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超有名起業家も称賛する「糖尿病治療薬で肥満改善」は本当に健全か? 食べ過ぎや運動不足の裏にある深刻な理由山本佳奈・ナビタスクリニック内科医、医学博士
2024年3月5日
今年の初め、衝撃的なニュースが飛び込んできました。医学誌「JAMA Network Open」に今年1月10日に掲載された最新の分析によると、「世界中の10代の若者の10人に1人近くが、痩せることを目的としたものの、効果がなく有害な可能性のある『減量製品』を使用したことがある」というものでした。
この報告は、オーストラリアのディーキン大学のナターシャ・ホール氏らが行った、過去40年間における計60万4552人が参加した計90件の研究についてメタ解析した結果であり、なんと、約9%の青少年が生涯にわたって市販の減量製品を使用していたというものです。
減量製品の使用率は、男子よりも女子の方が多かったほか、最も一般的な減量製品はダイエット薬であり、生涯を通じて青少年の6%がこの薬を使用していること、続いて4%が下剤を、2%が利尿剤をそれぞれ使用していたというのです。
市販の減量製品「子どもの身体・精神の健康に危険」
医師によって処方されていない市販の減量製品は、子どもの身体的および精神的健康の両方にとって危険であり、使用開始から数年以内に摂食障害と診断されるリスクを高めるため、健康的な体重維持のためには、医学的に推奨されていません。また、これまでの研究から、処方されていない減量製品の使用が、10代の若者の摂食障害、自尊心の低さ、うつ、薬物乱用、青年期の栄養不足や成人期の不健康な体重増加などと関連していることが報告されています。
このような長期的な減量製品の使用による健康への有害な影響や、処方されていない市販の減量製品が一般に減量において効果がないことなどから、ホール氏らは、思春期の若者に対して、減量製品の使用を減らすための介入が必要であることを指摘しています。
CMで購入意欲をそそる「やせ薬」
そんな指摘がある一方で、日常生活においてダイエットを促す広告に、出くわさない日はありません。ネット交流サービス(SNS)や街中にあふれる広告、ドラッグストアのダイエットコーナーなど、日本では自然と体形を気にせざるを得ない環境が整っています。
成人の41.9%が肥満だというアメリカでは、2型糖尿病の治療薬でもあり、減量にも効果的だとされる「グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体作動薬」のテレビコマーシャル(CM)を、最近頻繁に見かけます。アメリカの電気自動車で有名なテスラ社最高経営責任者(CEO)であるイーロン・マスク氏が「すごく痩せた」ことを報告した薬として、今、日本でも話題になっています。
もともと、GLP-1受容体作動薬は糖尿病に対する治療薬であり、体重が減少する効果は、治療における副作用でした。しかし、アメリカでは肥満が大きな社会問題であるため、「体重を減らすことができる」「やせる」と話題になり、本来の糖尿病治療のためではない、適用外の人の間でも服用がどんどん広がり、「社会現象」にまでなっているというわけです。
実際に、CNNニュースのヘルスコーナーでも、肥満、運動や減量、そしてこの薬に関する記事を見かけない日は、ほとんどありません。インターネットでこの薬について検索すると、オンライン処方により保険がなくても簡単に処方してもらえることができるサイトがいくつかヒットします。「体重を減らすのに役立つ革新的な薬!」「体重を平均15%減らす!」といった記載とともに、成功者の写真やコメントなども書かれており、「私もこの薬を使って痩せたい……」とポチッと購入ボタンを押して、注文したくなるような仕様になっています。
あまりテレビを見ない私ですが、ジムに設置してあるたくさんのテレビを通して、GLP-1受容体作動薬のCMや、減量に関するドキュメンタリー番組を何度も目にしています。いろんなダイエットを試すも成功しなかったとしたら、何度も宣伝を目にするにつけ、「私もこの薬を使ってみようかしら」と思っても仕方ないのではないかと感じます。
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社会的孤立が健康被害に
肥満は、2型糖尿病、脂肪肝疾患、高血圧、心筋梗塞(こうそく)、脳卒中、認知症、変形性関節症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、いくつかのがんなどの病気のリスクを大幅に高めること、そして、肥満の有病率が、過去約50年間において世界中で増加していることから、肥満は世界的な健康問題となっていると言っても過言ではありません。
私自身、肥満体形に悩まされてきた一人です。前回の記事「頰はこけ、生理は突然止まった。医師から『餓死寸前の状態です』と言われ、即入院…。私が陥った摂食障害の恐ろしさ」でも紹介しましたが、摂食障害になり、なんとか立ち直った後も、太らないようにすることを意識しない日は、正直ありませんでした。一人で生活していた時は、好きなものだけを太らないように注意しながら食べる毎日。基本的に食事は一人で食べ、運動も忙しさを理由に全くせず、空いた時間は学業や研究に励むという生活でした。さらに新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)と相まって、友人と会う機会も自然と激減し、孤独感も高まっていました。
実は、孤独感や社会的孤立が、深刻な健康被害に関連していることが医学研究で判明しています。23年6月に報告された、220万人以上の成人を対象とし、孤独、社会的孤立、早期死亡との関連性を調査した研究90件についてメタ解析した結果によると、社会的孤立を経験した人は、社会的に孤立しなかった人に比べて、何らかの原因で早期に死亡するリスクが32%高く、孤独を感じていると報告した参加者は、そうでない参加者よりも早期に死亡する可能性が14%高かったのです。
ニューヨークのストーニーブルック大学のターハン・カンリ氏は「何らかの原因や心血管疾患で早死にすることは、人々のライフスタイル行動にも関連している可能性があり、社会的に孤立したり孤独を感じたりする人々は、喫煙、飲酒、偏った食事(または)ほとんど運動しないなど、不健康な習慣を持つ傾向がある」と指摘しています。
太らないための減量より運動を
誰しもが孤独感を強く感じざるを得なかったコロナ禍に、幸い、パートナーに巡り合うことができ、孤独感は自然と薄れていきました。一人で食事をする孤食ではなくなったことで、私の食生活や健康に対する意識も、大きく変わりました。偏食ではなくなり、おいしく楽しく食事をいただけるようになりました。そして、太らないようにする減量が目的ではなく、健康を維持するために運動を心がけるようになりました。
世界的な健康問題である肥満。食べ過ぎや運動不足の裏に隠された問題を直視しないと、肥満問題は解決しないのではないかと、最新の調査結果や減量ブーム、そして自身の経験から考える、今日このごろです。
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やまもと・かな 1989年生まれ。滋賀県出身。医師・医学博士。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒、2022年東京大学大学院医学系研究科(内科学専攻)卒。南相馬市立総合病院(福島県)での勤務を経て、現在、ナビタスクリニック(立川)内科医、よしのぶクリニック(鹿児島)非常勤医師、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員を務める。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)がある。