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国連のIPCC=気候変動に関する政府間パネルが先週、最新の報告書を公表し、ただちに大幅な対策強化が必要であることを示しました。日本では30日、気候変動対策を経済成長につなげる「GX推進法案」が衆議院で可決されましたが、これはどんな意味を持つのか?気候変動問題の緊急性と日本の課題を考えます。
IPCCの報告書は、世界中の科学的知見をもとに各国政府代表が1行1行議論し承認した、言わば「世界が合意した科学的事実」と言えるものです。
9年ぶりに公表された第6次統合報告書は、一昨年から去年にかけ3つの作業部会が出した現状や対策についての報告を統合したものですが、この2年の間にも温暖化が進む中、深刻な被害を抑えられるタイムリミットが迫っている事実を突きつけました。
人間活動による気候変動で世界の気温は産業革命前に比べ既に1.1℃上昇しており、去年のパキスタン大洪水や世界各地の森林火災のような「損失と損害」が様々な分野で生じています。
これを食い止めるため、各国は気温上昇を1.5℃までに抑える努力をすると合意していますが、このままではあと10年で1.5℃に達する見込みで、今世紀末には3.2℃も上昇することが示されました。
こうした状況で予想される被害はどうなのか?
気温上昇を1.5℃に抑えた場合に比べて2℃上昇、つまりわずか0.5℃さらに高くなるだけでも世界の洪水による損害は最大2倍に増えると見積もられており、少しでも気温を抑える必要があります。
また、海面上昇については、ひとたび南極などの大きな氷床がとけ出し始めると止めることは困難になり、今後数千年にわたって海面が上がり続けます。場合によっては今世紀末に2メートル近く、西暦2300年には15m以上の海面上昇が世界の沿岸部を襲うリスクも否定できないとされました。
こうしたことから報告書は「この十年で行う選択が数千年先まで影響を及ぼす」と強調。取り返しがつかなくなる前に、ただちに大幅な削減強化が必要だと示したのです。
その削減強化のタイムリミットも迫っています。
気温上昇を1.5℃までで止めるには世界全体で排出できるCO2の量、言わば排出枠が計算されていて、その枠は2020年はじめの段階で既に世界の排出量10年分しか残されていませんでした。現在稼働中の火力発電所などを使い続けるだけで2030年にはこの枠がいっぱいに、つまり1.5℃に抑えることが実質的に不可能になります。
だからこそ、ここに注ぐ量をただちに減らす必要があるのですが、現実には未だ世界の排出量は増え続けており去年も過去最多を更新しています。
国連のグテーレス事務総長は、「気候の時限爆弾の時計は刻々と進んでいる」と危機感を訴えました。
では具体的に、いつ・どれだけのペースで削減が必要なのか?
報告書では、気温の上昇を食い止めるにはあと2年、2025年までに世界の温室効果ガス排出を減少に転じさせることが必要だとしています。そして、2030年にはコロナ前の2019年に比べて43%削減、2035年には60%も削減し、その後も実質ゼロに向けて減らし続けることが求められます。この削減が1年遅れれば、より極端な対策が後で必要になります。
このように極めて困難な道のりですが、報告書は今すぐ大幅に対策を強化すれば1.5℃目標の達成も可能だとしています。しかもそのために必要な技術は既に存在しており、再生可能エネルギーなどへの転換を加速することで達成できると言います。
例えばこちらはエネルギー分野で、対策別に2030年までに削減できる量をグラフの長さで、そのコストを色で示しています。青はライフサイクル全体では化石燃料など既存のエネルギーより安くなる、つまり費用面でも得になる対策、黄色はCO2を1トン減らすのに20ドル以下の対策を表します。例えば太陽光だと、費用的にも得になる所に導入するだけで年間二十数億トン、1トン20ドルまで追加の費用をかけられるならさらに数億トン削減できることになります。
報告書では、北欧諸国の炭素税の額に近い、1トン100ドル以下の対策だけで2030年までに世界の排出量を半減できるとしています。そして、こうした変革に必要なのは、脱炭素への投資の大幅な拡大や炭素税などカーボンプライシングを含む法整備といった各国の政策だと指摘します。
そこで、ここからは日本の対策について考えます。
各国に削減目標の大幅強化が求められる中、日本では脱炭素を経済成長につなげることをめざすグリーントランスフォーメーション、いわゆるGXの推進法案が30日、衆議院本会議で可決されました。
法案の柱となる考え方は、官民あわせて150兆円の投資で、脱炭素と産業競争力強化を両立させ、その資金の一部としてCO2の排出に値段をつけるカーボンプライシング・排出量取引なども導入するというものです。
しかし、その内容は世界的に求められる対策のペースや規模に見合ったものとは言えない面があります。
例えばすでに中国や韓国も含め世界で導入が進んでいるカーボンプライシングについて、提出時の法案では「有償化」つまり本格的に始めるのが2033年度からとされ、そのままでは決定的に重要とされるこの十年には間に合いません。
さらに政府は、燃やした際にCO2を出さないアンモニアを火力発電所で混ぜて燃やすことでCO2削減につながるとして化石燃料を使い続ける方針ですが、仮に1,2割のアンモニアを混ぜたところで求められる削減ペースには到底足りません。そもそも現在のようにアンモニアを化石燃料から作るのでは結局CO2は減りません。
こうしたことから、日本はむしろ脱炭素化を先延ばしにしていると国内外から批判も受けています。
一方で自治体が独自に、再エネを短期間で増やす施策を導入し始めた例もあります。
今月神奈川県川崎市が、隣接する東京都に続いて、2025年度から一般住宅を含む新築建築物への太陽光パネル設置などの義務化を条例で定めました。
住宅の屋根などを活用する再エネは、送電網への負担が少なく災害時にも電気を使えるなどメリットが多く、欧米の一部自治体では導入されていますが、ウクライナ侵攻によるエネルギー危機を受けて去年5月、EUの欧州委員会が導入を提案しています。東京や川崎の条例は、家を買う個人ではなくそれを建てる大手メーカーに義務化するといった特徴が見られます。
実は国も一昨年3つの省が合同で住宅太陽光義務化を検討したもののまとまらず、導入を見送った経緯があります。しかしこれはウクライナ侵攻の前に行われたもので、現在はエネルギー事情が大きく異なります。原発の新増設やアンモニア混焼など実現時期や効果が曖昧な施策に頼る前に、あらためて検討する価値があるのではないでしょうか。
5月には広島でG7サミットが開かれ、岸田総理は気候変動問題でも議長国として議論を主導するとしています。しかし、欧州各国やカナダも、エネルギー危機の中でも2030年代までに石炭火力を廃止する目標を掲げているのに対し日本は時期を示してもおらず、もはや決断は待ったなしです。
深刻な被害を食い止める時間が刻々と失われる中、日本を含む各国が決定的に重要とされるこの十年にどんな選択をするのか?後の世代に説明できる行動が求められています。
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