兄のみとりや、母親の介護もしてきたし、たいていのことは一人でやってきたんです。
でも、急な病気をきっかけに、一人では解決できないこともあるんだって知りました。
地震や何かがあったときに、自分の最後はどうなっちゃうんだろうっていうのもあります。
そんなとき支えになってくれたのは、まったく知らない人でした。
(第2制作センター社会 ディレクター 小池耕自/社会部 記者 飯田耕太)
クローズアップ現代
「死後のこと誰に託しますか?“高齢おひとりさま”に安心を」
7月10日(水) 総合 午後7:30~午後7:57(NHKプラスで同時配信・見逃し配信)
クローズアップ現代
手術するには立会人が必要です
茨城県に住む石井優子さん、69歳。
薬剤師の仕事をしながら、独身のまま過ごしてきましたが、5年前、髄膜腫という脳の腫瘍を取り除くため手術を受けることになり、病院からまず求められたのは、手術を行うにあたって事前の説明に“身内”に立ち会ってもらうことでした。
石井優子さん
石井優子さん
「まずは手術について説明しますから、ご本人だけじゃなくって、身内の人に来てもらってください。一緒に話をして、その身内の人には手術のときにも立ち会ってもらいますって言われて、どうしようかと」
石井さんには当時、同居していた92歳の母親がいましたが、高齢を理由に立会人には認めてもらえませんでした。
4歳上の兄は前の年に悪性の脳の病気で亡くなっています。
他に関東地方に住む親戚もいましたが、予定されていた手術は2日間かけて行うもので、術前術後の説明や退院前のカンファレンスも含めると少なくとも5~6回は病院に来てもらう必要があり、簡単に頼むことはできなかったと言います。
石井さん
「手術を受けないとどんなリスクがあるかは聞いていましたから、手術はすぐにでも受けたい。でも母親以外に頼める家族はいないし、関係性が近くても親戚では…と遠慮もしてしまいました。そこで病院にも相談しましたが、『説明は昼間でなくても夜でも対応しますから』『なんとか誰か説得してください』『探して来てください』って言われ、困り果てていました」
そんなとき、相談した母親のケアマネージャーから紹介されたのは、入院時の「身元保証」などを行う茨城県内の事業者です。
高齢者が事業者と契約する様子
入会金や支援にかかる費用、亡くなった後の葬儀代などを事前に支払うことで、急な事故や手術の立ち会いにも駆けつけてくれるサービスをパッケージで提供しています。
石井さんはこの事業者と契約し、事業者が「身元保証人」として説明に立ち会うことなどを条件に手術を受けられることになりました。
もうろうとする意識の中で
手術当日。
石井さんが入院した病院のICUでは、“友人でも入れない”というルールだったそうです。
そこに、40代後半ぐらいの事業者の男性スタッフが駆けつけ、2時間に及ぶ手術に立ち会いました。
手術中は麻酔で眠っていましたが、終わった直後、ベッドでぐったりとする中で聞いた言葉を今も覚えています。
石井さん
「『あ、麻酔覚めましたね』『無事に終わってよかったですね』『わかりますか?』みたいなことを言われて。もうろうとする中で、『いらっしゃったんだな』って思って。手術できたことはすごくうれしかったです」
男性とは手術の前、数回しか面識はなく、印象は「口かずの少ない人」。
それでも退院する際は「気をつけてください」とそっと手を差し伸べてくれたり、「このまま家に帰っても食べ物もないでしょう。スーパーでも寄っていきましょう」と気にかけてくれたりして、石井さんはほっとしたそうです。
石井さん
「結局、家族の代わりっていうことなんでしょうね。手術のときは2時間、次の日は4時間立ち会ってもらいました。やっぱり病院としても、手術をするにはリスクがあり、本人以外の誰かに同席を求めたい事情はわかります。事業者には万が一のときには延命治療をどうしたいかなどを聞かれ、こちらも希望を伝えた上で手術に臨みました。こうしたサービスがあってよかったなと思うし、自分だけではどう頑張ってもできないことがいっぱいあるんだっていうのをすごく感じました」
“家族代わり”の「高齢者終身サポート」とは
こうした「身元保証」などを行う民間のサービスは最近になって「高齢者等終身サポート事業」という言葉で整理され、一人暮らしの高齢者の増加を背景に各地で増えています。
日本総合研究所の資料より
年をとるほど家事や買い物など自立した生活をするのが難しくなるほか、保証人の問題や亡くなった後の葬儀・納骨、遺品の処分など、ひとりでは解決できないさまざまな困りごとに直面します。
そうしたときに「頼れる人がいない」、「自分はどうすればいいか」といった高齢者のニーズに合わせて生まれたこのサービスでは、家族に代わって、日常生活の支援、「身元保証」、死後事務などを契約に基づき、民間の事業者が行います。
総務省が去年8月にまとめた調査結果では、こうした事業者が近年増えていて、全国に412あることが確認されました。
ただ、契約やサービスの内容、料金体系はバラバラで業界団体もまだありません。
死後のサービスを含むこの事業は契約期間が長期になり、必要な費用は数十万円から200万円程度かかることが一般的です。
それに日頃の買い物や病院への付き添い、それに急病の際に駆けつけてもらうなどのサービスを受けると別途費用が発生し、より高額になることもあります。
死亡届や葬儀代行も 死後に生じる実務のリアル
では、身元保証の事業者と契約した場合、死後のことはどこまでやってくれるのか。
亡くなったあとのことは自分では確認ができないので不安だという人も多くいます。
石井さんが契約した茨城県の事業者の「死後事務」の現場に同行しました。
市役所の戸籍係を訪ねる事業者のスタッフ(左)
事業者のスタッフ
「これが亡くなった男性と私どもとの契約書です。いわゆる死後の事務についても委任を受けております」
5月下旬、事業者のスタッフが訪ねたのは、市役所の戸籍係の窓口です。
高齢者施設から病院に移った80歳の男性が前の日に急性肝不全で亡くなり、医師による死亡診断書とともに死亡届を提出しに来ました。
戸籍には男性の死亡が記載され、住民票が抹消されたほか、遺体を火葬するための許可証も発行してもらいました。
契約者の男性の葬儀
その4日後、火葬に先立って葬儀を執り行いました。
男性は未婚で両親はすでに他界していていません。
兄弟はいますが、疎遠になっています。
葬儀には事業者のスタッフ3人以外、誰も参列しませんでしたが、契約した男性の生前の希望に沿うかたちで、最後を見送りました。
契約解除できなければ…
葬儀や火葬のあとも必要な手続きがあります。
まず、年金をはじめ、電気や水道、ガス、さらには携帯電話やクレジットカードの解約まで、亡くなったあと誰かが止めなければずっと受給や支払いが続くことになります。
また、スポーツジムや新聞・雑誌の定期購読、インターネットのプロバイダやオンラインサービスなどの有料会員登録なども料金が発生し続けます。
アパートなどの賃貸借契約の場合、入居者が亡くなったからといって、契約は終了しません。
部屋の中の家財道具は相続人のもので、大家は部屋を開けて勝手に処分するわけにはいきませんが、誰かが処分しなければ、次の人に貸し出すことができません。
事業者では本人との「死後事務委任契約」に基づき、さまざまな契約の解除に動きますが、法人や団体、ときには窓口に立つ職員によって理解は異なり、関係性が認められずに対応が進まないこともあるということです。
そして最後は納骨。
この事業者は年に4回、亡くなった契約者の合同の納骨式を行っていて、法要のあとは提携している寺にある共同墓地に納めます。
設立から16年で頼る人がいない高齢者など400人以上を見送ってきました。
こうした一連の「死後事務」を適切に行うことは契約の際に立ち会う弁護士とも確認し、相続人がいる場合は相続人にも報告しているということです。
青木規幸さん
高齢者終身サポート事業者「しんらいの会」理事長 青木規幸さん
「誰も身寄りがいない、いても最後の後始末まで頼める人がいないから私たちにお願いしたいということで頼まれることが多くなっています。でも、生まれてくるときはみんなに祝福されて生まれてくるのに最後は寂しくお亡くなりになるのはあんまりじゃないですか。だから私自身は“末っ子”みたいなつもりで、皆さんがやれないんだったら、私らが最後まで全部やりますよっていう思いでやっています。出しゃばるつもりはないんですが、誰かがやらなきゃいけない場面っていうのは必ずあるんです」
ニーズとともに消費者トラブルも急増
こうした高齢者の終身サポート事業は単身高齢者の増加などで需要が高まる一方、実は監督する省庁や法律はなく、契約をめぐるトラブルも相次いでいます。
全国の消費生活センターなどに寄せられた相談件数は、去年(2023年)は302件と2018年から5年で3倍以上に増加。
契約や解約に関する相談が最も多く、「希望していないサービスを追加され高額になった」や「解約を申し出たが返金されない」といった相談があったということです。
過去には、預かった預託金を流用した大手事業者の経営破綻なども起きていて、健全な事業者の育成が喫緊の社会課題になっています。
事業の質を担保へ 国がガイドラインを策定
身近に頼れる人がなく、事業者に死後のことなどを頼みたくても、どこを選べばいいのかはわからない―
そこで、国はことし6月、終身サポートなどを提供する事業者が守るべきガイドラインを初めて公表しました。
対象は「身元保証」や死後事務などのサービスを提供する事業者で、事業者が守るべきチェックリストもまとめられています。
チェックリストの見方について、高齢者の終身サポートに詳しい日本総合研究所の沢村香苗研究員に解説してもらいました。
日本総合研究所 沢村香苗研究員
日本総合研究所 沢村香苗研究員
「チェックリストは一義的には、事業者が守るべきものですけど、民間事業者にどうしても頼りたいときは以下のようなポイントは重要で参考になると思います」
そう指摘した上で、チェックリストのうち、まず確認するべきは以下の項目だとしています。
【日常生活支援】【身元保証等】【死後事務】
■提供されるサービスの内容や費用の取り扱い、緊急時の連絡先・方法が明らかになっている。
【契約時】
■契約に関する重要事項を説明し、その内容を利用者に書面(重要事項説明書)で交付している。
【預託金など】
■預託金の額やその根拠、管理方法等の取り扱いについて明らかになっている。
■利用者の求めた際に、解約に必要な手順を伝えている。
沢村香苗研究員
「このあたりは最低限の消費者保護のラインになると思います。まず『重要事項説明』がなされることが重要で、書面で出してもらえる方が望ましいです。事業者の中には弁護士などの第三者の立ち会いを契約の条件にし、違法な契約になっていないかを互いに確認し、その後も契約通り業務が適切に行われているかをチェックする態勢を整えているところもあります」
去年国がまとめた終身サポート事業者への調査結果で「重要事項説明書を作成している」という事業者は2割余り。
「まだまだ利用者が安心できるサービスにはなっておらず、事業者の健全性の確保は業界全体の課題だ」と指摘します。
その上で、以下も重要なポイントだと言います。
■提供しているサービス情報について、HPで公表されているなど、利用者がわかるようになっている。
■定期的な面談等により利用者の希望の把握や状況の把握を行っている。
■委任契約の終了後、利用者本人または相続人に対し、その経過や結果を報告している。
沢村香苗研究員
「大事なのは本当に自分のやってほしいことは何なのか、必要なサービスを提供してもらえるか、その料金は払えそうか、をまず考えることです。事業者と利用者の二者だけでは周りに様子がわからずに、困ったときの対応が遅れますので、間にほかの関係者を入れたり、情報が可視化されたりしていることが重要ですね。サービスの履行内容がきちんと利用者に報告されることはもちろんですが、医療や介護関係者などとも連携し、きめ細かい対応で家族にうまく橋渡しをしてくれるような事業者もあります」
こうした事業者の“質”をどう確保するのか、国に先立って動き出している自治体もあります。
静岡市ではことしから事業者向けの30項目の基準を作って、独自の「認証」制度を設けるなどして対応が始まっています。
国はガイドラインを作って終わりではなく、大事なのは今後の取り組みで、私たちも“家族の役割”を誰が果たすか、考える時期だとしています。
沢村香苗研究員
「今回、指針が示されたことで事業者の質をある程度担保して高齢者に不利益がないよう手だてがとられた意義は大きいです。ただ、事業を監督する官庁がない前提は変わっていないので示された指針を事業者がしっかり守れているか、守らなかったらどうなるのかといった実効性や仕組みの検討が必要です。そして、これから大きく需要が増えることを考えると、事業者だけが担っていくのは無理があるので、家族がいないから全部事業者に任せるということではなく、親族や友人や地域の人とどう支え合うのかを私たちが考えていかなければならない」
安心してそのときを迎えるために
入院時の手術の際に求められた“身内”がなく、終身サポート事業者を頼った石井さん。
契約の際には、もう一つの希望を伝えていました。
石井さん
「ここに兄の墓があり、隣に母の墓もあるんです。私の墓もすでにあります。兄が先に亡くなって、その後じゃあ母と私もここにしようかなっていうことで。でも母のときは私も少しは見送ることができましたけど、私のときは誰もいないので、もしもの場合は、ここのお墓に入りたいって契約のときから言っていました」
2人が眠る共同の墓にいずれは自分も。
誰がそれを行ってくれるのかはずっと心に引っ掛かっていましたが、今は少し気が楽になったそうです。
石井さん
「墓の側にある木は樹齢何百年の桜だそうで。桜が咲くとキャンバスを立ててそこをスケッチする人がいて、そうした様子を母も見ていて、春にはこうやって関係ない人も桜を見にきてくれるんだねって言って、いいなって思いました。今できることをやって、それでそういう時が来たときにはお世話になるしかないと思ってます。なんとか今できることをやっていけばいいかなって思います」
人生の最終盤に向かう途中で立ちはだかる、ひとりでは解決できないさまざまな困りごと。
必ず訪れるそのとき、誰に頼ればいいのか、今多くの人の不安や困難として顕在化しています。
高まるニーズに対し、ボランティア団体や士業、福祉施設、葬儀会社などが母体となるさまざまな事業者が出てきていますが、安心して利用するための体制づくりはまだ進まず、そのための議論は始まったばかりです。
家族との関係性や人生観などは人によって違いますが、元気なうちから自分はどうしたいかを考え、周りにいる人と話し合っておくことが、とても大事な世の中になっていると感じます。
(7月10日「クローズアップ現代」で放送)
第2制作センター社会 ディレクター
小池 耕自
1992年入局
クローズアップ現代班に所属
情報番組やドキュメンタリー番組を制作
社会部 記者
飯田 耕太
2009年入局
千葉・秋田局・ネットワーク報道部などを経て現所属
災害や高齢者の課題について継続取材