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「少量飲酒は健康に良い」はもう古い 赤ワイン神話の崩壊谷口恭・谷口医院院長
2024年3月25日
ちょうど1年前のコラム「飲酒 禁止とは言えないが『少量でも健康に有害』」で述べたように、「酒は百薬の長」という言葉は既に過去のもので、「アルコールはまったく飲まないのがベストだ」という考えが広がっています。同コラムで述べたように、世界保健機関(WHO)は2023年1月、「アルコールは少量でも健康を害する」という内容の声明を発表し、その直後にカナダ政府がその内容を踏まえたガイドラインを発表しました。そして、ついに日本も動きました。24年2月19日、厚生労働省は「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表しました。飲酒に関する新しいこのガイドラインは上述のカナダのガイドラインなどを引き合いに出し、世界の潮流に追いつこうとしています。しかし、飲酒量については「飲酒量が少ないほど、飲酒によるリスクが少なくなるという報告もあります」という表現にとどめ、WHOほどは有害性を強調していません。では、今後我々はどのようにアルコールと付き合っていけばいいのでしょうか。今回はアルコールがどのような疾患に対し、どれだけのリスクになるのかをみていきたいと思います。そして、次回は「新しい治療法」も交えた効果的な「節酒」を取り上げます。
「少量ならリスク減」とされたがんと心血管系疾患
「アルコールでどのような疾患のリスクが増えるか」を改めて考えてみましょう。飲酒で発症または死亡リスクが上昇する重要な疾患として、がん、心血管系疾患(心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞など)、精神症状・認知症、自殺や事故などが挙げられます。このうち、「少量ならリスクを下げる」とする報告があるのは、がんと心血管系疾患です。
がんについては日本の研究が有名で、1年前のコラムでも紹介した医学誌「British Journal of Cancer」に05年に掲載された「がんになるリスクに対する飲酒の影響:日本における大規模集団研究のデータから(Impact of alcohol drinking on total cancer risk: data from a large-scale population-based cohort study in Japan)」です。「アルコールをまったく飲まない男性は時々飲む男性よりもがんの発症リスクが1割高い」というセンセーショナルな結果ではありますが、よく読むと「時々飲む」というのは「機会があれば少量飲む」という意味で、毎日少量飲めばリスクが上昇することもこの論文では示されています。
この日本の研究以外に、私が知る限りでは少量の飲酒ががんのリスクを下げるとした報告はありません。その逆に少量でもリスクが上がるとするものは多数あります。WHOは1988年の報告で既に警鐘を鳴らしており、その考えは終始一貫しています。現在WHOは「アルコールは少なくとも7種類のがんの原因となる」と明言しています。7種のがんとは、口腔(こうくう)咽頭(いんとう)がん、喉頭がん、食道がん、肝臓がん、大腸がん、直腸がん、乳がんです。
90年代の世界の流行語「フレンチパラドックス」
世界保健機関(WHO)が2023年1月に出した声明=WHOのホームページより
では、心血管系疾患についてはどうでしょうか。「赤ワインが心臓病を防ぐ」と盛んに言われていた時代がありました。喫煙者が多く脂っこい肉を好むフランス人の間で心臓病が少ないのは赤ワインを飲んでいるからではないかと言われ「フレンチパラドックス」という言葉が世界中で流行しました。New York Times の記事によると、そのきっかけとなったのは91年11月に放映された米国のドキュメンタリーテレビ番組「60 Minutes」です。同番組では心臓外科医も登場し、赤ワインが心血管疾患の予防になると主張しました。この番組のインパクトは相当大きかったようで、放映から1年以内に米国の赤ワインの売り上げが4割伸びたそうです。
「赤ワインで心臓病が防げる」となれば世界中でブームが起こるのも必然です。実際、世界のワインメーカー、飲食店が積極的に赤ワインを推薦するようになり、それまでどこか後ろめたい気持ちで飲酒をたしなんでいた消費者も堂々と飲めるようになりました。日本でも赤ワインブームが起こり、ワインセラーを自宅に持つ人が現れ、ワインソムリエを目指す人が急増し、ワイン検定も次々に誕生していきました。いつのまにか赤ワインが健康食品であるかのような風潮さえ生まれました。
医学論文でも証明され「お墨付き」に
医学もその”潮流”に乗りました。特に脚光を浴びたのが97年に医学誌「The New England Journal of Medicine」で発表された論文「米国の中年および高齢者のアルコール消費と死亡率(Alcohol Consumption and Mortality among Middle-Aged and Elderly U.S. Adults)」です。米国の成人49万人を9年間追跡した結果、少なくとも1日1杯の飲酒をする男女の心血管疾患の死亡率は非飲酒者よりも30~40%低いという結果が出たのです。しかも、驚くべきことにその効果は「飲酒レベルとはほとんど関係なく(with little relation to the level of consumption)」というのです(ただし、がんのリスクは飲酒量が多いほど増加することについても触れられていて、無制限に飲酒を推奨したわけではありません)。
「49万人の9年間の調査」ですからエビデンス(医学的証拠)のレベルは高いと言えます。いわば「医学的なお墨付き」がついたわけです。フレンチパラドックスはもはや周知の事実と見なされるようになっていきました。
90年代には既に問題視する論文が登場
しかし、フレンチパラドックスを疑問視する意見が以前からあったのも事実です。例えば、赤ワインが流行し始める前の88年には「飲酒が心血管系疾患の予防になるとする研究には問題がある」ことを指摘した論文が既に存在していました。有名なのは医学誌「Lancet」に1998年に掲載された論文「英国男性のアルコールと死亡率: U 字型曲線の説明(ALCOHOL AND MORTALITY IN BRITISH MEN: EXPLAINING THE U-SHAPED CURVE)」です。対象者のデータを分析すると「少量飲酒者の死亡率が低くなるのは事実だ」と認めた上で、「肉体労働者ではそれは正しいが、非肉体労働者ではそのような現象はない」ことを示し、さらに「最も死亡率が高いのは過去に喫煙していた非飲酒者」であることを明らかにしました。つまり、非飲酒者の心血管疾患のリスクが高いのは「飲酒しないから」ではなく「健康上に問題があるから(飲酒しないけれど心血管疾患のリスクがあるから)」であることを示したのです。
改めてこの論文を読めば、飲酒で心血管系疾患のリスクが下がるわけではないことが分かります。しかし、フレンチパラドックスを肯定した研究に比べて、この研究は世間ではさほど注目されませんでした。やはり、フレンチパラドックスが正しいとする記事やニュースの方が世間から歓迎されたのでしょう。しかし、世間から受け入れられる事象が常に正しいわけではありません。
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2005年に医学誌「American Journal of Preventive Medicine」に論文「米国成人における非飲酒者と少量飲酒者の心血管疾患の危険因子と交絡因子(Cardiovascular risk factors and confounders among nondrinking and moderate-drinking U.S. adults)」が発表されました。対象者の行動調査のデータが分析された結果、「非飲酒者のいくらかは心血管疾患による死亡率の増加に関連する特徴を持っている可能性が高かった」ことが分かりました。もちろん非飲酒者全員が心血管疾患のリスクを持っているわけではありませんが、心血管疾患のリスクを有する人が非飲酒者に多いのであれば、飲酒者の方が心血管リスクが少ないという結果が出るのは当然です。
「不健康だから飲めない人」を非飲酒者として調査
09年に医学誌「Addiction Research & Theory」で発表された論文は、上述の98年の論文を裏付けるかたちとなりました。「少量のアルコールが心血管系疾患のリスクを下げるとする研究は、『不健康だから禁酒した人』を非飲酒者として調査されている」ことを示したのです。「飲酒が心血管系疾患のリスクを下げる」とする研究では「欠陥のあるデータ」が使われていることを明らかにしたと言えるでしょう。
そして22年3月25日、医学誌「JAMA」に掲載された論文が世界中で注目されました。論文のタイトルは「習慣的なアルコール摂取と心血管疾患のリスクとの関連(Association of Habitual Alcohol Intake With Risk of Cardiovascular Disease)」で、研究の対象者は37万1463人と大規模なものです。結果は「アルコール摂取により高血圧及び心血管系疾患のリスクが一貫して上昇する」というものでした。ただし、「少量摂取であればリスク上昇はわずか、量が増えると指数関数的に増加する」とされています。
個人的な意見ではありますが、私自身はこの論文発表をもって「フレンチパラドックスは完全に崩壊した」と考えています。
では、やはり我々に残された道は完全禁酒しかないのでしょうか。まだ飲酒の経験がない未成年にとってはそれが最善かもしれません。しかし、すでに飲酒を楽しんでいる成人はどうすればいいのでしょうか。飲酒にはリラックス効果があり、よく眠れて(飲酒時には良質な睡眠が得られないという指摘はありますが)、他者とのコミュニケーションが潤滑になった(友達ができた、ビジネスがうまくいった)という声もよく聞きます。ということは、たとえ生命科学的には否定されたとしても心理的・社会的に満足している人も少なくないわけです。ならば、がんや心疾患系疾患の(飲酒以外の)リスク因子を取り除く努力を続け、なおかつ「飲み過ぎないよう注意して少量の飲酒を続ける」という選択肢が出てきます。次回は最近当院で人気のある「新しい節酒法」を紹介したいと思います。
特記のない写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。