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有害性が指摘される化学物質PFASが各地の河川や地下水、さらには住民の血液からも高濃度で検出されるケースが相次いでいます。こうした中、国の食品安全委員会がPFASの健康影響に関する評価書案をまとめ、今後、水道水の基準値などについての検討が行われます。私たちが口にする水の安全は保たれているのか?不安を払拭できるのか?そして今後の対策について考えます。
PFASは人工的に作られた有機フッ素化合物の幅広いグループの総称で、少なくとも4千種類以上あるとされます。水や油をはじき熱に強い性質があり、食品の包装や衣類の撥水加工、油火災などで火を消す泡消火剤、さらには半導体の製造工程など世界中で広く使われてきました。
しかし、このPFASの一部は、がんにつながったり、免疫の低下、コレステロールの増加、さらに生まれてくる子供の発育など様々な悪影響が指摘されるようになり、現在は一部が国際的な規制対象になっています。
この規制対象のPFASが、各地の河川などから今も相次いで検出されています。2月以降に自治体の発表などがあった主なものだけでもご覧の通りです。
去年水道水で国の暫定指針値を超えるPFASが検出された岡山県吉備中央町では、2月の時点でも一部の沢の水から指針の1千倍以上が検出されています。東京の井戸水や静岡市の化学工場周辺でも、暫定指針を大幅に超える濃度で検出されたと発表されています。神奈川県横須賀市では、米軍基地の排水から高濃度のPFASが検出されてきた問題で市が防衛大臣やアメリカ側に立ち入り調査を求めました。
沖縄県や岐阜県などでは、飲み水に利用されてきた川や地下水から高濃度で検出され自治体が活性炭で低減策を講じるなど、対応が大きな負担にもなっています。
このPFASの有害性が広く認識されるようになったきっかけは、2000年頃からアメリカで相次いだ訴訟でした。工場から川に流出したPFASによって住民が健康被害を受けた、あるいは水源が汚染された、といった訴訟でメーカーが巨額の支払いで和解するケースも起きています。
これと並行して疫学調査や科学的な研究も進み、膨大な種類があるPFASのうち、泡消火剤などに使われてきたPFOSと、フッ素樹脂の加工などに使われたPFOA、さらにこれらの代替品として使われてきたPFHxSと呼ばれるものは、国際条約で順次規制されてきました。日本でも法律で製造・輸入などを原則禁止にしてきました。
それにも関わらず、なぜ今も各地で検出されるのか?大きな原因はPFASが「永遠の化学物質」と呼ばれるほど分解されにくく土壌や地下水に長く残留するため、過去に工場排水や消火剤などとして環境中に出たものが残っているためです。その上、一部の消火設備には今も過去に作られたPFOSを含む消火剤が入っているとされ、今後も環境中に排出されるおそれが否定できません。こうして排出されたPFASは水源に入って水道水に、また食物連鎖を通じて私たちが口にする食品にも微量ではあっても含まれるようになります。
PFASの有害性についてはまだ十分わかっていない面がありますが、健康被害を未然に防ぐ観点から欧米では規制を強化しています。
アメリカでは、飲料水で許容される濃度として2016年にPFOSとPFOAの合計で水1リットルあたり70ナノグラム(70ng/L)までとしていたのを去年、法的拘束力のある値として、それぞれ4ナノグラム以下と大幅に厳しくすると共に計6種類のPFASを規制する案を打ち出しています。「ナノ」とは10億分の1を表す単位で、ごく微量でも悪影響が懸念されるわけです。
ドイツでも2017年にPFOS、PFOAをそれぞれ1リットルあたり100ナノグラム以下としていたのを、2028年からは対象を4種類の物質に広げ、その合計で20ナノグラム以下と厳しくする方針です。
これに対し日本は、PFOSとPFOAの合計で50ナノグラムという値を2020年に拘束力のない暫定の値として設定し、今その見直しが検討されています。この50ナノグラムという値は、飲み水などから毎日どれだけのPFASを摂取しても悪影響が出ないかの許容量を当時の各国の研究から割り出し算出したとされます。
その後、世界ではこれよりはるかに微量でも悪影響が起きうるとの報告も複数出たことから欧米では規制強化につながりました。
ところが、日本では国の食品安全委員会が先月、これらの新たな報告は証拠が不十分だなどとして採用せず、より確実性の高い報告を根拠とした結果、現状の許容摂取量が妥当だとする評価書案をまとめました。先週までこれについて国民からの意見募集が行われ、今後国は水道の基準などの再検討を行いますが、今回の評価をベースにするなら日本の水道水は今後もPFOSとPFOAの2種類で50ナノグラムという現状の値が維持されることが予想されます。欧米の規制とは大きな開きがあり、専門家の中にも疑問だとする声もあります。
食品安全委員会の評価の背景には、日本では水道水などから実際に摂取しているPFASは非常に少ないとの考え方もありますが、必ずしもそうとは限りません。
2021年度、全国の水道事業者などがPFOSとPFOAを測定した結果によると、1247地点のうち暫定目標の50ng/Lを超えていたのは2地点だけで、これらも現在は対策がとられ目標値以下になっていると報告されました。
しかし、PFASは法律で測定義務がある水質基準の項目には入っていないため、この測定は実際は一部の水道事業者が任意で行ったに過ぎません。測定義務のある大腸菌などを測っている地点は全国で9千以上ありますから、PFASの千二百地点というのは大半の所では測定していないことを意味します。
つまり、まだ調べていないだけで、実は高濃度のPFASが今も水道水に入っているおそれも多くの場所で否定できないのです。
こうして見ると、PFASを水質基準の項目に入れて全国の水道で実態を把握する必要があるのではないでしょうか?
今、各地で住民の血液中から高濃度のPFASが検出されるケースも相次いでいます。PFASを含む泡消火剤が使われてきたアメリカ軍横田基地に近い東京都の多摩地域では、国が50ng/Lの暫定値を設定する以前、一部の浄水所で数年にわたってこの値を超える水が供給されていました。住民グループが血液検査を行ったところ、アメリカの学術機関が“健康リスクが増加する”とした指標を今も超えている人が多くいるとわかりました。岐阜県や岡山県などでも血液中から高濃度で検出されている住民がおり、こうした面でも国は全国的な調査を行う必要があるのではないでしょうか?
そして、基地や工場など汚染源を特定し、新たな排出は確実に止めることも必要です。
また、膨大な種類があるPFASのうち日本では現在PFOS、PFOAの2種類に法的拘束力のない暫定値があるだけですが、人工の化学物質はひとつが規制されれば似た物が開発されるイタチごっこの面があります。それぞれに確実な有害性の証拠が集まるまで現状を追認するようなやり方でよいのでしょうか?健康への影響を解明する研究と並行して、被害が生じないよう欧米のようにより幅広い種類を対象にしたり“予防原則”に立って規制を検討すべきではないかと思います。
国民の健康と安心のため、国はより踏み込んだ対策が求められます。
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