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裂孔原性網膜剥離【前編】
「“目の毒”と日々闘う網膜の仕組み」でお話ししましたが、網膜は、神経細胞の集まりである「感覚網膜」とそれを構造的・機能的に支える「網膜色素上皮」に分かれます。光を受け止める視細胞は感覚網膜の一番奥に存在しますが、この細胞は網膜色素上皮と接していなければうまく機能することができません。この「感覚網膜」が「網膜色素上皮」から離れてしまうことを網膜剥離と言います。
今回と次回の2回で、網膜剥離とはどのような病気なのか、治療法はどのように進展したのかについて述べたいと思います。
3種類の網膜剥離
網膜剥離には「裂孔(れっこう)原性網膜剥離」「漿液(しょうえき)性網膜剥離」「牽引(けんいん)性網膜剥離」の3種類があります。一般的によく耳にする、ボクサーやお相撲さんなどのスポーツ選手が目を強く打つことで起こる「網膜剥離」は、裂孔原性網膜剥離です。網膜が裂けて穴(裂孔)が開き、それが原因で発症します。スポーツ選手だけでなく、日常生活でもさまざまな原因で眼をぶつけると、裂孔原性網膜剥離が生じる可能性があります。
漿液性網膜剥離は、「国内の失明原因4位 加齢黄斑変性とは」でお話しした滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑変性で起こる脈絡膜新生血管からの血漿(けっしょう)成分の漏れや、ぶどう膜炎などで網膜や脈絡膜が炎症を起こすことで生じます。
牽引性網膜剥離は「自覚症状なく進行 危険な糖尿病網膜症」でお話しした糖尿病網膜症の増殖期などで、かさぶたのような膜(増殖膜)が網膜表面を覆い、それが収縮して網膜を引っ張る(牽引する)ことで網膜剥離を引き起こします。
漿液性網膜剥離や牽引性網膜剥離は必ず他の網膜疾患に付随しておこる合併症です。ですから、漿液性網膜剥離は原因となる加齢黄斑変性やぶどう膜炎に対する薬物治療、牽引性網膜剥離は原則的に手術による増殖膜の除去によって治療します。
それでは、他の網膜疾患の合併症ではない裂孔原性網膜剥離(以下、単に網膜剥離と呼びます)について詳しく説明していきたいと思います。
自然発症が多い裂孔原性網膜剥離
網膜剥離は打撲などの外傷で起こるイメージを持たれるかもしれませんが、全体の頻度としては自然発症によって起こるものが圧倒的に多数を占めます。病気にかかりやすい年齢は20歳前後と50歳前後で、分布の山が二つできる特徴があります。
これは、それぞれの年代で原因となる裂孔の起こり方が異なるためです。水晶体の後ろ側には、網膜に囲まれた眼球の中で一番大きい空間があります。そこは「硝子体(しょうしたい)」と呼ばれる卵の白身のような、ゼリー状の透明な成分で満たされています(図1)。この硝子体と網膜との相互関係が、網膜剥離の原因に大きく関係します。
20歳前後と50歳前後で異なる発症の仕組み
20歳前後で起こる網膜剥離は多くの場合、生まれつき網膜の一部に薄い部分(格子状変性)を持っている人に発症します。そこにできる穴(萎縮性円孔)が原因で網膜剥離が起こります(図2)。硝子体は年齢が若いほど固形に近いため、感覚網膜がはがれるのを防ぐ支えとなります。ですから、この年代で起こる網膜剥離は一般的にゆっくりと進行します。
一方、年齢を経るに伴い、硝子体の固形性は失われ、ほとんど水分に近くなります(硝子体の液化)。本来、網膜と接している硝子体は、液化が進行するにつれて収縮し、ついには網膜から離れてしまいます。これは加齢の過程で起こる生理的な変化で「後部硝子体剥離」と呼ばれ、誰にでも起こる現象です。
しかし、生まれつき硝子体と網膜が異常に癒着している人がいます。50歳前後で起こる網膜剥離は、後部硝子体剥離が起こる際に、この癒着が強い部分が裂けて裂孔となることで起こります(図3)。この年代の網膜剥離は硝子体が液化しているため、ほとんど支えとして機能しません。裂孔ができてから数日のうちに、網膜の中心部分である黄斑部まで網膜剥離が急速に進行することがあります。
網膜剥離の症状
網膜剥離にはどのような症状があるのでしょうか。
網膜剥離の原因となる網膜裂孔ができる前後で、癒着した硝子体が網膜を引っ張り、稲光のようなものが視界の端に見えることがあります。これを光視症(こうししょう)と呼びます。また、網膜裂孔が起こると、血液や細胞成分が眼内を浮遊し、細かいちりとして見えることがあります(飛蚊症<ひぶんしょう>)。
実際に網膜剥離が始まると、剥離部分は見えなくなるので視野が欠けます(視野欠損)。原則的に網膜剥離は周辺部分から起こるため、視野欠損は視界の端の方から始まり中心に向かって広がっていきます。
網膜の変化に早く気づくには
光視症や飛蚊症を急に自覚したり、頻度や程度が悪化したりしたら、時々白い壁などを見て、見える範囲が狭まっていないか確認してください。そうすることで、網膜の変化に早く気付く可能性が高まります。鼻側(内側)の視野から見えなくなる場合、反対の眼で補っていて気づかないことがあるので、片眼ずつで確認するといいでしょう。
網膜裂孔や網膜剥離になってしまった場合の治療法については、次回詳しくお話しします。
栗原俊英
慶應義塾大学特任准教授
くりはら・としひで 2001年に筑波大学医学専門学群卒業後、同年、慶應義塾大学医学部眼科学教室入局。09年、慶應義塾大学大学院医学研究科修了(医学博士)、09~13年米国スクリプス研究所研究員。帰国後、13年に慶應義塾大学医学部眼科学教室助教、15年に同教室特任講師を経て、17年から同教室特任准教授。網膜硝子体が専門。慶應義塾大学病院で網膜硝子体外科外来、メディカルレチナ外来を担当すると共に、医学部総合医科学研究センター光生物学研究室(栗原研究室)で低酸素環境における網膜の反応、光環境に対する生体反応を中心に研究を展開する。