岩渕)こんにちは。くらし☆解説です。世界に広がる和食ブームを受けて、日本から輸出される牛肉が大きく伸びています。合瀬宏毅(おおせひろき)解説委員とともにお伝えします。
和牛の肉、美味しいですよね。農林水産省では、国内で生まれ、飼育する牛のうち、長年にわたって品種改良してきた黒毛和牛などを「和牛」と呼んで、他の牛と区別してきました。
その和牛の肉、海外でも人気は高く、日本からの輸出額は年々伸びて去年は82億と、5年間で2.5倍になりました。
農産物の輸出倍増を掲げる政府は、これを2020年までに250億円にまで伸ばそうと考えています。その足がかりの一つにしようとしているのが、現在イタリアで開かれているミラノ万博です。
岩渕)ミラノ万博ですか?
ミラノ万博は、食と農業の未来をテーマにした初めての万博です。各国のパビリオンでは、食料生産の現状など様々な展示が行われ、10月までの会期中に2000万人の入場者数を見込んでいます。
先月私が訪れたときには、日本館では日本食のすばらしさをアピールするとともに、会場外でも様々な日本産農産物や食品の商談会が開かれていました。
岩渕)どんな商談会ですか?
この日は近くのレストランを借り切って、現地のマスコミや小売業者を対象とした商談会が行われていました。
日本から運んできたのは、肩ロースの肉です。ヨーロッパなどにはこれまで、ヒレやサーロインなどステーキ用の高級な部位を中心に輸出してきました。ただ和牛はそれ以外でも、すき焼きやしゃぶしゃぶ、鉄板焼きなど様々な料理で楽しめます。和牛の美味しさを引き出す食べ方を紹介することで、和牛への関心を高めようというのです。
特にここイタリアは、和牛を取り扱う店が少なく、レストランなどの関係者にとってはなじみのない食材です。脂肪が霜降り状に入る和牛の肉に、高い関心を寄せていました。
岩渕)みんなとても箸の使い方が上手ですね。
それだけ日本食が海外に普及しているということだと思います。
商談会に参加した人は、「とろけるような柔らかさが美味しい。肩ロースでこんなに柔らかいのは驚きだ」とか、「ステーキはもう少し焼いた方が、イタリア人には好みかもしれない。甘さと食感はイタリアにはない物だ」として和牛の味に驚いていました。
商談会を主催した担当者も手応えを感じたようでした。
「和牛に対する初めての驚きを感じた。一気には行かないと思うが、和牛の良さをしれば広がっていくと思う。可能性としては面白いのではないかと思いました」
岩渕)和牛、人気のようですね?
そうですね。一般に人が美味しさを感じる要素は、食感、味、香りだと言われている。
和牛の場合、筋肉に入り込むサシと呼ばれる脂肪が低い温度で溶けるため、口に入った途端に溶け、柔らかい食感を生み出しているとされています。
また、味を決定づけるうまみは赤身の部分が関わり、さらに香りはモモやココナッツに含まれる成分が脂肪に含まれ、これが和牛香(わぎゅうこう)と呼ばれる独特の香りを作っていると、言われている。
岩渕)課題はないのか?
一番大きいのは先行するライバルの存在です。今やヨーロッパやアメリカで和牛と言えば、こちら「WAGYU」と呼ばれる海外で作る牛が一般的なのです。
岩渕)海外でも和牛を作っているのか?
そうです。
海外での和牛生産は1990年代に日本から輸出された和牛と精液を元にアメリカでまず始まり、いまでは5万頭が飼育されているとされています。
そしてその後、アメリカで増えた子孫が、今度はオーストラリアにわたって広がりました。こちらでは25万頭が飼育され、その肉はアジアやEUなどにも輸出されている。
こうした海外産WAGYU、今ではチリや中国などでも生産が行われているとされている。
岩渕)そんなにあちこちで広がっているのか?
家畜やその精子を国を超えて取引することは、昔から品種改良の世界では一般的に行われていて、これを規制することは出来ないのです。ただこうしたWAGYU、日本と全く同じと言う訳ではありません。
日本では黒毛和牛などの純粋種を和牛と呼んでいますが、アメリカでは、アンガス種など他の肉牛と掛け合わせ、和牛の血が少しでも入っていれば、WAGYUと呼ぶようです。
また、オーストラリアでは和牛の血統が半分以上含まれている牛をWAGYUと定義して。これを販売しています。実際に食べた人に、感想を聞くと明らかに日本の和牛とは違うと言います。
しかも飼育の方法も違う。
岩渕)どう違うのか?
そもそも日本の和牛の独特の食感と香りは、長い間、様々な和牛を掛け合わせて一頭一頭管理して作り上げてきました。
ところがアメリカやオーストラリアでは、広大な農場に放し飼いで、飼育するスタイル。エサと肉質の管理など、個体管理ができず、これでは継続して一定の肉質を維持することは出来ない。
ただそれでも、和牛の血統を入れただけあって、肉質は一般の牛肉よりかなり向上している。しかも日本の和牛に比べて価格が安い。
岩渕)どのくらい安いのか?
日本の輸出協議会が各地で調べたところ、サーロインステーキ用の肉、例えばイギリスでは100グラムあたり日本産が7500円に対し、オーストラリア産は4700円。
フランスでは日本産が3200円前後なのに比べ、チリ産が2200円、アメリカ産が850円程度だった。フランスの一般的な牛肉が350円くらいからなので、何れも高級牛肉として取り扱われている。
イギリスは調査したところが高級デパートだったので、特に高くなっている。
ただ比べてみると、オーストラリアやアメリカ産の方が日本の和牛より安い。
岩渕)日本でも高いものはグラム当たり3000円くらいと手が出ない。安ければ嬉しいですね。
もちろん海外でも販売している店も、肉のグレードも違うだろうから一概には比べられない。ただ同じWAGYUなら安い方が良いと買っていく客もいるという。
輸出担当者は、アジアで需要が伸びたように、和牛の知名度を上げていけば、本物の味を求める消費者が増えていくはずだと、輸出の伸びに期待していましたが、まずはこの価格差をどうするかです。
岩渕)価格は重要ですよね。
もう一つ、輸出用に処理できる食肉施設を増やすことも課題です。畜産物の輸出については、食の安全や伝染病の進入防止などの観点から、各国とも厳しい規制を敷いて、相手国が認定した施設で処理した肉しか輸出できない。これがアメリカに向けに全国で9カ所。EU向けには3カ所しかない。
処理場まで牛を運ぶことを考えると、コストも高くなりますし、何より増える需要に対応できない。
岩渕)和牛を楽しんでもらうにはまだいくつも課題がありそうですね。
日本の農家はこれまで、国内市場を重視し、海外に目を向けてきませんでした。しかし気がついてみると、自分たちが作る国産の農水産物、何れも海外での人気が高い。イタリアの人たちに話を聞いても、日本産の食品を取り扱いたいという人は多かった。政府も輸出倍増を謳うなら、輸出体制の整備に取り組んで欲しいと思う。