AIを使い、人気歌手やアニメキャラクターの声に無断で好きな歌を歌わせる。そんな動画がネット上に急増している。
声優からは「無法地帯になっている」と危機感を訴える声も。
“声の権利”をどう守っていくのか。いま、新たな取り組みも始まっている。
孫悟空やドラえもんの声で…
人気アニメ「ドラゴンボール」の孫悟空やドラえもんの声優にそっくりな声が、関係のない歌をうたっている動画。
こうした動画がTikTokやYouTubeなどに多く投稿されている。再生回数が100万回を超えているものも、すぐに見つかる状況だ。
これらは生成AIを使って、無断で作られたもの。人気歌手やアニメキャラクターの声で好きな歌を歌わせる「AIカバー」と呼ばれている。
中には「AIあいみょん」と称して、人気歌手のあいみょんさんの声で、別のアーティストの曲を歌わせている動画もある。こうしたものはアーティストや声優に許可を得たものではなく、いわば“声の無断利用”にあたる。
“声優267人の声 無断利用”
声優らが所属する日本俳優連合は、去年12月からことし2月にかけて、こうした無断利用の実態を調査した。特にTikTokで、こうした動画が多く見られた。
動画の中身については、アニメ・ゲームなど少なくとも46作品、267人の声優の声が、無断でAI生成コンテンツに利用されていることを確認したとしている。
“推しの権利を侵害している”
これを受け日本俳優連合は、声明を発表した。
「無断で声優等の声を利用した生成AIに強い危機感を持っています。『推しがこんな歌を歌ったら聞いてみたい』という気持ちはわかりますが、それはあなたの推しの権利を侵害していることを知ってほしい」
機動警察パトレイバーやうる星やつらなどの人気アニメでキャラクターを演じてきたベテラン声優で、日本俳優連合の池水通洋理事は次のように話している。
池水通洋理事
「なんと言うか、お行儀が悪いのかなと。声は法律で権利が守られていないので好きにされてしまう現状がある。最終的にそれを使ってドラマでも作られるのがこわいです」
“声の権利” 海外でも問題に
“声の権利”とAIが問題となるケースは世界で相次いでいる。
海外では、ChatGPTのサービスで使用されている音声について、ハリウッドで活躍する俳優のスカーレット・ヨハンソンさんが「自分の声に不気味なほど似ている」として開発者に抗議。
開発側は「意図的にまねたわけではない」とする一方で、音声機能の一部を停止する措置を講じた。
権利の問題に詳しい福井健策弁護士によると、“声の権利”はまだ十分に確立されていないという。
著名人であれば、名前や肖像を勝手に使われないための権利であるパブリシティ権が、声にも認められる可能性が高いとしている。
その一方で、AIによる声の無断利用に対し、どこまでパブリシティ権が認められるかは、まだ裁判が行われていないため明確になっていないのだ。
政府は6月に公表した新たな「クールジャパン戦略」の中で、実演家の肖像や声の生成AI利用について、考え方の整理を行い、必要に応じて見直しの検討や法的考え方の整理を行う方針を示している。
プラットフォームの対応は
声の無断利用について、動画などが投稿されているプラットフォームの運営会社側の対応はどうか。
TikTokは、去年9月から生成AIコンテンツを明示する機能を導入。NHKの取材に対しては次のように回答した。
「AIの進化と共に、アプローチを進化させる必要があると認識している。進化し続けるAIが生成したコンテンツを安全に使いこなせるよう、改善・アップデートを続けていく」
YouTubeは6月、人間の声を模倣したAI生成コンテンツの削除要請を可能にした。削除するかどうかの審査では以下の要素を考慮するとしている。
▽「コンテンツが改変または合成されたものか」
▽「改変または合成されたものであることが視聴者に開示されているか」
▽「人物を特定することができるか」など
ただし、要請することができるのは基本的に本人のみだ。
新たなエンタメの可能性も
AIの急速な普及にルール作りが追いつかない中、声の権利を守りながらも生成AIを活用した新たなエンターテインメントも生まれている。
東京・品川区のカラオケ店では自分の歌声がプロの歌声になるAIの技術を体験することができる。
大手楽器メーカーが開発した「なりきりマイク」
マイクと連動したパソコンには、事前にプロの歌声を学習したAIが組み込まれている。
マイクを持って歌えば、その声はAIによって楽譜に変換される。AIは、その楽譜をもとに学習しているプロの歌声を歌い方も含めて再現するという仕組みだ。
現在、4オクターブの声域で歌うボーカルが魅力の5人組の男性グループ「Da-iCE」に正式に許諾を得て、技術の実証実験を行っている。「Da-iCE」のメンバーやスタッフに、AIが再現した音声を確認してもらうことで、より本人の歌声に近づけることができたという。
実際にNHKのアナウンサーが歌ってみると、本人の声では歌うのが厳しい高音も、AIがなんなく再現した。
部屋の中にはアーティストの声にそっくりなハイトーンが響き、アナウンサーも「好きだけど歌えないという曲もAIによって歌えるようになってしまう」と驚いていた。
サタデーウオッチ9 7月27日放送
AIで歌声はどう変わる? 動画はこちら
NHKプラス 配信期限 :8/3(土) 午後10:00 まで
開発を担当したヤマハの倉光大樹さんは、AIを活用して、新しい歌の体験を提供していきたいとしている。
ヤマハ ミュージックコネクト推進部
倉光大樹 主幹
「歌うことが苦手とか、あまりカラオケに行かないような人でも楽しめる、新しい歌のカルチャーを作りたいと思っています。AIを活用することで、新しい扉を開くように、音楽の表現を拡張することができたらいいなと考えています」
声優みずからAI活用も
声優自身が率先してAIを活用するケースもある。
大ヒットアニメ「進撃の巨人」の主人公の声を演じる梶裕貴さんは、音声生成AIを活用した「そよぎフラクタル」というプロジェクトを進めている。
「僕の名前は梵そよぎです」
「梵そよぎ」は、AIが学習した梶さんの声のバーチャルキャラクターで、会話をこなし、歌を歌うこともできる。
多くのファンに楽しんでもらおうと、2次創作のガイドラインを公表。ファンは、ライセンスの表記や非商用利用に限ることなど、ルールをしっかりと守ることで、梶さんのAIの声を使うことができる。
例えば、自分で作った動画のナレーションに梶さんの声を使うなどの創作を楽しむことができる。
梶裕貴さん
「現役で声優をやっている自分が提案することで、リスクももちろんあると思うんですけど、その中で何か新しくみんなが納得できるもの。人間とAIが共存していく道というのが探れるんじゃないのかなという思いもあって。声優としてこの声を使って、なにかみんながハッピーになることが生まれたらいいなという思いがあります」
音声データの認証制度も
こうした中、ことし7月、AI業界とエンタメ業界が一緒になって新しい取り組みを発表した。
AIに学ばせる音声データを認証する団体「AILAS」の設立だ。団体では声優など個人や事務所がまとめた音声データを確認し、用途の追跡が可能な「登録認証」のラベルをつける。
音声データの提供者が望まない利用を防ぐために、「ナレーション」や「福祉目的」など利用可能な範囲についても登録。登録された音声は、利用者が専用のサイトを通じて検索することができるようにする仕組みだ。
音声データの出どころの透明性や権利関係についてお墨付きを与えることで、一般の利用者や開発者側は安心してデータを利用でき、声優なども望まない利用を避けることができる。
サービスは2025年の開始を目指している。取り組みには、日本俳優連合が賛同し、多くの声優が登録する予定だ。
団体の代表理事を務める倉田宜典さんは、かつてソニーでペット型ロボットの「AIBO」の開発に携わり、今は東芝でフェローを務めるAI開発者。実演家と開発者が互いにフェアな関係を保てること目指しているという。
AILAS 倉田宜典 代表理事
「今後、本当に人が演技しているのか、AIが演技しているのかわからない時代が来ることを想像しておかないとよくない未来を迎えてしまいます。AIがある未来に対して、フェアな仕組みを作る必要があるのです」
誰もが納得できる楽しみ方を
取材の中で聞いたことばが印象に残っている。
「AIで表現の幅が広がることはとてもすばらしいことです。でも、表現というものは他人の権利を踏みつけにして行うものであってはならないと思う」
AIの急速な進化に規制が追いつかない中、AIのコンテンツ制作への使い方を巡って、懸念や対立ばかりが表面化しているのではないかと感じることもある。
AIを使う側は、“おもしろければ何でもあり”という意識を抑えること。それが、結局は、回り回って、AIが創り出す豊かなコンテンツを楽しむことにもつながっていく。そんな意識を持ちたいと思う。
(取材:科学文化部記者 植田祐 / サタデーウオッチ9リポーター ホルコム ジャック和馬 ディレクター 大熊智司)
サタデーウオッチ9 7月27日放送
サタデーウオッチ9 7月27日放送
NHKプラス 配信期限 :8/3(土) 午後10:00 まで