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流行ピークを迎える花粉症 総合診療の専門家が警鐘を鳴らす「使ってしまうと怖い治療薬」谷口恭・谷口医院院長
2024年2月19日
前回、木の実類・ピーナツアレルギーを含め食物アレルギーは他のアレルギー疾患(あるいは非アレルギー症状)を合併していることが多いゆえに、当院のような総合診療科で診る機会が多いと述べました。一方、スギ花粉症の場合、アレルギー疾患を含め、他に特に大きな病気のない人も大勢いますが、やはり総合診療科を好む患者さんが少なくありません。その最大の理由は、鼻・目症状のみならず、咽頭(いんとう)痛、せき、皮膚のかゆみなど、スギ花粉による他の症状が少なくないからです。その治療にはさまざまあり、なかには「推薦できない治療」、あるいは「やってはいけない治療」もあります。今回は、そういった好ましくない治療法にスポットを当てたいと思います。
効果は高いが推薦できない点鼻薬
花粉症に推薦できない治療として、まず取り上げたいのが「ナファゾリンを含む点鼻薬」です。具体的な商品名を挙げることは避けますが、薬局で購入できる有名な点鼻薬(市販薬、一般用医薬品)にもこのナファゾリンが主成分に使われています。そして、ナファゾリンは鼻炎症状にものすごく効きます。特に鼻づまりにはてきめんで、一度使用すると手放せなくなる人が少なくありません。しかも値段もかなり安いのです。1本500円程度でも買えますし、ネット通販でまとめ買いすれば1本300円未満のものもあります。使用頻度にもよりますが1本で2週間から1カ月くらいもちますから、これで花粉症が乗り切れるならとても有益な商品だと考えたくなります。
しかし「落とし穴」があります。ナファゾリンは強力な血管収縮作用があり、うっ血(拡張した血管に血液が充満すること)を防ぎます。ですから鼻づまりには劇的に効くのです。
最大のリスクは血圧と心拍数の上昇です。併用薬によっては命の危険にさらされることもあります。血糖値上昇も起こり得るので、日ごろから血糖値が高い人は気軽に使うべきではありません。また、効能が強いため薬効が切れると症状が一気に悪化します。するとすぐに再び使いたくなります。こうして一種の「依存」が生まれます。
医療用医薬品もあるので、医療機関で処方することもありますが、医師は重症例に限定し、処方する場合もごく短期間の使用にとどめるよう説明します。つまり、ナファゾリンの点鼻薬は我々医師も気軽に処方するようなものではないのです。
しかし、通販などではまとめ売りをしており、一般薬であれば容易に大量入手できます。当院を初めて受診する患者さんにも「これまでナファゾリンを使っていた」という人は多く、少なく見積もってもこれまでに数百人はいます。一方で、今述べたようなリスクについて購入時に薬剤師から説明を受けたという人はいまだにいません。なお、ナファゾリンを含まず、主成分がステロイドの点鼻薬は鼻粘膜に局所的に作用するため安全で、推薦できます。ただ市販薬の場合は値段が高いのが欠点です。しかし、ステロイド点鼻薬と違って、ステロイド内服薬は最重症例を除いて使用すべきではありません。
雄花をたくさんつけたスギ=茨城県内で2023年2月25日、中村琢磨撮影内服薬選びは「眠くならないタイプ」を
次に市販の内服薬を考えてみましょう。花粉症に対する内服薬は数年前までは眠くなる古いタイプの抗ヒスタミン薬が主流でしたが、最近は眠くならない新しい抗ヒスタミン薬(運転時の使用も認められているタイプ)も登場しています。こういったものをまずは使いましょう。「運転時には認められていない(つまり眠くなるかもしれない)タイプのものを飲んでも眠くならない人はそれでいいではないか」という考えもありますが、眠気を自覚していなくても薬剤が脳に作用することにより作業効率が低下するおそれがあります。
これを示した研究もあります。医学誌「Journal of Family Medicine and Primary Care」に2022年11月に掲載された論文「古い抗ヒスタミン薬と新しい抗ヒスタミン薬の比較:認知機能と精神運動機能への影響(Old versus new antihistamines:Effects on cognition and psychomotor functions)」を紹介しましょう。この研究では30カ月間にわたり、クロルフェニラミン(古い抗ヒスタミン薬、とても眠くなる)、レボセチリジン(新しい抗ヒスタミン薬だが運転時は飲めない)、フェキソフェナジン(新しい抗ヒスタミン薬で運転OK)のいずれかを新たに処方された成人患者を対象に認知機能や精神運動機能が調べられました。結果、クロルフェニラミンとレボセチリジンは認知能力と精神運動能力(感情のコントロールや集中力の維持など)に悪影響を及ぼした一方で、フェキソフェナジンにはそういった変化が起こらないことが分かりました。
「花粉症に風邪薬」は絶対に避ける
眠くなるかもしれないタイプの抗ヒスタミン薬でも、眠くなったり作業効率が落ちたりするリスクを理解したうえでなら、(運転しない場合に限り)内服しても問題ありません。それに対し、絶対に長期では飲んではいけないのが風邪薬です。「なんで花粉症に風邪薬?」と思う人もいるでしょうが、風邪薬を飲んで鼻水・鼻づまりがピタッと止まった経験がある人には花粉症でも風邪薬に頼る人がいるのです。
「風邪を引いたときですら市販の風邪薬は気軽に飲むべきでない」と私は言い続けていますが(「『私は風邪薬を飲みません』谷口恭医師講演」)、2~3日以内であれば大きな問題は起こりにくいでしょう。ですが、依存性のある薬の長期服用は絶対にやめなければなりません。過去の連載でも述べたように(「市販の鎮痛薬 危険な『自覚なき依存症』」「『知らぬ間に依存も』子どもに禁止のせき止め薬」)、自身が気付かないうちに依存症になってしまい、そこから抜け出すのにものすごく苦労することがあります。特に注意しなければならない依存性のある六つの成分はエフェドリン、メチルエフェドリン、プソイドエフェドリン、コデイン、ジヒドロコデイン、ブロムワレリル尿素です。これらについては厚生労働省も注意喚起を促しています。
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プソイドエフェドリンの長期間使用は避けるべきだ
この六つの依存性のある成分のなかで、医療機関でも長期で処方されていることがあるのがプソイドエフェドリンです。先発品の商品名でいえばディレグラです。添付文書にも「2週間を超えて投与したときの有効性及び安全性は臨床試験では検討されていない」と書かれているにもかかわらず、当院を受診した患者さんから「前の医師から長期処方されていた」と聞くケースがときどきあります。医師による処方自体に法的な問題はありませんが、厚労省が依存性の注意喚起をしている成分を、そのリスクを知らせずに長期使用するのは問題があります。他に代替品がないのならやむを得ませんが、当院のこれまでの経験でいえばプソイドエフェドリンがどうしても欠かせない事例は一例もありません。鼻づまりによく効くのは事実ですが、上述した点鼻ステロイドやロイコトリエン拮抗(きっこう)薬(こちらは市販薬にはありません)を優先すべきです。
強烈な副作用があるステロイド注射
花粉症に推薦できない治療の最後に取り上げたいのは「ステロイド注射」です。これはものすごく効きます。しかも1回接種すれば1カ月程度は症状がピタッと止まります。さらに、値段も安く保険適用もあります。よく効いて安くて治療は月に1度でいいのなら、夢のような薬のように思えます。保険適用があるということは国もお墨付きを与えた安全な治療と受け止められるかもしれません。ですが、この治療は容易に手を出すべきではありません。当院では毎年数人から強く依頼されますが、全例断っています。「金払うって言ってるのに!」と怒り出す人もいますが、この治療を行うわけにはいきません。なぜなら強烈な副作用のリスクがあるからです。
そして実際、当院には花粉症で使用されたステロイド注射による副作用で受診する人が少なくありません。ある人は顔面に脂肪が蓄積して丸くなり(いわゆる「満月様顔貌」)、ある人は夜間眠れなくなり、ある人は精神的に不安定になり、ある人はニキビが悪化し、またある人は不正性器出血が止まらなくなっていました。これらのほとんどはいずれ治りますが、筋肉注射でいったん体内に入ったステロイドはなかなか体外に出ていきません。これが内服と注射の違いです。内服ステロイドは花粉症の最重症例に使うことがありますが、せいぜい1~2日で、この程度なら副作用のリスクはわずかです。しかし注射はそういうわけにはいきません。1回注射すれば1カ月程度は効果が続くわけですから、同じくらいの期間、副作用も続くのです。
では「花粉症で推薦できない治療」をまとめましょう。
①ナファゾリンを含む点鼻薬は強力な血管収縮作用があり、血圧、血糖値を上昇させる。安易に使わず、使用するならごく短期間にすべきだ。他方、ステロイド点鼻薬は安全性が高い(が市販薬は値段が高い)
②内服抗ヒスタミン薬は原則としてまずは眠くならないタイプ(運転OKのタイプ)を選ぶべきだ
③風邪薬を花粉症の治療に使うべきでない。そもそも市販の風邪薬の使用はごく短期間にとどめるべきだ
④医療機関で処方されるディレグラ(先発品)には依存性物質のプソイドエフェドリンが含まれているため長期使用は控えるべきだ
⑤ステロイド注射は花粉症の治療に使うべきでない。長期にわたる副作用に悩まされることになりかねない
次回は推薦できる花粉症の治療を紹介したいと思います。
特記のない写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。