丸い形をした炎。これは、宇宙船内で燃えるろうそくの火だ。
無重力の宇宙では、火のふるまいも地上とは異なるが、実は宇宙のほうが地上よりものが燃えやすいケースがあることが、近年の研究で明らかになってきた。
研究の背景にあるのは、月面での長期滞在や火星の有人探査など、将来的に見込まれる宇宙での有人活動の増加だ。
そこで課題となるのが“宇宙での火災をどう防ぐか”。研究の最前線を取材した。
宇宙でものを燃やす実験
訪ねたのは、茨城県つくば市にあるJAXA=宇宙航空研究開発機構の筑波宇宙センター。ここで今、「宇宙での火の燃え方」に注目した研究が進められているという。
早速、管制室に案内された。
宇宙にある実験装置を、地上から遠隔で操作するための部屋だ。さまざまなモニターや機器がずらりと並んでいる。
実験装置は、高度400キロ付近を周回する国際宇宙ステーションにある日本の実験棟「きぼう」に設置されている。JAXAでは2年前から、この装置を使ってさまざまな素材を燃やす実験を行ってきた。
重力が無い環境でどのように燃えるのか、地上と比べてどう違うのかを検証することがねらいだ。
宇宙での火災リスク
とはいえ、「そもそも宇宙で燃えるのか?」という疑問がまず浮かぶ。
当然、宇宙空間には酸素が無いため火はつかない。
しかし、宇宙船など人間が生活する環境には酸素があり、電気配線のショートなどで火災が起きるリスクがあるのだ。実際、過去には宇宙船内で火災が発生している。
1997年「ミール」の船内のようす
いまから27年前の1997年には、ロシアの宇宙ステーション「ミール」で酸素を発生させる装置から出火。船内に煙が充満した。
乗組員が炎を消し止めて大きな被害は免れたが、宇宙での火災対策に教訓を残す事故となった。
閉鎖された宇宙船内で火災が起きるとはどういうことなのか。宇宙に3回行った、星出彰彦宇宙飛行士に話を聞くことができた。
星出彰彦 宇宙飛行士
「宇宙空間で住む上で、『空気漏れ』、『有毒ガスの発生』、そして『火災』の3つが緊急事態として定義されている。消防隊が助けに来るわけではないので自分たちで対応しなくてはいけない。まず自分の身を守るために退避して、発火源を特定して消火するが、1人ですべてはできないので、乗組員でうまく手分けをしながら訓練していた」
地上と宇宙の違いは“空気の流れ”
では、地上と宇宙で燃え方はどう違ってくるのか。
冒頭でも紹介したこちらの写真。
右側は地上で燃やしたもので、縦に長い形をしているが、左側と真ん中は宇宙船内で燃やしたもので、丸い形をしている。
こうした違いは、重力の有無によって生まれる。
重力があると「自然対流」と呼ばれる空気の流れが発生するのに対し、無重力では空気が流れず炎の形が変わってくるのだ。
この「空気の流れ」は、火が燃え続ける時間とも関係している。地上では空気の流れで、酸素が運ばれて火が燃え続けるのに対し、無重力では空気は流れず、酸素が運ばれないため、やがて火は消えると考えられる。
この点、宇宙船内では人工的にわずかな流れを作っている。呼吸で吐いた二酸化炭素が滞留して窒息しないようにするためだ。
火災の際には流れを止めて、燃え広がるのを抑える手順になっている。
空気の流れを止めても火が…
そこで今回、実際に空気の流れを止める実験を行った。
燃やすのは透明のアクリル板。
この実験装置は、燃えている途中でも内部の空気の流れを自由に調節することができる。専門家やJAXAの職員が見守るなか、実験が始まった。
細長い試料の右端に電熱線で着火すると、右から左に向かってアクリル板が溶けながら燃えていく。
最初はわずかな空気の流れがあったが、しばらくすると完全な静止状態に。
しかし、予想に反して燃え続け、最終的には試料がすべて燃えてしまった。専門家も驚く結果だった。
北海道大学 藤田修教授
「途中で空気の流速をゼロにした時は、酸素の供給が減るので、だんだん炎が弱くなって、最後は消えると予想していたが、予想以上に燃えるので少しびっくりしている。最初に仮定していたこととは違う結果が出ているので、新しい発見が入っている」
宇宙のほうが燃えやすい?
さらに、条件によっては地上よりも宇宙船内のほうが燃えやすいケースがあることもわかってきた。
この実験で燃やしたのは「ろ紙」。ポイントは酸素の濃度だ。
地上(左)では、ものが燃える限界に近い16.5%の酸素濃度に設定すると、着火後すぐに火は消えてしまった。
一方、宇宙船内(右)では、酸素濃度をさらに低い16%~15.5%にしても、燃え続ける場合があることがわかった。
ここにも「空気の流れ」が影響しているという。空気の流れには、酸素を運ぶだけでなく、「火を吹き消す」作用もある。
無重力の宇宙船内は地上と比べて空気の流れが弱いため、火が吹き消えずに持ちこたえたというのだ。
実験を担当するJAXAの菊池政雄さんは、宇宙での火災を防ぐ上で、遅い流れの影響を考慮する重要性を指摘する。
JAXA有人宇宙技術部門 菊池政雄さん
「材料によっては、地上では消えるような酸素濃度でも、宇宙船内では火が燃え続けることがわかってきた。実際の宇宙船内での火災安全性を考える上では、非常に低速の流れで材料が燃えるのか、燃えないのかを理解することが本質的に重要になってくる」
宇宙で燃えにくい材料を
今回の実験は、宇宙での火災を防ぐ対策にどうつながっていくのか。
JAXAなどが目指しているのが、宇宙で使う材料の安全性を評価する国際的な基準づくりだ。火災を起こさないためには、宇宙船などに燃えにくい材料を使うことが重要になる。
これまでは、NASA=アメリカ航空宇宙局の基準が使われてきたが、これは地上の試験で燃えやすさを判定するものだった。
このためJAXAは、実験で難燃性の繊維や電線の被覆材なども燃やしてデータを集め、重力の影響を考慮した新しい基準づくりにつなげたいとしている。
火を使う人類が宇宙へ
今後は宇宙での有人活動の増加が見込まれる。
アメリカが主導し、日本も参加する国際月探査プロジェクト「アルテミス計画」。
2026年には宇宙飛行士が月面に行き、将来的には月面での長期滞在や火星の有人探査も見据えている。
そうしたなか、今回の実験の意義について星出さんはこのように話した。
星出彰彦 宇宙飛行士
「将来、より多くの人が宇宙に行く時代、より遠く月面や火星に行く時代に向けて、安全というキーワードは非常に重要な課題で、最優先されている。月面だと地球の6分の1の重力なので、火も含めていろいろな挙動が地上や宇宙ステーションとも異なり、新しい訓練や安全のシステムを考えると思う。それに寄与するいい知識が得られるのではないか」
また、JAXAの菊池さんは、人類が将来的に宇宙で火を使うことに向けても、火の理解が重要だと話した。
JAXA有人宇宙技術部門 菊池政雄さん
「火を使うというのは人間の1つの特徴的な点だと言われているが、この地球の重力環境で目にする現象しかわかっていない。無重力環境や月面のような低重力環境で、火がどう振る舞うのかを理解して、正しく使いこなせるようになることで、初めて宇宙に広がる人類として少しステージアップする。その第一歩だと思っている」
火を安全に使いこなすことで進化してきた人類。宇宙での活動を増やそうとするいま、火に関する理解を深めることも重要になる。今回の実験が具体的な火災対策につながることを期待したい。
(2024年8月25日 おはよう日本で放送)
津放送局記者
長谷川 拓
2014年入局
福島放送局を経て2019年から先月まで科学文化部に所属
原子力分野を担当