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今年もあっという間に1カ月以上が過ぎました。年頭から国内では能登半島地震や羽田空港での航空機事故などが発生し、どんな年になるのかと考える間もなかったことでしょう。初夢は何だったか、忘れた方も多いのではないでしょうか。初夢といえば、富士山は縁起の良い象徴になっていますが、私自身、富士登山はもう難しいかなとあきらめかけていました。
ところが最近、「エキセントリック運動」という運動法を知りました。初めて聞いた時は「本当かな」と疑ってしまいましたが、今では「なかなかいいぞ」「運動が苦手な人も取り組めるに違いない」と確信しています。エキセントリック運動で鍛えれば、富士山もきっと登れるはずだと……。
みなさん、エキセントリックという言葉からどんなイメージを受けますか? ぱっと思いつくのは、アインシュタインやピカソ、日本人なら「芸術は爆発だ」で知られる岡本太郎ですかね。いずれも独創的で天才肌ですが、少し変わり者といったイメージかと思います。今回は、エキセントリック運動について紹介します。ぜひ取り組んでみてください。
筋肉負荷運動の三つのタイプ
筋肉負荷トレーニング、いわゆる筋トレには三つのタイプがあります。立つ▽座る▽中腰――という動作の膝への負担を例にとって説明します。
・立つ時には、膝に体重より重い負荷がかかります。これが「短縮性運動」です。
・座る時には、膝への負荷は体重より少ないです。「伸張性運動」と呼ばれています。
・中腰の時は、膝への負荷は体重と同じです。これは「等尺性運動」といいます。
エキセントリック運動は、この中で座る動作を進化させたものです。強い負荷をかけてこの運動をすると、筋肉量の増加と筋力の増強効果が優れているということで、トップアスリートの間でも広がりつつあります。
バーベル運動に例えると
鉄の棒の両端に円盤形の重りをはめたバーベルと、トレーニング用のベンチを使った筋肉トレーニング「ベンチプレス」を例にわかりやすく説明しましょう。
体重67kgの私は、ベンチに横になった状態で40kgのバーベルを持ち上げることができます。この運動がベンチプレスです。50kgのバーベルを持ち上げるのは困難ですし、挑戦する気もありません。しかし、誰かに支えてもらって準備すれば、50kgのバーバルを下ろすことができます。これがエキセントリック運動で、筋肉に大きな負荷をかけることができるのです。しかも楽に運動できます。
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はじめは私もなんだかきつねにつままれた気分でしたが、そこには秘密がありました。
バーベルを持ち上げるというつらくて面倒な部分はトレーナーに手伝ってもらっていたのです。バーベルを下げる楽なところだけやればよいのです。息も切れないし、血圧もおそらくさほど上がりません。それにもかかわらず、筋トレ効果は抜群といわれています。
40kgのバーベルの上げ下げは1、2回しかできないかもしれません。しかし、50kgのバーベルでも下げるだけのエキセントリック運動なら10回はいけるでしょう。
バーベルを下げる時、「ゆっくり下げる」のもエキセントリック運動として効果があります。支えてくれるトレーナーが不在の場合は、軽めのバーベル(私の場合は30kg)を持ち上げて、ゆっくり時間をかけて下げるのです。
一般に大人の男性が70kgのバーベルを使えば、下げるのは2回くらいが限度かなと思います。その瞬間に通常では経験できない負荷が筋肉にのしかかります。実は、筋肉線維が少しだけ切れたり、筋肉の構造が少し破壊されたりするのです。その刺激が筋肉を成長させ、肥大化させるというのがエキセントリック運動のポイントです。
従って注意点もあります。
上げる運動に比べて楽にできてしまうので、負荷をかけ過ぎると負の効果があります。回数も多すぎると負担になってしまいます。例えば、私がベンチプレスで100kgのバーベルを下げたら、筋肉の損傷を起こすでしょう。何事もやり過ぎは厳禁です。その日はなんともなくても、筋肉痛が遅れて表れることがあります。
若年シニアにもおすすめ
エキセントリック運動は、アスリートや運動愛好家に広がりつつあります。もちろん、年配者に向けた安全かつ効果的なやり方も提案されていまます。
Cowan大学(オーストラリア)の野坂和則教授による研究成果を紹介します。60歳以上の太り気味の女性を対象に、1階から6階までの階段を上る運動(参加者15人、下りはエレベーター使用)と下る運動(同15人、上りはエレベーター使用)とで効果を比較しました。下る運動がエキセントリック運動です。すると、12週間後の減量効果、体脂肪の減少効果と大腿(だいたい)筋の肥大効果は、階段の上りも下りも大きな差はありませんでしたが、下る運動の方が、血圧も低下しており、踵(かかと)の骨密度が増え、身体にとって好ましかったのです。階段を下る時は上る時と比べ、踵や足底への刺激が強いことが踵骨(しょうこつ)に効果があった理由です。運動中につらくなった時は途中の休息を自由に取ることができましたが、たくさん取った人のほとんどが上る運動の参加者でした。下る運動の参加者は休息が不要か、少しだけしか必要ありませんでした。
いかがですか。つらい上りでエレベーターの助けを借りて、楽な下りで運動するというエキセントリック運動の方が絶対にお得な方法です。
注意点としては、膝に不安がある方は着地の際に衝撃をできるだけ与えないことです。ゆっくりと着地することで、筋肉に対する効果はさらに高まります。
「階段は上らないと意味がない。下りは全然運動にならない」と主張している人は、その主張を取り下げてください。まずは駅の階段をエスカレーターを使わずに下るところからはじめましょう。
目指せ 富士山の山下り!
登山は、山に登って、それから下山します。登りは乗り物の助けを借りて、下りは歩いて下山する。これはエキセントリック理論を活用した立派な登山です。
調べてみると、富士山の5合目からの山下りハイキングは楽しそうです。ぜひとも今年の目標にしたいと思います。
富士山の下山には4時間以上かかります。初心者はもっと手軽なところから挑戦しましょう。
狙い目はケーブルカーやロープウエーがある山です。比叡山、六甲山、生駒山、高尾山、筑波山などなど。探せばいろいろありますよ。運動不足の方にはお勧めの方法です。
写真はゲッティ
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米井嘉一
同志社大学教授
よねい・よしかず 1958年東京生まれ。慶応義塾大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科内科学専攻博士課程修了後、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校留学。89年に帰国し、日本鋼管病院(川崎市)内科、人間ドック脳ドック室部長などを歴任。2005年、日本初の抗加齢医学の研究講座、同志社大学アンチエイジングリサーチセンター教授に就任。08年から同大学大学院生命医科学研究科教授を兼任。日本抗加齢医学会理事、日本人間ドック学会評議員。医師として患者さんに「歳ですから仕方がないですね」という言葉を口にしたくない、という思いから、老化のメカニズムとその診断・治療法の研究を始める。現在は抗加齢医学研究の第一人者として、研究活動に従事しながら、研究成果を世界に発信している。最近の研究テーマは老化の危険因子と糖化ストレス。