性としては両性であるため、神様がご自身を二性として展開されたのである。これが、創造の根本的な意義である。
23 神様を中心とする無形世界と、人を中心とする有形世界は、相対関係になっており、全てが共通している。この二つの世界は、神様本意の軌道でつながれ、それによって回路が形成されているため、無と有が完全に授受できるようになっている。それゆえ、有形世界の存在は、その目的を完全に果たすことができるのである。
24 創造というものは、神様の性質である二性、即ち、男性と女性、陽性と陰性を、無限小から無限大にまで展開したものである。それが天宙の真相だと言える。つまり、どのような存在にも、このような性質が見られるのは、それが天理となっているためである。それは、創造が、神様のみ意(こころ)から始まったという事実を証明している。
25 このように、唯一の神様から複数の存在に展開されたため、これらの存在は、全ての性質を持つ神様に帰因するのである。こうして、被造物を増殖させることが、神様の理想であったが、最も望まれたことは、人を中心として、宇宙を創造することであった。
26 これを知るときに、我々人間と神様との関係が、非常に重要であることが分かるようになり、我々人間の問題に対する根本的な解決策を打ち出すことができるのである。
27 神様は、人を基本として、万物を創造された。そして、人は、万物がその目的を果たせるようにしなければならない。つまり、万物が人間の役に立つことができるように、また、神様の目的を果たせるように、人は万物を主管しなければならない。
28 個性真理体(神様の形態と性質を表す存在)である人間が求めている真理というのは、以上で述べたような創造原理となっている。この真理に至るまで、つまり、神様の理想に至るまでの根本的な摂理路程を探し出すことによって、大数である被造物が、それらを総括した唯一の神様に帰結するという事実を知ることができる。つまり、展開されれば無数になり、天宙が一つになれば、同性体として一つになる。この加減が、創造原理の妙味である。
29 神様が創造された天宙には、極小から極大までの被造物が存在する。そこには、秩序の整然とした相対性という創造的原則があり、それぞれの存在は、対象原理(対象的存在のみ中心と完全な授受ができるという基本法則)に従って配列されている。このような神様の原理原則が、全ての存在に一貫しているのである。
30 この事実を追究していけば、そこには深大な妙理がある。しかし、それは、どの方向から見ても無限であるため、その全てを計り知ることはできない。このように、天宙全体は、人知を超えた妙理によって展開されたのである。
31 ここで、私自身が単位となり、その妙理のごとく展開すれば、無限の新しい真理が出現するであろう。しかし、その新しい真理というのは、ずっと以前から求められてきたものである。
32 その真理の真相については、実証されることが重要である。つまり、科学的な内容、言い換えれば、公式のような内容であることが必要である。また、その真理は、過去から未来にかけて、常に一貫しているということが、十分に納得できるものでなければならない。
33 さらには、現実的な生活の中でも、発展していくことの面白味を感じさせ、生きる刺激と理想を与えることのできるものでなければならない。重要なことは、このような真理によって、永遠となり得る理想の自分を知ることができるということである。
34 この科学的な真理、即ち、原理を通して見えてくる創造主の摂理は、人間が中心となっている。この摂理の内容は、天宙創造の意義など、様々な根本問題を提起するものであり、また、それらの問題に対する重要な解決策となるものである。
35 そして、それらが解決すれば、人々が求めてきた宗教、哲学、天宙の真理が明らかになる。この真理が、理想の基盤、また、生存するための基盤となり、我々の全ての問題を、解決へと導いてくれるのである。それゆえ、この真理は、誰も避けることができないのである。
36 従って、私は、人々が生涯をかけて探し求めるべき重要な真理を、この世の人々に伝えようと思う。それを受け取った者は、霊を通して、それが真実であることを知り、肉体を通して、それを理解することができる。それこそが、唯一の真理であり、誰も反論することのできない天理原則なのである。
37 善と良心に従う人であれば、この真理を知るために、霊的な努力を少しでもするなら、誰であっても(特に信仰的に理想を望む者は早い)、それは必ず明示される。
38 その経験は、決定的な実体証拠として、天宙理想への道を探し出すための基礎となる。この根本的な真理を、どうして探し求めずにいられるだろうか。それでは、これから、根本的な真理に至るまでの経緯を見てみよう。