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あなたは怒りっぽいですか? 怒りをため込むタイプでしょうか、それともすぐに爆発させるタイプですか? 怒りは「喜怒哀楽」という人間の基本的な感情の一つですが、特にネガティブな感情は仕事や人間関係に悪影響を及ぼしかねません。救急医にとっても、怒りは大敵。そこで今回は、怒りをコントロールし、怒りの感情とうまくつきあうための「アンガーマネジメント」についてお話ししたいと思います。
救急医にとっての「怒り」の意味
最近でこそ「先生は怒ることがあるのですか?」「温和ですね」「本当に救急をやっているの?」などと言っていただけることが増えてきました。ですが、もともとの私の性格は短気で、家族からよくそれを指摘されます。
ですから、患者さんから「救急医は(患者を各診療科に)振り分けだけしていて、何が楽しいんですか?」「一生研修医みたいな診療していて、やりがいあるんですか?」「偉そうにしやがって! 何様のつもりだ!(よく飲酒後の患者さんがおっしゃいます)」などの発言を受けると、発言の主のネガティブな気持ちがこちらにも伝わってきて、怒りの感情が湧き上がることもあります。
とはいえ、怒りにとらわれて我を忘れてしまっては、
・マルチタスクが必要で
・迅速な判断を
・正確に
求められる救急医の日々大変な仕事に支障が生じます。その気持ちを抑えるために有効なのが、前述のアンガーマネジメントです。三つのポイントに沿って、その必要性と方法を説明します。
ポイント1:怒ることにはさまざまな不利益が伴う
怒ることが全て悪いわけではありません。現状に怒りを覚えて、それをエネルギーにして改革を成し遂げた偉人たちも数多くいます。しかし、不利益が伴うこともあるでしょう。
例えば、サッカーの世界では「神様」と言われたジーコ選手の痛恨の退場劇があります。心身ともに素晴らしい選手でしたが、1993年シーズンのJリーグ年間王者を決める試合で、相手に与えられたPKの判定に怒りの気持ちを抑えきれず、ボールにつばを吐いてこの日2度目の警告を受け、退場になってしまいました。この試合で勝利することができず、ジーコの鹿島アントラーズは年間王者の座を逃しました。
さらに、怒りは心臓の病気など身体の異常につながることも知られています(参考1)。
では、怒りを感じた時に怒りを回避するのではなく、隠した場合はどうなのでしょうか? 「我慢しなさい」と言われる“日本的”なアプローチですね。このアプローチは良くも悪くもあります。良い点としては、怒りの感情が出た際に表情を変えないように努力をすると、怒りの感情をある程度抑えられることが研究によって分かっています(参考2)。一方悪い点としては、我慢をしすぎてうまく消化できない人は、心臓の病気のリスクが上がることも研究によって明らかになっています(参考3)。
心臓の病気のリスクが上がるほど我慢するのはどうなのだろうかと、私なら考えてしまうところですね。
2:怒ってしまったら怒りを回避することが大事!
では、そのまま怒りを表出してしまった場合はどうなのでしょうか? 実は、表出してしまったからといって「すっきりしたー!」とはならないのです。怒りの表出は「怒りという炎にガソリンをかけるようなもの」で、結局良くないという研究結果が出ています(参考4)。また、「怒りを覚える状況のあとにサンドバッグを実際に殴ってみたらどうなるか?」という面白い研究もなされています。結果は、「すっきりして平常心を取り戻せた!」……ではなくて、ますます攻撃的になったという残念なものでした(参考5)。やはり、自身と周りの関係を考えても、怒りの表出はなるべく回避したほうがいいですね。
では、どうやって回避すればいいのでしょうか。怒りを感じて表出してしまったり我慢したりするのに比べて、このアプローチは根本的解決に近いので重要になります。
怒りは、肉体的な反応と精神的な反応を引き起こします。そのため、一つの方法は体をリラックスさせて肉体的な反応を避けることです。たとえば、ゆっくり深呼吸する、心を落ち着かせる音楽を聴く、10秒数える--などの方法が挙げられます(参考6)。
もう一つの方法は、精神面での対応です。これは「ネガティブなものの捉え方をポジティブに変える」という考え方です。例えば、友人から失礼なメールやSNSの書き込みがあったとします。その時に、「こんな表現をするなんて、友人なのに何を考えているの?」と怒るのではなく、「こんな表現をするのは友人らしくない。友人は疲労困憊(こんぱい)しているのではないだろうか?」と、自分のものの捉え方の角度を変えて、ネガティブをポジティブにしていくのです(参考7)。
最後に、ちょっと方向性を変えた怒りへの対応方法があります。それは、子犬を可愛がる、コメディーを見る、誰かの役に立つことをする、家族や友人などとの大切な時間を持つ--など「喜」や「楽」といったポジティブな感情を生む行動を積極的にするのです。これらの行動は怒りの感情と両立不能な感情をもたらすため、怒りの感情を維持することができなくなると考えられています(参考8)。
ポイント3:怒りにくい体質を作ることが大事!
怒ったあとの対応法を学ぶことは大事ですが、できたら怒りにくい体質になりたいものですよね。そのためにはどのような対応法があるか、見ていきましょう。
まずは、お酒についてです。お酒が楽しい時間をもたらしてくれるのは確かです。しかし、過度の飲酒は理性的な思考を妨げます。飲酒後の怒り、暴力などの残念な出来事をみなさんも目撃されたことがあると思います(参考9)。ですから、仕事関連の電話、メール、重要な決断は飲酒しているときには避けたほうが良さそうです。
次に、睡眠についてです。よく眠れた日の朝はすがすがしい気持ちになって、一日の始まりも順調ですよね。反対に、睡眠不足の朝はどんよりとした気持ちと疲労感で始まるかと思います。この実感とリンクするように、睡眠不足と怒りの関係も指摘されています(参考10)。早寝早起きをして心の状態を良好に保ち、怒りにくい体質にしたいですね。
最後は、最も根本的で重要な方法です。怒りを引き起こした自身の出来事を記録(アンガーログ)する。その記録を振り返り、「なぜ怒りという感情に結びついたか?」を考察する。それによって、自身の心の深層にある「考え」や「価値観」を発見していきます。こうした一連の振り返りを生かし、前述のように「怒りにつながるネガティブなものの見かたをポジティブに変えていく」ということを心がけます(参考6、11、12)。すぐには変わらないものの、これを続けていくことで段々と自分自身のものの捉え方が変化することに気づきます。
救急医に限らず「平静の心」が良い仕事、人間関係、人生に重要です。
(1)怒ることにはさまざまな不利益が伴う。
(2)怒ってしまったら怒りを回避することが大事!
(3)怒りにくい体質を作ることが大事!
この三つのポイントを意識して、みなさんも怒りという感情から解放された良い一日を送ってください。
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参考文献
(1)怒りや敵意と心臓病の関係についての論文:Chida et al. The association of anger and hostility with future coronary heart disease: a meta-analytic review of prospective evidence. J Am Coll Cardiol. 2009; 53: 936-46.
(2)怒りなどの感情と表情についての論文:Davis et al. How Does Facial Feedback Modulate Emotional Experience? J Res Pers. 2009 Oct 1; 43(5): 822–829.
(3)怒りを我慢することと心臓病のリスクについての論文:Denollet et al. Anger, Suppressed Anger, and Risk of Adverse Events in Patients With Coronary Artery Disease. Am J Cardiol. 2010 Jun 1;105(11):1555-60.
(4)怒りを表出することの効果についての論文:Bushman et al. Does Venting Anger Feed or Extinguish the Flame? Catharsis, Rumination, Distraction, Anger, and Aggressive Responding Personality and Social Psychology Bulletin, 28, 724-731.
(5)バッグをなぐるなどのカタルシスと怒りについての論文: Bushman et al. Catharsis, aggression, and persuasive influence: Self-fulfilling or self-defeating prophecies? Journal of Personality and Social Psychology, 76, 367-376.
(6)アンガーマネジメントプログラムの効果についての論文: Bahrami et al. Effect of anger management education on mental health and aggression of prisoner women J Educ Health Promot. 2016; 5: 5.
(7)ネガティブな捉え方をポジティブに変えることなどについての論文: Germain et al. Trait Anger Symptoms and Emotion Regulation: The Effectiveness of Reappraisal, Acceptance and Suppression Strategies in Regulating Anger. Behaviour Change Volume 32 Number (1) 2015. 35–45
(8)怒りと両立不能な行動をすることで怒りを和らげることを提唱した論文: Baron et al. The reduction of human aggression: A field study of the influence of incompatible reactions. Journal of Applied Social Psychology, 6, 260-274.
(9)アルコールと暴力について言及している論文: Lane et al. Neuropsychiatry of Aggression Neurol Clin. 2011 February ; 29(1): 49–vii.
(10)不眠と攻撃性、衝動性について研究した論文: Ireland et al. The relationship between sleeping problems and aggression, anger, and impulsivity in a population of juvenile and young offenders. J Adolesc Health. 2006 Jun;38(6):649-55. I
(11)アンガーマネジメントについての科学的根拠のまとめ:Mytton et al. School-based violence prevention programs: systematic review of secondary prevention trials. Arch Pediatr Adolesc Med. 2002; 156:752-62.
(12)アンガーマネジメントについての科学的根拠のまとめ:Henwood et al. A systematic review and meta-analysis on the effectiveness of CBT informed anger management. Aggress Violent Behav. 2015; 25:280-92.
志賀隆
国際医療福祉大学准教授/同大学三田病院救急部長
しが・たかし 1975年、埼玉県生まれ。2001年、千葉大学医学部卒業。学生時代より総合診療・救急を志し、米国メイヨー・クリニックでの救急研修を経てハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医を務めた救急医療のスペシャリスト。東京ベイ・浦安市川医療センター救急科部長などを経て17年7月から国際医療福祉大学医学部救急医学講座准教授/同大学三田病院救急部長。安全な救急医療体制の構築、国際競争力を産み出す人材育成、ヘルスリテラシーの向上を重視し、日々活動している。「考えるER」(シービーアール、共著)、「実践 シミュレーション教育」(メディカルサイエンスインターナショナル、監修・共著)、「医師人生は初期研修で決まる!って知ってた?」(メディカルサイエンス)など、救急や医学教育関連の著書・論文多数。