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アルツハイマー病は患者数が多く、多くの人が、病気の進行を抑える薬を待ち望んでいるかと思います。先月末、あるアルツハイマー病の新薬についての論文が発表されました。どんな薬なのでしょうか?
◆アルツハイマー病の新薬 どういうもの?
アルツハイマー病は、脳の神経細胞が壊れ、認知機能が低下していく病気です。脳の神経細胞が壊れるメカニズムの一つとして、「アミロイドβ」というタンパク質が、脳にたまることが考えられているのですが、このメカニズムに働きかける薬が「レカネマブ」です。これはアミロイドβにくっつく抗体でできていて、アミロイドβを取り除くことで、アルツハイマー病の発症・進行を抑え、症状の悪化を防ごうという薬です。
アルツハイマー病では、すでにいくつかの薬が普及していますが、それらは一時的に症状を緩和させる薬で、病気のメカニズムに働きかける薬は、まだ国内では承認されていません。
◆新しい薬の治験
レカネマブの治験(第Ⅲ相ランダム化比較試験)では、日本を含んだアジア・北アメリカ・ヨーロッパの235施設が参加。対象は、50〜90歳で、脳のアミロイドβが確認された早期アルツハイマー病の人。参加者1,795人を2つのグループ、薬・レカネマブを投与するグループと、体に害のない生理食塩水を投与する偽薬のグループにわけ、2週ごとに1回点滴し、それを18か月続けました。
この対象の条件にある早期アルツハイマー病を、アルツハイマー病がどう進んでいくかを表した図でみてみます。アルツハイマー病では、10年20年という長い年月をかけて、図で示したように脳の中にアミロイドβが蓄積されるのですが、それと同時に、認知機能が低下し、ある時点で、日常生活に支障をきたす「認知症」になります。早期アルツハイマー病というのは、「認知症を発症」してから数年ぐらいまでの「軽度アルツハイマー病」と、その前の段階の「軽度認知障害(MCI)」のことを指します。
◆薬の効果は?
薬の効果はどうだったのでしょうか?まず、薬を投与したグループと生理食塩水の偽薬グループで、症状の変化の程度を比べました。具体的には、記憶・判断力・地域社会で活動できているか、身だしなみがきちんとしているかなどを、診察と介助者からの情報で点数化。グラフの下に行くほど、症状が悪化したことを示しています。18か月経過した時点で比べてみると、偽薬のグループより、レカネマブのグループは、症状が悪化しなかったことがみてとれます。薬は、症状の悪化を27%抑制できました。研究に参加し、論文執筆メンバーの一人、東京大学大学院岩坪教授にお話を伺ったところ、「症状の悪化のスピードを遅らせる薬の効果が示された」とのことでした。例えば、18か月の時点で薬を投与した人の症状と同じぐらいの症状は、偽薬のグループでみると12か月ぐらいたったころです。つまり、薬を投与した方が、投与から18か月の時点では、大体6か月分くらい、進行が遅くなっていることがわかるかと思います。
また薬の効果として、脳にたまっていたアミロイドβが減少したことがわかりました。PETという脳の働きを調べる装置で撮影した脳の断面画像で、脳の中にたまったアミロイドβをみてみます。投与前、色が黄色・緑など明るくなっている部分が、アミロイドがたまっている部分です。投与18か月後は、明るい部分が減り、アミロイドが除去され、減少していることがわかります。
さらに、薬の効果として、介護者・家族に評価してもらう指標でみてみると、患者の歩行・排せつ・食事・着替え・入浴などの日常生活が改善していることもわかりました。
◆薬の副作用は?
副作用はどうだったのでしょうか?薬・抗体を体に点滴することで起る、発熱・呼吸困難・アレルギー反応などが26.4%ありました。これらは、軽度〜中等度の症状で、薬の点滴は続けられました。また、脳の画像を撮影すると、ある種の脳浮腫12.6%。脳内出血などが17.3%に確認されたのですが、多くのケースは、症状はありませんでした。
◆薬の承認は?課題は?
アメリカでは、レカネマブをFDA(食品医薬品局)に「迅速承認」を申請していて、審査終了目標が来年1月6日です。ただ迅速承認になったとしても、それは、仮免許のようなものです。その後、今回発表された論文のデータを元に本格的な承認に向けた申請が行われる予定とのことです。そして、日本では、来年3月までには承認申請予定ということです。
ただ、薬が承認されても、課題があります。例えば、この薬は、使い方の難しい薬なのです。例えば、持病があると、病気によっては、薬の投与ができないこともあり、誰でも使えるとは限らないのです。また、薬は早期アルツハイマー病の時期に投与しないと効かないし、脳にアミロイドβがないと働かないので、薬を適切に使うためにも、きちんと診断する必要があります。
認知症に関連する6学会が、このようなことも含めて、今後、アルツハイマー病の新薬が国内で実用化することを見据えた課題を、社会・患者・家族とも一緒に議論していきたいと提言しています。この提言に関わった、岩坪教授曰く、「アミロイドPETという脳画像を撮影できる施設は少なく、検査費用も高額で、現在、保険適用されていない」ということ。そして、「レカネマブのような抗体薬は一般的に高額と言われているので、承認されたときには、保険適用の範囲をどうするのか」という課題もあるとのこと。また「薬をいつまで使うのか、今後、さらに長期の薬の有効性・安全性の検証も必要に」なるだろうとのことでした。
課題はありますが、レカネマブを使うことで、自立した日常生活を、より長く続けられる可能性はありそうで、患者・家族にとっては、希望がもてる薬になるかもしれません。今後、まずアメリカで、薬が迅速承認されるのかどうかに注目したいと思いますが、薬が実用化したときに、費用がかかることは確かで、国内でも、どう使うのか・どう診療していくのか、今からしっかりと議論をすることが大切ではないかと思います。
◆2021年にアメリカで迅速承認されたアルツハイマー病の薬についてはこちら
「アメリカで承認 アルツハイマー病の薬」(みみより!くらし解説)
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