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認知症の新たな治療薬「レカネマブ」。
8月に厚生労働省の専門家部会が、国内での承認を了承しました。
早ければ年内にも、患者への投与が始まる見通しです。
アルツハイマー病の原因物質を取り除く、初めての薬として注目を集めていますが、認知症の治療はどこまで変わるのでしょうか。
重要なのは、認知症の早期診断がどこまで進むのかです。
【レカネマブとは】
認知症の患者は増え続けています。
2年後の2025年には、国内でおよそ700万人と、65歳以上の5人に1人の割合に達すると予測されています。
その中でも、最も多い原因がアルツハイマー病です。
記憶や思考能力などが低下する病気で、認知症全体の6割以上を占めるとされています。
このアルツハイマー病の新しい治療薬として、日本のエーザイとアメリカのバイオジェンが開発したのが「レカネマブ」です。
8月、厚生労働省の専門家部会で、国内での承認が了承されました。
早ければ年内にも患者への投与が始まる見通しです。
薬の価格=薬価はこれからの議論となりますが、医療保険が適用されれば、高額な医療費の負担はある程度、抑えられる見通しです。
【従来の薬との違い】
認知症の治療薬は、これまでもありましたが、レカネマブは、そのどれとも異なる「画期的な薬」と注目されています。何が違うのでしょうか。
従来の薬は、一時的な症状の改善を図るものの、脳の神経細胞が壊れていくのは止められず、症状の進行を抑えることはできませんでした。
しかしレカネマブは、神経細胞を死滅させる「アミロイドβ(ベータ)」という物質を除去することで、ある程度死滅を防ぎ、症状の進行を遅らせる効果が認められています。
臨床試験の結果によりますと、レカネマブを2週に一度、投与した人たちは、1年半後、投与していない人たちに比べて、悪化の数値を27%抑えることが出来たということです。
こうしたことから、エーザイのシミュレーションでは、「症状の悪化を2年から3年ほど遅らせる可能性がある」としています。
認知症を根本から直すわけではありませんし、この進行を遅らせる効果が、大きいと感じるか小さいと感じるかは、人それぞれだと思います。
それでも、認知症は80代以降の発症が多いことを考えると、決して短いとは思いませんし、投与を希望する人は少なくないと感じます。
【投与の対象は限られる】
ただレカネマブを利用できる人は、ある程度、限られるのも事実です。
アルツハイマー病による、「軽度認知障害」という認知症の前段階と、「軽度の認知症」の人達です。
この軽度認知障害とは、本人や周りの人が、物忘れの増加など異変に気付き始めたものの、日常生活に大きな影響を及ぼすまでは、まだ至っていないなどの状態です。
また、軽度の認知症は、診断を受ける状態ではあるものの、症状は比較的軽く、生活に支障が出始めた場合などを指します。
レカネマブは、一度壊れてしまった神経細胞を元に戻すことは出来ないので、壊れる前の早い段階で、投与しなければならないのです。
【事前検査も必要に】
さらに事前の検査も必要になります。
脳にアミロイドβが溜まっていることを確認する必要があるからです。
背骨の間から脳脊髄液を抽出する方法と、脳の画像を撮影して蓄積を調べる方法がありますが、どこの医療機関でも受けられるわけではありません。
設備が整い、専門の医師がいる病院などに限られる可能性があります。
また、そもそも認知症の前段階や初期の頃に、病院を受診する人は決して多くありません。
こうした状況から、エーザイは、投与の対象が「早期のアルツハイマー病の人の中で、1%ほどになるのではないか」という見方を示しています。
これは人数で言えば数万人程度(2030年ごろの推計)と、認知症全体で見ると、一部に留まります。
【認知症治療を変える可能性】
この割合はあくまで推定ですが、期待したほど多くはないと感じる人もいると思います。
それでも認知症の治療が今後、大きく変わっていく可能性は十分にあると考えます。
ここからは、その認知症治療の今後について見ていきます。
まずは治療薬の進歩です。
原因物質の除去が初めて成功したことで、同様の治療薬の開発が一層進んでいくと期待されています。
実際すでに、別の製薬会社が開発し、アメリカで承認申請の段階まで至った薬も出てきています。これから、より高い効果のある薬が出てくる可能性もあります。
そして、もう1つ期待したいのは、認知症の早期発見が進んでいくという点です。
認知症は対処が早いほど、治療や予防で症状の悪化を緩やかにし、介護サービスなどを利用して、症状の安定や家族の負担軽減を図ることができます。
ところが現実は、症状がかなり進行してから、病院などを訪れる人が多くいます。
その時には、すでに生活に大きな支障を来し、本人も家族も疲弊しきっています。
それが、今回、早期の患者を対象にした「レカネマブ」が登場したことで、早めの受診を意識する人が徐々に増えるのではないかと期待されます。
【今後の課題・副作用への対応】
このように認知症の治療に変化をもたらすことが期待される一方で、利用を進めていくには、いくつかの課題があります。その点についても見ていきます。
1つは副作用への対応です。
アミロイドβを脳から取り除く作用に伴って、脳の血管から出血するなど、副作用が起きる場合もあると、考えられています。
臨床試験では、投与された人の17%に微小な出血などが、12%に脳浮腫つまり「むくみ」が確認されるなどしました。
多くは本人も気づかないような軽いケースだということですが、対処を誤れば、命の危険に繋がることもあり得ます。
治療の開始後、定期的に脳の画像を撮って状態をチェックする必要があり、それに対応できる医師の育成が急務です。
【今後の課題・早期支援の体制】
そして、課題は医療だけはありません。
先ほど、レカネマブの登場で早期の受診が進むことを期待したいとお伝えしましたが、この動きを加速するには治療薬だけでなく地域の支援体制も拡充することが大切です。
自治体などの支援機関が、患者や家族の相談に応じ、日々の暮らし方、本人との接し方、それに症状が進行した場合の対処法を伝えていく。
あるいは医療機関への早めの受診を勧めるといったサポートが欠かせません。
しかし、そうした地域の支援体制は、まだ決して十分ではありません。
例えば、代表的な窓口として地域包括支援センターがありますが、子育て世帯への支援など業務が多岐にわたり、認知症初期の人まで十分に対応しきれない所も出てきているという指摘があります。
また国は、認知症グループホームなどを中心に、初期の頃から長くサポートする「伴走型支援事業」を始めましたが、昨年度の時点で全国でも8箇所に留まっています。
レカネマブの登場で早期診断への意識が高まりつつある今こそ、国や自治体が体制を強化し支援を広げていくべきだと思います。
【まとめ】
新しい治療薬の開発は、認知症の治療を発展させる大きな一歩ですが、それだけで、すべてが変わるわけではありません。
安心して治療が受けられる医療体制、そして本人や家族の生活をサポートする支援体制の強化が不可欠です。
新しい治療薬の登場を大きなチャンスと捉えて、認知症の早期発見、そして早期ケアを社会全体で進めていく時と感じます。
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