卵(鶏卵)を食べると、おう吐やじんましんなどの症状が出る「卵アレルギー」。食物アレルギーの中で最も多く、全体の3割以上を占めていて、症状が重い場合は、命に関わるケースもあります。
卵アレルギーの人でも安心して卵を食べられるようにできないか。食品メーカーと大学、病院が連携して“世界初”の研究が進められています。(科学文化部 岡肇・経済部 佐野裕美江・広島放送局 大石理恵)
わずかな卵で命の危険も
神奈川県相模原市に住む椋毛智暉くん(3歳)。
ふだんは元気いっぱいの男の子ですが、重い卵アレルギーがあります。
母親の絵梨香さんが症状に気づいたのは、智暉くんが1歳になる前でした。
卵が入ったお菓子を食べさせたときに、口の周りに発疹が出ていたのです。
その後、耳かきにのる程度のわずかな卵白を食べさせただけで、全身にじんましんが出たり、吐いてしまったりするようになりました。
症状が出た時の様子
専門の病院で詳しい検査を行った結果、卵だけでなく、えびやかになどにも重い食物アレルギーがあると診断されました。医師からは、こうしたものを誤って口にしてしまうと場合によっては、命に関わると説明を受けました。
食物アレルギーの原因は詳しくは分かっていませんが、絵梨香さんは自分を責めてしまうといいます。
母親 椋毛絵梨香さん
「死んでしまったらどうしようというのはいつも思っています。食物アレルギーのある体に産んでしまったのかなという申し訳ない気持ちはすごく感じています」
大きく変わった日々の生活
家族の生活は大きく変わりました。
絵梨香さんは買い物の際には、必ず卵などのアレルギーを引き起こす食べ物が入っていないか細かく確認しています。
パンや揚げ物、かまぼこ、ケーキなどさまざまな加工食品に少しでも卵が含まれているとアレルギーの原因となるからです。
料理をする際にも、見落としは許されないため、再度、原材料の表示を確かめます。
母親 椋毛絵梨香さん
「たまに今まで使っていた食品が急に卵入りに変わっていることがあります。うっかりミスであっても、命に関わることなので、絶対に間違えないように、厳重にチェックしています」
最近、智暉くんはおなかがすくと自分で冷蔵庫から食べ物を取り出せるようになりました。間違って卵の入った食べ物を口にすることがないようにと、絵梨香さんは常に目が離せません。
母親 椋毛絵梨香さん
「一緒においしいものを食べて、何も考えずにおいしいという気持ちを共有できたらすごくうれしいです。本当はそうなりたいですが、まだ道のりは長いかなと思っています」
増える食物アレルギー
日本学校保健会が行った全国調査では、食物アレルギーがある子どもの割合は2013年度(平成25年度)の4.5%から、2022年度(令和4年度)には6.3%に増加しています。
消費者庁によると、原因として最も多いとされているのは鶏卵で、2021年度(令和3年度)の調査では食物アレルギー全体の33.4%を占めています。
アレルギー低減卵の開発を
卵アレルギーで苦しむ人を減らしたい。大手食品メーカーのキユーピーと広島大学は、10年余り前からアレルギーの人でも食べられる卵の開発を進めてきました。
卵アレルギーの原因は、卵に含まれる複数のたんぱく質です。多くは熱に弱いため、十分に加熱すれば、アレルギーを起こす力が低減します。
しかし、アレルギーを引き起こす力が最も強いとされる「オボムコイド」は、加熱をしても、その性質はなくなりません。
この「オボムコイド」をなんとか取り除くことはできないか。研究グループが活用したのが「ゲノム編集」でした。
「ゲノム編集」は、狙った遺伝子だけをピンポイントに働かないようにすることができる技術です。
「オボムコイド」を持たないニワトリ
この技術を使って「オボムコイド」を持たないニワトリを誕生させることに成功したのです。
研究グループでは、このニワトリから生まれた卵「アレルギー低減卵」にも「オボムコイド」が含まれていないことを確認しました。
キユーピー 研究開発本部 児玉大介さん
「オボムコイドが原因のアレルギー患者だと、通常の卵だと加熱をしても食べられません。一方、アレルギー低減卵は、最初からオボムコイドが入っていないので、加熱をすることで、たんぱく質のアレルゲン性が低下して、患者さんも食べられるのではないかと期待されます」
“世界初”の臨床試験
ことし2月、「アレルギー低減卵」を子どもが安全に食べられるかを調べる臨床試験が、神奈川県相模原市にある国立病院機構相模原病院で始まりました。
卵アレルギーがある椋毛智暉くんも参加しています。
アレルギー低減卵を加熱して作られたパウダー
臨床試験で使われるのは、「アレルギー低減卵」を加熱して作られたパウダーです。
口にしやすくするために、卵25分の1個分をコーンスープに混ぜます。
智暉くんは、卵入りのコーンスープを勢いよく飲み干しました。
その後は、医師が15分おきに訪れ、体調に変化が起きていないか、慎重に経過を観察します。
これまで智暉くんは、同じ量の通常の卵を食べると、アレルギー症状が出ました。母親の絵梨香さんは、智暉くんの首やひざの裏などに発疹が出ていないか、心配そうに何度も確認していました。
そして、卵を食べてから2時間後、智暉くんに症状は出ませんでした。
智暉くん
「たまご食べたい。たまごをパカって割って、目玉焼きを作るんだ」
母親 椋毛絵梨香さん
「何も起きなかったので、まずは安心しました。智暉はドーナツやケーキが好きなんですが、卵が入っているものは一緒に食べさせてあげられないので、今回発明された卵で一緒においしいものを食べられたら、とてもうれしいなと思います。早く実現してほしいです」
研究が切り開く未来は
病院では、智暉くんよりも症状が軽い子どもたちに対して、卵パウダーの量を多くした試験も始めていて、2026年の春までにあわせておよそ60人に試験を行い、安全性を検証したいとしています。
国立病院機構相模原病院 臨床研究センター 海老澤元宏 センター長
「卵アレルギーの患者さんたちが、実際に卵を食べることができるようになれば、とても大きなインパクトのある仕事になると思います。オボムコイドが含まれていない卵による臨床試験は世界で初めての取り組みで、今回の研究で安全性が示されれば、牛乳や小麦、それに木の実などの食物アレルギーを引き起こすさまざまな原因物質にも同じ技術が応用できる可能性があると考えています。今回はその第1のステップになると捉えています」
お菓子のレシピ開発も
さらに「アレルギー低減卵」を開発している大手食品メーカーの研究所では、将来的な実用化を見据えて、メニューの開発も進められています。
これまでの研究で、「アレルギー低減卵」は、通常の卵よりも固まりやすく、食感などに若干の違いがあるものの、通常の卵と大きな違いがないことが確認されました。
メーカーでは、子どもが喜ぶお菓子のレシピ作りを進めています。取材に訪れた日、研究所で作っていたのは、プリンです。材料や配分を変えてさまざまなパターンで作っています。
メンバーが試食を繰り返し行っていて、「食感は若干固く感じる」「食感や味の違いはほとんどわからない」などという意見が出ていました。
研究所では「アレルギー低減卵」の安全性が臨床試験で確認されれば、この卵を使ったクッキーやマドレーヌといったお菓子などを、まずは病院などでアレルギーのある子どもに提供できないか、検討していきたいとしています。
キユーピー 研究開発本部 児玉大介さん
「卵アレルギー患者さんが本当に食べられるかの安全性は大前提として、まだ卵のおいしさを味わったことがない子どもなどがこれを食べて、おいしいと感じてもらえるような、材料の配合や味作りもベースの部分と合わせて大切な事です。アレルギーに困っている方々の食の選択肢の1つとなればと考えています」
取材を終えて
今回、卵アレルギーに苦しむ人たちを取材し、家族や友人と同じ食事を食べられないだけではなく、命に関わる場合もあり、家族も含めて、不安や苦しみは想像を超えていました。アレルギー低減卵の研究は、実用化を待ち望む声も多く、そのほかの食物アレルギーへの応用も期待されています。私たちは今後も取材を続けていきたいと思います。(5月21日 おはよう日本放送予定)