「安全な水道水だと思っていたので…。まさか、ですよね」
岡山の山あいのおよそ1000人が暮らす小さな地区で、水道水が有害とされる化学物質「PFAS」に汚染されていることがわかりました。
住民からあがる健康への不安の声。
いま、全国各地で“PFAS汚染”が明らかになっています。
全国の自治体ごとに河川や地下水の汚染状況がわかる「“PFAS汚染”全国マップ」を記事の中で紹介しています。
(安井俊樹、神谷佳宏、入江和祈、兵藤秀郷、柳澤あゆみ、林勇志)
目次 ※クリックすると項目に飛びます
▽目標値の28倍 広がる健康不安
▽“この町に引っ越してきて流産繰り返した”
▽PFASとは?
▽全国に広がる“PFAS汚染” あなたのまちの測定結果は?【全国マップはこちら】
▽全国111地点で国の値超え 98%は“汚染源不明”
▽なぜ水道水が汚染されたのか?
▽PFAS排出削減に使った活性炭 行き先不透明のケースも
目標値の28倍 広がる健康不安
岡山県の中央に位置する吉備中央町。
自然豊かな山あいの小さなまちに暮らす人たちをゆるがしているのが、化学物質「PFAS」による汚染です。
吉備中央町では去年10月、およそ1000人が使う水道水から、国の暫定目標値(50ng/L)の28倍にものぼる高い濃度(1400ng/L)のPFASが検出されていたことが明らかになり、大きな衝撃が走りました。
このまちで暮らしてきた60代の女性です。
問題発覚後、町は水源を切り替え、現在は水道水の濃度は国の目標値を下回っていますが、安全だと信じていた水道水が汚染されていたと知り、生活が一変しました。
住民の女性
「『きょうから水を飲めないから近くの給水所に水を取りに来てください』と言われました。毎日、毎日、大変でした」
住民の有志による血液検査を受けた女性。
血中から1ミリリットルあたり362.9ナノグラムのPFASが検出されました。アメリカの学術機関が、健康リスクが高まると指摘する値(20ng/mL)の18倍にあたります。
検査を受けた27人全員、血中濃度が、この値を上回っていました。
女性は4年前、アメリカの学術機関がPFASと関連があると指摘する病気のひとつ「脂質異常症」と診断されていて、今も薬が手放せません。
女性
「原因はわかったほうがいいですが、なんとも言えません。不安は尽きないです。きのうよりきょうが少しでも良ければいいかなと、そんな感じです」
“この町に引っ越してきて流産繰り返した”
吉備中央町で血液検査を受けた住民とその家族27人を対象にNHKはアンケートや聞き取り調査を実施(回答数25)。
目立ったのが、流産の経験です。
30代から40代だった女性5人のうち、3人が流産を経験していたことがわかりました。
阿部順子さん(43)です。夫と13歳の息子の3人暮らしです。
13年前、東京から移住したあと、この町で3回、流産を経験しました。
阿部順子さん
「どん底の気分でした。望んで妊娠して、それがやっぱり何度妊娠しても流産してしまう。なんでだろうなっていうふうな、あきらめに近い感じで思っていました」
PFASの血中濃度の高さと流産のリスク。
吉備中央町での関連は分かりませんが、ここ数年、海外では関連があると結論付ける論文が複数発表されています。
また、国の食品安全委員会の作業部会も、「2021年3月までに公表された23の文献を解析した結果、流産リスクに関連がみられた」と指摘しています。
阿部順子さん
「私の流産についての因果関係はわからなくても、今後の人に関しては、それではいけないだろうと思っています。血中濃度が高いからといってどんな健康影響が出るかっていうのは明確じゃない。そこがわからないことにはどうしようもないので、今後10年ぐらいかけながら、そこをちゃんと見てほしいなと思います。因果関係があるのであれば、一刻も早くPFASを規制してほしいなと思います」
PFASとは?
PFAS
PFASは人工的に作られた有機フッ素化合物の総称で、1万種類以上が存在するとされます。水や油をはじく特性などから、かつては泡消化剤や精密機器の製造、フライパンのコーティング、はっ水スプレーなど幅広い用途に使われていました。
長く環境に残留することから“永遠の化学物質”とも呼ばれ、欧米の研究では、PFASの一部の物質が発がん性や子どもへの成長の影響など有害性が指摘されています。日本ではPFASのうち3種類の物質について、輸入や製造などが禁止されています。
日本ではPFASのうち、「PFOA」と「PFOS」という2種類の物質について、「暫定目標値」として、1リットルあたり合計50ナノグラムを、「体重50キロの人が水を毎日2リットル飲んだとしても、この濃度以下なら健康に悪影響が生じないと考えられる水準」としています。
全国に広がる“PFAS汚染” あなたのまちの測定結果は?
PFASの汚染状況はどのようになっているのか。
NHKは、環境省が公表した河川や地下水などの令和4年度の調査結果を「“PFAS汚染”全国マップ」として可視化しました。
(地図を拡大したり、タブでデータを切り替えたりできます。自治体をクリックするとPFASの測定結果を確認することができます。)
PFAS調査は環境省の呼びかけにより、令和2年度から実施する自治体が増え、環境省は去年から自治体の調査結果を取りまとめて公表を始めました。
このマップはことし3月公表の令和4年度の調査結果をもとに、都道府県に取材した結果を反映させています。
国の暫定目標値をもとに、マップでは以下のように自治体を色分けしました。
自治体色分け
▽赤色: 50ナノグラム/Lを超えた自治体
▽黄色: 50ナノグラム/L以下の自治体
▽水色: 国に報告する値として各自治体が独自に判断した「報告下限値」を下回った自治体
▽灰色: 国への報告がなかった自治体
色分けは、同一の自治体内で複数の調査が行われていた場合、最も高い値で表示しています。
マップは、タブごとに3種類のデータに切り替えできます。
マップ上で自治体をクリックすると、それぞれの種類ごとに、自治体別の測定値を確認できます。
▽環境全体(河川・湖沼・地下水)
▽河川・湖沼
▽地下水
※環境省の海域の調査結果は、マップには反映していませんが国の暫定目標値を超えた地点はありませんでした。
※環境省は地下水の場所を市区町村までしか公表していないため、自治体名だけ表記しています。
※「<」は国に報告する値として各自治体が独自に判断した報告下限値未満を意味します。
※地図をクリックして表示される自治体ごとの調査地点のデータは、高い値から順に表示されます。
全国111地点で国の値超え 98%は“汚染源不明”
令和4年度のPFAS調査は38都道府県1258地点で行われ、このうち111地点で国の値を超えています。
環境省はPFASの調査を呼びかけていますが実施は都道府県の任意です。
秋田県、新潟県、栃木県、群馬県、富山県、石川県、山口県、香川県、長崎県の9つの県では国への報告がありませんでした。
最も高い濃度が検出されたのは、大阪・摂津市の地下水で国の値の420倍にあたる2万1000ナノグラム/L。
続いて大阪・摂津市の河川で44倍にあたる2200ナノグラム/L。
沖縄県嘉手納町の地下水で42倍にあたる2100ナノグラム/Lなどとなっています。
環境省によりますと、このうちPFASの排出源を特定したのは、過去にPFASを取り扱っていた工場敷地内にある大分市の2地点の井戸のみで、残りの109地点、98%は不明だということです。
なぜ水道水が汚染されたのか?
一方、水道水からも高い値のPFASが検出されている場所があります。
日本水道協会が上水道を運営する自治体などから集めたデータでは、令和3年度に国の値を超えたPFASが検出されたのは2地点です。
吉備中央町は飛び抜けて高い値でした。
岡山・吉備中央町「円城浄水場」
1200ナノグラム/L(国の暫定目標値の24倍)
三重・桑名市「多度中部送水場」
170ナノグラム/L(国の暫定目標値の3.4倍)
水源を変えるなどの対策を行い、いずれも現在は目標値を下回っています。
吉備中央町で、ここまで高い濃度のPFAS汚染を引き起こした原因は何なのか。
去年10月の問題発覚後、町は第三者委員会を設置して、汚染源の特定を進めています。
その中で、汚染源ではないかと見ているのが「使用済み活性炭」です。
水源の上流に、約580のフレコンバッグに入れられ野ざらしの状態で置かれていました。県の調査では、この活性炭から最大で450万ナノグラム/L、さらに周辺の土壌から75万ナノグラム/Lという、極めて高い濃度のPFASが検出されました。
活性炭を置いたのは、使用済み活性炭を高温で焼いて再生する事業などを手がけている業者です。この業者が16年前の2008年からこの場所に搬入し、そのまま放置していたことを認めています。
PFAS排出削減に使った活性炭 行き先不透明のケースも
吉備中央町の報道を見て、以前、PFASを取り扱う工場で働いていた男性が取材に応じました。
男性は大手化学メーカーの工場でおよそ30年勤務していました。
勤めていた工場では、PFASの危険性が公に指摘され始めた2000年以降、工場で使った水のPFASを除去したうえで排水することを決定。
その際に使ったのが活性炭です。活性炭にPFASを吸着させた上で排水するのです。
活性炭は一定期間使うと吸着力が落ちるため交換が必要で、PFASを吸着した活性炭の処理を一時、業者に任せていたといいます。
ただ、その当時、業者に依頼した使用済み活性炭が、適切に処理されたか確信は持てないといいます。
元化学メーカー勤務の男性
「再生品(リサイクル品)、あるいは委託処理という形になると、その先でどのような手続きをとっているのかというのは『委託会社に任せてある』のひと言で終わってしまう危険性があるんですね。(委託業者が)保管した時に、そこに雨水がかかって溶け出す危険性はないのか、管理の問題から誤って廃棄されてしまったということが起こる危険性だってゼロじゃない。処理を委託した先の工場で、汚染が広まる危険性は十分にあると思います」
PFASによる環境汚染に詳しい専門家は、産業廃棄物が原因となるPFAS汚染が今後、全国で次々に検出される可能性があると指摘します。
京都大学 田中周平准教授
「PFASが廃棄物の中に入ったり下水の汚泥に入ったりしながら、完全に処理されないままいろんなところに残ったものが、雨が降ったことによってしみ出してきているのがわかってきている。水に溶けやすい物質でもあるので、いろんな所から検出されるということは、これからも起こることだと思う」
取材を通して、PFASによる汚染が国内で広がり、影響が出ている可能性があることが見えてきました。
国内で定められた水道水などの目標値はまだ「暫定」です。国は海外などの動向を見ながら見直しを進めるとともに、健康影響に関する研究を本格化させているとしています。
しかし今も、実際に高い値のPFASが検出された水を飲んだ住民は、健康被害への不安を抱えながら生活しています。国や自治体による対策がきちんと行われるのか。これからも取材を続けていきます。