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新型コロナの飲み薬が2022年11月22日、承認されました。塩野義製薬の「ゾコーバ」という薬で、国産の新型コロナの飲み薬の承認は初めてです。11月28日から、医療機関などへの本格的な供給が始まる見通しです。
今回は、承認された「ゾコーバ」が、どのような薬なのかをみた上で、この薬が承認された意味と課題、今後求められることを、考えます。
まず、「ゾコーバ」とはどのような薬なのか、みてみます。
開発したのは、塩野義製薬です。特徴は、飲み薬であることと、重症化リスクの低い患者も投与の対象となっている点です。こうした飲み薬が、国内で承認されたのは初めてです。
国産で、2022年5月に政府が新たにつくった「緊急承認」の制度が適用されました。
この薬が承認された意味はどういったものなのか、治療薬の全体像から考えます。
新型コロナウイルスに感染すると、体の中でウイルスが増殖します。途中で回復するケースがある一方、肺炎などの症状が進行すると重症になります。
重症になった患者を対象とした薬には、新型コロナの流行以前に開発された既存の炎症を抑える薬などがあります。一方、軽症や中等症の患者を対象にした治療薬には、中和抗体薬などの点滴の薬と飲み薬があります。
点滴は、主に病院で治療が行われることになります。投与を受ける患者も大変ですが、医療機関にも負担がかかることになります。一方、飲み薬は、簡単に投与できるという特徴があります。
軽症や中等症の患者に使える飲み薬として、これまでに国内で承認されたのは、ラゲブリオとパキロビッドパックの2つでした。いずれもアメリカの製薬大手が開発しました。
この2つの薬について、投与の対象となっているのは、重症化リスクの高い人=つまり高齢者や基礎疾患のある人です。安全性と有効性を確認する治験を実施した際、重症化リスクの低い人を対象にしなかったため、リスクの低い人には投与されません。
重症化リスクの低い人=つまり年齢が若く、基礎疾患のない人を対象にした飲み薬(上の図でグレー色の部分)は、これまでありませんでした。
ゾコーバは、その薬がなかった部分の患者を対象にした飲み薬になります。
新型コロナでは、若い人たちの多くは軽い症状ですみます。しかし、中には、のどの痛みが激しく、食べ物が食べられないなどつらい症状に苦しむ若者もいます。こうしたことから、臨床現場の医師などからは重症化リスクの低い人に使える飲み薬を求める声があがっていました。
さらに、国産であることから国際的な状況の影響を受けずに、国内で安定して供給されることが期待できます。
この薬は緊急承認という、新たな制度で審査されました。緊急性があり、他に代わりになる薬がないことを条件に適用することができます。
薬の審査では、通常は安全性と有効性それぞれを確認して承認されます。
これに対して、緊急承認では、安全性については通常の承認と同様に確認しますが、有効性については、迅速に承認できるように「推定」でよいとされています。
ゾコーバの安全性、有効性はどうだったのでしょうか。
安全性について、患者に投与した治験では、死亡や重篤になった報告はなかったということです。ただ、胎児への影響が懸念されるため、妊娠中あるいは、その可能性がある女性には、投与しない、また併用できない薬が高血圧の薬など36種類あり、これらの薬を服用している人には使わないこととなっています。
ゾコーバの有効性はどう示されたのか。ひとつは「せき、のどの痛み、鼻水・鼻づまり、けん怠感、発熱・熱っぽさ」の5つの症状がすべて消えるまでの日数が、薬を投与しない(=偽薬「プラセボ」を投与した)患者は8日だったのが、薬を飲んだ患者は、7日とおよそ1日短くなりました。
もう一つは、患者の体内のウイルスの量が、投与開始から3日後=つまり薬を3回投与した後では、薬を飲まない場合(プラセボ)に比べて、30分の1に減ったということです。こうした結果から「有効性が推定される」と評価されました。
この有効性についての意見は様々聞かれます。「1日の短縮というのは効果として小さいのではないか」という指摘がある一方で、「体内のウイルスが減り、症状が早く消えれば、入院や療養期間が短縮される。患者の社会復帰を早めたり、医療機関の負担を軽くしたりする可能性がある」という見方もあります。
薬の効果が、生活や社会にどこまで影響してくるか。それは今後、投与が始まってから示されることになると思います。
さらに課題は、この薬の使い方です。
この薬は、12歳以上が対象で、1日1回5日間、飲みます。
薬の使い方については、日本感染症学会が考え方を示しています。
ゾコーバは、発症後、すぐに投与する必要があることから、症状が現れてから72時間以内=3日以内に薬を飲むこととされています。飲み薬のラゲブリオやパキロビッドパックは、5日以内ですが、過去の感染拡大時に5日以内に患者に薬が届かないケースが相次いだことがありました。政府や自治体は、ゾコーバについて、一層スピード感のある供給体制を整えることが必要です。
また、投与の対象は、重症化リスクの低い人のうち、「高熱や、せきの症状がひどい、強いのどの痛み」といった症状の人としています。この対象については、投与の経験を重ねる中で、より有効な使い方にできるよう、医師が検証する必要があると指摘されています。
ゾコーバは、11月28日から全国2900の医療機関などに本格的に供給される見通しです。その医療機関は、都道府県などのホームページに掲載されます。
ただ、患者側は、症状が現れたとき、この薬を処方してもらおうと医療機関にかけつけるのではなく、まずは「受診・相談センター」に連絡して相談するといった対応をすることが大切です。特に感染が拡大した時に、重症化リスクの低い人たちが病院に殺到して、医療ひっ迫を招くのを避ける必要があるためです。
そして、求められるのは、治療薬による新型コロナ対策の構築で、これをどう進めていくかです。
ゾコーバが承認されましたが、重症化リスクの低い人が対象の飲み薬は、この一つだけです。今後、新型コロナのウイルスの変異によっては、薬が効きにくくなることも想定しておかなければなりません。それに備えるためには、複数の薬を用意することが大切です。
しかし、国内では、新型コロナ用の治療薬の開発は、なかなか進んでいません。開発中のものはありますが、ゾコーバの後に続くような段階に来ている治療薬開発がないというのが現状です。
国は、新型コロナ対策として治療薬開発をどう進めていくのか、その考えを示すことが大切だと思います。
課題はありますが、ゾコーバの承認で、治療の選択肢が広がったことは一歩前進と言えると思います。感染者数やウイルスの変異など状況が変化する中で、ワクチン接種や治療薬を新型コロナ対策に効率的に結び付けることが大切です。そのためには、国が国民に対して、ワクチン接種はもちろん、治療薬の使い方についても、分かりやすく説明することが求められていると思います。
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