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“地上の太陽”とも呼ばれる“核融合”の実用化をめざす動きが加速しています。
各国でスタートアップ企業が巨額の投資を集め、日本でも3月中に国が後押しする産業協議会が設立されます。盛り上がる核融合熱は脱炭素社会へのゲームチェンジャーになるのか?あるいは投機的なバブルなのか?考えます。
そもそも核融合とはなんでしょう?私たちの体や身のまわりの物質もごく小さな「原子」から出来ています。原子の中心には原子核があって、この原子核がほかの原子核とぶつかりくっつくことで別の物質に変わる、これが核融合です。例えば水素の原子核を複数くっつけるとヘリウムという物質に変わり、このとき膨大なエネルギーが発生します。
核融合は太陽が輝くエネルギー源でもあるため、「地上の太陽」を実現する技術とも言われます。今の原子力発電と同じく二酸化炭素を出さない「脱炭素電源」になるうえ、1グラムの燃料から石油8トン分にあたる膨大なエネルギーを取り出せます。一方で、今の原発で使われている「核分裂」と違って核融合は原理的には“反応が暴走することがないため安全性が高い”とも言われます。
こうしたことから、日本では脱炭素社会への移行と産業競争力強化を両立させるため政府が推進するGX=グリーントランスフォーメーションの柱の1つにも挙げられ、新たな国債も発行して関連企業を支援する方針です。
この核融合技術は、冷戦末期の1985年に米ソ首脳が開発協力に合意したのが発端となって、日本など各国が参加し2007年に国際協力で実験炉を建設するITER計画が 本格的にスタートしました。現在フランスで巨大な実験炉の建設が進んでいますが、技術的な課題やコロナ禍などで計画はたびたび遅れてきました。
現状では2035年に核融合運転を始める計画ですが、ITERはまだ実験炉であり実際の発電は行わないので、これを元に核融合が発電などで実用化されるのは今世紀中頃が目標とされます。
しかし、近年このITER計画より前倒しして2030年代~40年代に核融合発電の実用化をめざす動きが相次いでいます。
イギリスは3年前、核融合に関する国家戦略を発表。2040年代に核融合発電炉の建設を目指しています。アメリカも一昨年、商業核融合の実現に向けた10年戦略を策定する方針を示し、国立の研究所で世界で初めて投入したエネルギーより多くのエネルギーを核融合で生み出すことに成功したと発表しました。中国も独自にITERと同規模の実験炉を建設しており、2030年代までに発電炉とする計画だとされます。
さらに最近の特徴は、公的機関だけでなく核融合の早期実用化を掲げた民間企業の参入が相次ぎ、投資が急拡大していることです。
アメリカの核融合産業協会FIAの去年の報告書では、核融合産業への投資額は過去1年で14億ドル増え、累計62億ドル(約9千億円)を超えたとしています。これまで国の予算に支えられてきた核融合開発はアメリカでは民間投資の方が上回る状況になり、スタートアップ企業の中には「2028年までに核融合発電を目指す」としているところもあります。
こうした動きの背景には、まず、深刻化する気候変動に対しできるだけ早く大規模な脱炭素エネルギーが求められるようになってきたこと。さらに、ウクライナ侵攻で世界のエネルギー供給の先行きが不透明になったことがあります。 核融合エネルギーの実用化で先んじることができれば巨額の利益も期待できるのです。そこにITER計画などで世界的に技術が進歩し、実現の可能性も高まってきました。
国際協調で進めるITER計画には各国が開発した技術は中国やロシアを含め加盟国間で自由に使えるルールがあり、技術の独占には適しません。そこでこれとは別に、各国が独自の国家戦略を打ち出し産業化を加速する動きを、日本政府は“核融合技術の自国への囲い込みが始まった”と見ています。
これに対し日本も去年4月に国家戦略を策定。核融合発電の実現を加速するため産業の 育成や安全規制の議論などを進めています。
もともと日本は核融合の基礎技術では世界のトップグループにあるとされてきました。1990年代には茨城県にある実験装置で、核融合反応を起こすための温度の高さやエネルギーを増やす倍率について当時の世界記録も作っています。
ITER計画でも特に重要な部品の製造を日本が担当しているほか、去年新たな実験装置 JT-60SAを本格的に稼働。ITER以上に効率の高い核融合の実現もめざして技術を蓄積しています。
一方で産業化は欧米より遅れたと指摘されますが、最近では京都大学や大阪大学発のスタートアップの技術が海外からも注目されるなど新たな企業も育ちつつあります。
こうした中で政府は22日、核融合エネルギー産業の創出を目指す産業協議会が3月中に設立されることを発表。ITER計画にも関わる重工業メーカーやスタートアップに加えゼネコンや商社など50社以上が参加の意向とされ、発表した高市大臣はさらに幅広い業界からの参加を期待していると表明しました。
このように産業化への期待は高まる一方ですが、では肝心の核融合発電はいつ“実用化”するのでしょうか?
技術革新を正確に予測することは極めて困難ですが、多くの専門家の見方からは、技術的に核融合発電が可能になるという意味に限れば、近い将来、早ければ数年以内にも「核融合で電気を生み出した」と発表する企業などは現れるかもしれません。しかしこれが、経済的に成り立つコストで発電でき、地域住民の合意を経て発電所として建設され、安定した電源として社会に普及するという意味であれば、まだ全くめどは立っていません。そうした日が来るのかもまだはっきりしません。
ITER計画などで蓄積されてきた技術はいずれは実用化されるであろうことは多くの専門家の見方です。しかし、太陽光や風力など再生可能エネルギーの価格が年々下がっている中で、脱炭素電源として核融合がコストの面で競争力を持つのかは未知数です。また安全面などで社会の信頼を得られるのかもやはり重要です。核融合は、原理的には安全性が高いとされますが、想定外の事故や災害の際にも本当に安全が確保できるのかは今後も追求していく必要があります。
このように核融合が実際に発電所などに利用されるまでの課題はまだまだ多く、関係者の間では昔から、「核融合は30年後には実用化できる。ただし、いつになっても30年後のままだ」といったジョークもあるほどです。
そういう意味で、待ったなしの気候変動対策としては、核融合に過度な期待をかけることなく再エネの拡大など今可能な対策を加速することが必須です。
とは言え、将来的には核融合が社会を支える重要な脱炭素エネルギーとなる可能性はあります。また、核融合は裾野の広い総合科学であり、開発の過程で他の分野にも役立つ技術が生まれたり経済的な波及効果も大きいと見られます。研究開発や人材育成には息の長い支援が望まれます。
最近の核融合開発への投資の加熱は一時的なバブルではないか?と、それが思ったほど早期に実用化しなかった際は反動として逆風が吹くことを懸念する専門家もいます。核融合は脱炭素やエネルギー安全保障の特効薬ではなく、冷静に長期的な視野でこの次世代エネルギー技術を育てていく姿勢が国や経済界にも求められるのではないでしょうか。
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