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能登半島地震で被害を受けた珠洲市の住宅地で、住民に聞き取り調査を行う北海道から派遣された災害派遣医療チーム(DMAT)の医師と看護師=石川県珠洲市で2024年1月30日、平川義之撮影
石川県能登地方を震源とする大きな地震が元日に発生しました。この地震によって、多くの方々が大切な家族や友人を失い、日本全国が今もなお大きな悲しみに包まれています。被災地ではライフラインや経済活動などが寸断され、復旧に向け全国から支援の輪が広がっていることは、マスコミなどの報道から皆さんも周知のことと思います。ただ、復興に向けては、これから気の遠くなるような支援活動が必要となっており、私たちもその輪を広げる努力が今まで以上に大切です。
被災地に不可欠な歯科医療支援
そして今後、被災された方々にとって、最も必要とされる支援の一つが、歯科医療支援であると考えています。地震発生の直後から、多くのけが人や精神的な苦痛緩和のために、日本各地から多くの医師団が派遣されていることはご存じのことと思います。その後、歯科医師も被災地の状況確認を行いながら、救援活動に従事しています。その活動で、とくに大切なのが口腔(こうくう)衛生活動とされています。
季節的にもインフルエンザなどの感染症が流行しています。避難所や仮設住宅での共同生活で、ひとたび感染が起これば、瞬く間に広がるのは容易に想像できます。しかも、高齢者や病気の方は肺炎にかかるリスクは高くなり、死に至る確率も高くなると考えられます。この予防には日々の口腔清掃や、口腔内に装着されている入れ歯などのお手入れが非常に重要となります。
ところが、うがいや、入れ歯の汚れを洗い流すために必要な水の確保が、いまだに十分に行えないところがあります。今回の地震では多くの地域で水道施設がダメージを受けているためです。現在、懸命な復旧作業が行われているものの、今しばらく断水が続く地域もあると報道されています。この問題は誤えん性肺炎にかかる可能性が高くなるなど、高齢になればなるほど、その影響度の深刻さが増すと考えられます。
皆さんも「フレイル」という言葉を耳にしたことがあると思います。フレイルは、加齢に伴う身体のさまざまな機能低下によって、いろいろな健康に関する障害に対する弱さが増している状態を言います。その特徴としては、体重減少や疲労感、日常生活での活動量の減少などがあります。
このようなフレイルの高齢者の方々は、加齢によって運動機能が衰える「ロコモティブシンドローム」によって、要介護や寝たきりとなる危険が高くなるとされています。原因の一つとして、「サルコペニア」という疾患が注目されています。このサルコペニアの主な要因は加齢ですが、活動不足や疾患、栄養不良が危険因子とされています。そのためサルコペニアの予防には、適切な運動習慣と栄養の摂取が大切とされており、たんぱく質の摂取は発症予防にとても有効と報告されています。
このサルコペニアでは、筋肉量の減少および筋力の低下を起こしますが、これは手や足の筋肉だけではなく、他の筋肉にも同様な影響を及ぼすと考えられています。そのため、のどの、のみ込む活動に必要な筋肉にも大きな影響を及ぼします。
日赤の救護所で医師の診断を受ける被災者=石川県珠洲市野々江町で2024年1月16日、阿部弘賢撮影
のみ込む機能が弱くなると、飲食物や唾液などが気管に入ってしまうことがあります。これが誤えんです。なかでも、誤えんしたものと一緒に細菌が肺に入って炎症を起こすのが誤えん性肺炎です。
原因となる細菌は、肺炎球菌や口の中の常在菌とされています。そのため、口の中の状態が清潔に保たれていない場合は、この肺炎の原因菌が増殖しやすい環境となり、肺炎を起こすリスクが高くなるのです。
避難所での食生活では良質なたんぱく質をとれる状況ではなく、生きるか死ぬかの大変厳しい状況であることは明白な事実です。ただ、もう少し長い目で震災からの復興を考えると、被災された高齢の方々のこれからの生活を考える必要があります。
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口の中の衛生状態の維持や改善に対する活動に加え、食生活の充実に向けた取り組みに早急に取り組まなくてはならないと強く感じています。このためには、当然のこととしてお口の機能改善のための歯科処置も必要となります。
これに向けては日本歯科医師会や各地域の歯科医師会が、阪神淡路大震災や東日本大震災で得た教訓をもとに十分な対応がされると思います。しかし、今日お話をしたように、被災された高齢の方々の身体的健康を考えた場合、被災による健康への2次、3次被害防止のため、食生活をどのように改善していくかは大きな課題で、目標の一つとすべきと感じています。
私たちが85歳以上の超高齢者の方々を対象に行った疫学調査では、日々での食生活に喜びを感じている方の6年後の生存率は、喜びを感じられない方に比べ、約20%高いとの結果も得られています。
そうです、皆さん。今回被災された多くの高齢者の皆さんに再び笑顔を取り戻していただくためにも、日々の食生活の充実や喜びを感じていただけるために何をすべきか、皆さんとともに考えて行きたいと思っています。
「フレイルは忘れたころにやってくる!」。だから、少し長い視野での活動が重要なのです。
(飯沼利光・日本大学歯学部教授)
*この連載は今回で終了します。ご愛読ありがとうございました。