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無国籍問題をご存知でしょうか。国籍がないために就労や結婚も難しく基本的人権も保障されません。そうした人たちが世界では数多く存在し、日本にも国籍がなく差別に苦しんでいる人がいます。国籍とは何か、なぜ無国籍者が生まれるのでしょうか。
国籍は、国家が人々を国民として保護するために与える資格で、ほとんどの日本人は生まれたときから当然のように日本の国籍を持ち、国の保護を受けてきましたが、様々な事情により国籍のない人がいます。日本で生まれ育っても国籍がないために就職や結婚ができず、自由に海外に行き来できないなど不自由な思いをしています。
「無国籍者の地位に関する条約」では無国籍者は「その国の法律の適用によりいずれの国によっても国民と認められていないもの」と規定され、世界全体で430万人に上ると国連は推計しています。ただ実際にはその数は1000万人に上るとも言われます。
Q.誰もが国籍を持てるわけではないのですね。
国籍は国によって親の国籍か、出生地の国籍が与えられます。親がその国の国民であれば子どももその国の国民となる「血統主義」と、生まれた国の国籍を取得する「出生地主義」があり、日本や中国、韓国、それにヨーロッパの多くが「血統主義」をとっています。日本では以前は父親が日本人でないと日本国籍が与えられませんでしたが、1984年の国籍法改正で父母のいずれかが日本人であれば日本国籍を取得できるようになりました。一方、「出生地主義」の国はアメリカやカナダ、ブラジルなどで、移民としてアメリカ大陸にやってきた人たちの子どもが外国籍にならないように生まれた国の国籍を与えるようになったのです。血統主義の国でも出生地主義を補完的に取り入れるところもあります。日本では例外措置として両親の国籍が不明か無国籍だった場合、日本国籍を与えることが国籍法で規定されていますが、あまり活用されていないようです。
Q.なぜ無国籍者が生まれるのでしょうか?
▼内戦などにより国家が消滅し、新たに生まれた国から国民として認められなかったり、▼ミャンマーの少数派イスラム教徒ロヒンギャの人たちのように自国民と認められず国籍を失ったりすると無国籍となります。
日本でも▼難民認定を申請した外国人が出身国の大使館で出生登録を拒まれたり、▼外国人の親が出生届けを出さなかったりしたため子どもが無国籍となる事例があります。
ある女性は幼い時に難民として来日し20代半ばで日本人男性と結婚することになりました。婚姻届けを出すため出身国の大使館に独身であることの証明書をとりに行ったのですが出生登録がされておらず、自分が無国籍だったことをそのとき初めて知ったということです。高校の修学旅行で海外に行くことになったもののパスポートを取得できず旅行を断念し、大学進学もあきらめた人もいます。
世界人権宣言では、「すべての人が国籍を持つ権利を有し、何人もほしいままに国籍を奪われることはない」と謳われていますが現実はそのようにいかないのですね。
Q.日本にも無国籍の人がいることは知りませんでした。
遠い外国の話ではないのです。かつてはロシア革命から逃れて来て巨人軍の中心投手として活躍したヴィクトル・スタルヒン選手が無国籍者だったことが知られています。
法務省が発表した最新の外国人登録統計では、去年6月時点で無国籍者は487人ですが、在留資格がないため出生届を出さなかったケースや難民の子どもたちを含めると実際にはもっと多くの無国籍者が日本で暮らしています。先ほどのケースのように自分が無国籍だと気づかない人もいます。国籍がないと就職や結婚も困難です。子どもたちには何の責任もないだけに国の対応が求められています。
Q.無国籍の問題は昔からあったようですが、なぜ今クローズアップされているのでしょうか?
難民と無国籍者の保護や支援にあたっているUNHCR・国連難民高等弁務官事務所は2024年までに世界の無国籍者をゼロにすることを目標に掲げ、日本をはじめ世界各国と取り組んできました。あと1年に迫りましたが目標達成は難しそうです。
先月、日本を訪れたジリアン・トリッグス難民高等弁務官補は、無国籍の解消に向けて日本のさらなる努力を求めました。無国籍に関する2つの条約に加入する国も増えていますが日本はいずれにも加入していません。トリッグス難民高等弁務官補は記者会見で
日本政府に無国籍に関する条約への加入と無国籍認定手続きの設置を要望したことを
明らかにしました。
UNHCRが日本の取り組みを支援するために日本語のハンドブックを作成しました。無国籍者の定義や認定の手続きなどをまとめ国や各機関はこれを活用してほしいとしています。もう一つ無国籍者をなくすために急がなければならない事情があります。
Q.どんな事情でしょうか?
国外で無国籍となっている日系人が高齢化していることです。
明治から昭和にかけて多くの日本人が海外に移住しましたが、フィリピンでも日本人男性と現地の女性の間に生まれた子どもの多くが、戦争の混乱で父親と離れ離れとなりました。敵国となった日本人の子だとして差別を受け日本人であることを隠していた人も少なくないということです。
NPO法人「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」によれば、戦後現地に残された日系2世は3800人。当時の日本とフィリピンの国籍では父親の国籍が子どもに与えられましたが、父親が亡くなったり日本へ強制送還されたりして、無国籍状態となったままの残留日系人はおよそ600人に上るということです。父親を捜し続け、日本国籍を求めてきた多くの人がすでに80歳をこえています。まさに歴史に翻弄されてきた人たちです。残留日系人は祖国の日本に行くことができても出国の際に長い間無国籍の違法状態でいたという理由でフィリピン政府から多額の罰金を科せられるという問題を抱えており日本政府の支援が欠かせません。
先月19日、現地の17の市民団体が市民ネットワークを立ち上げ、無国籍の解消に向けて日本・フィリピン両国政府と調整を行うことになりました。会議に参加したフィリピン日系人リーガルサポートセンターの猪俣典弘代表理事は、「反日感情が渦巻く中、財産も没収され苦しい生活を強いられてきた人たちの、日本人として認めてほしいという願いを叶えたい。しかし、残された時間は少ない」と危機感を強めています。フィリピン残留日系人の国籍回復の取り組みは外務省も積極的で、1日も早く国籍の取得と名誉回復を実現させてほしいと思います。
Q.無国籍の問題はどうすれば解決できるのでしょうか。
無国籍者を支援しているNPO「無国籍ネットワーク」の代表理事で早稲田大学教授の陳天璽さんは、▼日本には無国籍について規定する法律がないため行政が対応できず、▼地方自治体の支援態勢も脆弱だと指摘し、無国籍者も人としての権利が守られるように法整備と職員の研修、啓発が不可欠だと話しています。さらに無国籍への理解不足が差別につながっているとして、市民一人一人がこの問題に関心を持ち、国籍の有無で人を判断しないでほしいと陳さんは話しています。
さまざまな境遇に置かれた人々が共存し助け合う多様性のある社会に向けて私たち一人一人の姿勢が問われているように思います。
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