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気温が上がったり下がったりで「早く春が来ないかな」と救急医療を担当する私は思っています。そんな中、先日、腹痛があって何度も嘔吐(おうと)があるという中年の患者さんが運ばれてきました。体温が38度。脈拍は90。血圧は上が110、下は80でした。お話を聞くと、来院された当日マグロを食べたあとに吐き気があったとのこと。ご本人は「食中毒では?」と思い、搬送されて来たのでした。さらにお話を聞くと、嘔吐と腹痛に加えて水のような下痢があったとのことでした。そこで、「もしかしたら?」と思い、“あること”を伺いました。
“あること”とは「最近、二枚貝を食べましたか?」ということでした。結果は「3日前にカキを食べた!」とのことでした。なかなか嘔吐もよくならないため、入院時の検査でノロウイルスのチェックをしたところ「陽性」でした。ということで、今回はノロウイルスに代表される冬の胃腸炎についてです。
「胃腸炎」って?
胃腸炎は、嘔吐だけでもなく、下痢だけでもなく、両方の症状があります。なぜなら、主に胃や腸(小腸と大腸)の粘膜などの感染から炎症が起こるからです。両方の症状があり、その時に胃腸炎が流行していたり、嘔吐や下痢があったりした時に胃腸炎と診断されます。嘔吐と下痢の一方の症状しか表れていない場合は、「胃炎」「腸炎」と診断することが一般的です。
腹痛はどんな痛み?
胃腸炎では腹痛もあります。多くはみぞおちやへその周辺の痛みです。また、痛みが移動するのが特徴です。消化のための胃腸の動きがあるため、痛む場所も移動していくのです。「10分前には右腹部が痛かったのに、今は左腹部が痛い」というように、痛み症状の変化が起こることも胃腸炎の特徴といえます。
心配な下痢は?
我々医師がしつこく伺うのは「どのような下痢か?」ということです。胃腸炎による下痢の特徴は、水分が多くて固形成分があまりないということです。インスタントラーメンの残った汁のような、液体状の下痢と考えていただければよいかと思います。これが、何度も繰り返して、トイレに駆け込まないといけないとなると非常に典型的な症状と考えます。
治療法は? 水分のとり方は?
胃腸炎の多くは、ノロウイルスやロタウイルスなどウイルス性のことが多いです。「39度など高い熱が続く」「血便が出る」「おなかの一カ所が痛くて痛みが移動しない」などの場合は、細菌性の胃腸炎であったり、虫垂炎だったりすることがあります。そのような場合には病院の受診が必要です。
また、下痢や嘔吐により体内から水分が出ていってしまい、なおかつ、飲食ができず必要な水分を摂取できないと、体は脱水状態に陥ります。脱水症状の程度はさまざまですが、「立ったり座ったりした時、ふらついてしまう」という場合には、病院で点滴をする必要があります。
水分のとりかた
ご自宅で療養する場合、大事なことは「水分をどうやってとるか?」ということです。胃腸炎になっている時は胃もデリケートになっているので、「一度に多くの量を飲む」と気持ちが悪くなることがあります。ただ、「吐くので飲まない」となると、ますます脱水がひどくなります。
そのため、水分は「少量を頻繁」にとることが重要になります。お子さんの場合には、「注射器に入れた水分を口の中に徐々に入れる」などの指導をすることがあります。
水分は「経口補水液」がいいのですが、「味が合わない」という方もいらっしゃると思います。そのような場合にはスポーツドリンクやジュースを薄め、やはり「少量を頻繁」にとっていただければと思います。
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予防に必要なのは…
コロナウイルスにはアルコールが有効です。しかし、ノロウイルスにアルコール消毒は効きません。脂肪でできた「エンベロープ」という成分が表面にないからです。そのため、ノロウイルスの予防には、手を流水でしっかりと洗い流すことが重要です。流行期になると、病院の職員でも感染者が出ます。そのため、病院内で手洗いの重要性の再確認します。また、患者さんの吐いた吐物や便が付着した場所を消毒する場合は、薬局などで販売している「次亜塩素酸水を含有している製品」を用いるのがよいでしょう。
手洗いのタイミングは?
手洗いは、外出し帰宅後は大事です。また、トイレの後も重要です。こまめに手洗いをしましょう。有効な予防法として、私がおすすめしているのは、看病などで患者さんに触れた後と飲食する直前に手洗いをすることです。飲食直前の手洗いを推奨する理由は、手に付着したウイルスが口へと入ってしまうことを防ぐためです。風邪などの予防にもつながりますので、ぜひ実践してみてください。
写真はゲッティ
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志賀隆
国際医療福祉大医学部救急医学主任教授(同大成田病院救急科部長)
しが・たかし 1975年、埼玉県生まれ。2001年、千葉大学医学部卒業。学生時代より総合診療・救急を志し、米国メイヨー・クリニックでの救急研修を経てハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医を務めた救急医療のスペシャリスト。東京ベイ・浦安市川医療センター救急科部長などを経て20年6月から国際医療福祉大学医学部救急医学教授、21年4月から主任教授(同大成田病院救急科部長)。安全な救急医療体制の構築、国際競争力を産み出す人材育成、ヘルスリテラシーの向上を重視し、日々活動している。「考えるER」(シービーアール、共著)、「実践 シミュレーション教育」(メディカルサイエンスインターナショナル、監修・共著)、「医師人生は初期研修で決まる!って知ってた?」(メディカルサイエンス)など、救急や医学教育関連の著書・論文多数。