楽しく下げる高血圧フォロー
「血圧が下がった!」と患者は喜ぶが…… 高血圧の専門医が警鐘を慣らす「危険なサイン」渡辺尚彦・日本歯科大内科教授/高血圧専門医
2024年3月8日
「先生!最近、下の血圧が低くなってきたので、うれしくて」
喜びながら、そう報告してくださった患者さんがいらっしゃいました。実は「下の血圧が下がった」と喜ぶ高齢の患者さんは、少なくありません。しかし、ご年配の方の下の血圧が下がってきた場合は、動脈硬化が進んでいる可能性があります。あまり喜べない危険なサインなのです。
それでは改めて、上の血圧と下の血圧について、ご説明致しましょう。
「血圧」とは、血液が血管の壁を押す力のことを言います。心臓が収縮して、血液を動脈内に送り出すときの血圧を収縮期血圧(上の血圧)、心臓が広がり、心臓と大動脈との間の弁が閉じた時の血圧を拡張期血圧(下の血圧)と呼んでいます。
収縮期、血液は動脈を通って全身に流れていきますが、動脈内の血液の圧で血管が押し広げられ、大動脈の中にも血液がたまります。拡張期には、心臓から動脈に流れる血液は止まりますが、広がっていた大動脈が血管の弾力性によって元の太さに戻ろうとするので、この力で中にたまっていた血液が全身へと流れていきます。
この仕組みはよく「ふいご」に例えられます。ただし、動脈が「ふいご」のように血液を押し出せるのは、血管がやわらかく、弾力性がある時だけなのです。
もしも、動脈の弾力性が乏しくなってしまったら、どうなるのでしょうか。心臓から血液が流れ込んでも動脈は広がりませんし、血液が血管の壁を押す力がより大きくなり、上の血圧は上がります。
動脈が広がっていないため、元に戻ろうとする力も働きません。拡張期には血液が流れにくくなり、下の血圧は下がってしまいます。
上と下の差、60以上の場合は要注意
血圧の記録をつけているみなさんに注目してほしいのは、上の血圧と下の血圧の差、すなわち「脈圧」です。読者の方から「脈圧」についての質問をいただきましたので、ご紹介します。
<最近になって、脈圧が少しずつ上昇し、差が大きくなってきていて、最近の脈圧は、80mmHg台になりました。ちなみに、最近の最高血圧は140~150mmHg、最低血圧は60mmHg台前半で推移しています。最低血圧が低いということは、大動脈が柔軟性を失い、動脈硬化が進んでいるのでしょうか? 危険と思われる脈圧は、60mmHg以上と本に書かれていますがどのように考えたらよろしいのでしょうか?(72歳 無職男性)>
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おっしゃる通りです。前述のとおり、動脈が硬くなると、下の血圧が下がる一方、上の血圧は上がります。この「脈圧」が60以上あると、動脈硬化が進んでいる可能性が高いです。
この場合、まず上の血圧を下げるよう努力し、血圧を安定させましょう。ウオーキングなどの運動がおすすめです。心臓や血管への負担の大きい、激しい運動は危険ですし、長続きしません。1日30分、話をしながらでも息がきれない程度のスピードで、歩きましょう。血圧が高めの方は、血圧を下げるため、薬を飲んだり、減塩に取り組んだりするのもひとつの方法です。
お風呂で湯船につかって温まると、血管がやわらかくなります。入浴の前後で血圧を測ってみてください。入浴後は、脈圧の差が小さくなっていると思います。
このように説明していると、「下の血圧は高くても問題ないのでは」と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、下の血圧が高すぎるのもやはり問題です。上の血圧であっても、下の血圧であっても、血圧が高いとやはり血管の負担が大きくなり、結果として、動脈硬化が進んでしまうのです。
コレステロールは下げられる
動脈硬化を進める要因として、高血圧以外にも、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)が知られています。コレステロールにも気をつけましょう。
数年前のことです。まだ20代だった私の息子が、私が勤務している病院の整形外科を受診したことがありました。せっかくだからと、ついでに血液検査をしました。すると、LDLコレステロールの値が213mg/dlもありました。LDLコレステロールの正常範囲は140mg/dl未満とされています。私も息子も驚きました。
頸動脈(けいどうみゃく)エコーで調べたところ、幸いなことに動脈硬化はまだありませんでした。しかし、このまま放っておけば、間違いなく動脈硬化一直線です。
「薬は飲みたくない」と言う息子は、翌日から早起きして歩くようになりました。雨の日以外、毎日30分から1時間のウオーキングを欠かすことはありませんでした。
食事も見直しました。それまでは、週2回はラーメンを食べ、外食するとなるとピザやパスタを2人前も食べるような食生活をしていました。そういった食事は控え、野菜や海藻を中心にした食事に切り替えました。
すると4カ月後には、LDLコレステロールは131mg/dlまで下がりました。生活習慣を整えさえすれば、比較的短期間で、LDLコレステロールを下げられるのだと、私自身も勉強になりました。
コレステロールが高い方には、野菜や海藻は特におすすめです。コレステロールは、肝臓がつくる「胆汁」にたくさん含まれています。腸内に分泌された胆汁は、脂肪の消化に使われたあと、一部は便と一緒に排出されますが、多くは腸で吸収されて再利用されます。野菜や海藻の食物繊維は、コレステロールが多い胆汁の再吸収を抑えて、排出を促してくれるのです。
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もう一通、読者の方からいただいたメールをご紹介します。「血圧は高いけれど、薬は飲みたくない」という内容です。
<定年後、特定健診で高血圧の指摘があり、15年ほど前から腕の自動血圧計で朝晩測定しています。一時は上が200mmHg超、下が110mmHg超で、かかりつけ医から降圧剤をすすめられましたが、今一つ了解しかねるところもあり、現在まで薬は飲んでいません。もともと午前1~2時に寝ていましたが、0時ごろまでに寝るようにしました。現在は、上が150前後/下が90前後で推移しています。毎年の特定健診結果では、血液検査の全項目が基準範囲に収まっています。(87歳、無職男性)>
連載第1回でご説明した通り、血圧が高い状態を放っておくのはよくありません。ただし、高齢の方の場合、多少血圧が高くても、それでちょうどよいあんばいになっていることもあります。お薬で血圧を一気に下げると調子が悪くなってしまうこともあるので、薬を出すときには、少しずつ様子をみながら処方するようにしています。
メールを下さった方のように、最初から「薬は飲まない」という患者さんもいらっしゃいます。飲みたくないという人に薬を出しても、本人が納得していないから、なかなか飲んでもらえないことが多いです。こうした場合、その人に何ができるのかをよく見極めて、まず減塩や運動などの取り組みを、提案するようにしています。
何ができるか、話を聞いて見極める
何ができるのか、どれだけ努力できるかは人ぞれぞれです。いくつかご紹介しましょう。
まったく運動をせず、血圧の薬を6種類ぐらい飲んでらっしゃる患者さんがいらっしゃいました。そこで「ちょっと歩いたらいかがですか」とおすすめしたところ、少しずつ運動量が増え、毎日1時間くらい歩くようになりました。すると、次第に血圧が下がってきて、6種類飲んでいた血圧の薬を一つ、また一つと減らし、最終的に1種類にまで減らすことができました。
別の患者さんは、薬を3種類飲んでもなお、上の血圧が180mmHg以上ありました。話を聞くと、アルコールを日本酒換算で1日2合半も飲んでいらっしゃいました。
私は「ちょっと、お酒の量が多いから、半分ぐらいに減らしたらいかがですか」と提案しました。すると、その方は1カ月間ぴったりと、お酒をやめました。2週間を過ぎた頃から、血圧が少しずつ下がりはじめました。薬を飲んではいたのですが、血圧は「正常値」の範囲内に収まるようになりました。ただ、飲酒を再開したところ、また血圧が上がってきました。
その人がなにをできるのかを見極めるため、まずは、お話をよくお聞きすることが大切だと思っています。
【聞き手=編集部・伊藤奈々恵】
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血圧についての疑問・質問を受け付けます。メールの件名に「血圧質問係」と書いて、医療プレミア編集部(med-premier@mainichi.co.jp)あてにお送りください。差し支えなければ、年齢、性別、ご職業の記載もお願いします。回答までお時間をいただく場合や回答できない場合もありますので、ご了承ください。
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1952年千葉県生まれ。78年聖マリアンナ医科大学医学部卒業、84年同大学院博士課程修了。医学博士。米国・ミネソタ大学時間生物学研究所客員助教授、東京女子医大教授、早稲田大教授などを経て、現在、日本歯科大内科教授、聖光ケ丘病院顧問。高血圧専門医。循環器専門医。87年8月より携帯型自動血圧計を装着し、30分おきに血圧を測定し続けており「ミスター血圧」とも呼ばれている。「血圧が下がる人は「これ」だけやっている-高血圧治療の名医がすすめる正しい降圧法-」(アスコム)、「ズボラでもみるみる下がる 測るだけ血圧手帳」(同)、「科学的に血圧を下げる方法」(エクスナレッジ)、「自分で血圧を下げる!究極の降圧ワザ50-血圧の常識のウソ・ホント-」(洋泉社)など著書多数。