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記者会見に臨むドジャースの大谷翔平選手(右)。隣は通訳を務めていた水原一平氏=ソウル市内の高尺スカイドームで3月16日、坂口裕彦撮影
米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手の通訳だった水原一平氏がスポーツ賭博に関わったとして解雇されました。水原氏は、450万ドル(約6億8000万円)もの借金があり、自らを「ギャンブル依存症だ」と語ったと報じられています。そもそもギャンブル依存症とギャンブル好きは何が違うのでしょうか。治る病気なのでしょうか。身近な人がギャンブル依存症になってしまったらどうしたらよいのでしょうか。ギャンブル依存の治療を行っている、国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の松下幸生(さちお)院長に、聞きました。
――ギャンブル好きな人とギャンブル依存症の差は何なのでしょうか。
◆実生活に影響が出るかどうかが、大きな違いです。社会生活や家庭生活に影響が出ることがなければ、ただのギャンブル好きで、依存症ではありません。顕著なのは借金ですね。依存症の方は、自分が払える以上のお金をギャンブルに使ってしまいます。
病気としての診断基準は九つあります。
・だんだん賭けるお金が増えていく
・やめよう、減らそうとしてもできない
・ギャンブルをしないでいると落ち着かない、イライラする
・ギャンブルのことを考えている時間が長い
・ギャンブルで負けたお金をギャンブルで取り返そうとする(負けの深追い)
・気持ちが沈んだときに気分転換のためにギャンブルをする
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・ギャンブルをしていることを隠す、そのためにウソをつく
・社会生活や家庭生活に悪影響が出ている
・ギャンブルのために借金をする
このうち四つ以上あてはまれば、ギャンブル障害・ギャンブル依存症と診断できることになっています。
久里浜医療センターの松下幸生院長=同センター提供
――大谷選手の通訳だった水原さんは、6.8億円を流用したとされています。ギャンブル依存症では、よくあることなのでしょうか。
◆いいえ、私どもの外来に来てくださるような患者さんは、借金が数百万円台という方が多く、1000万円台になると多いなと感じます。
ギャンブルの種類にもよりますが、パチンコの場合は、他のギャンブル依存の方と比べると少額で、100万円、200万円ということが多いです。競馬や競輪、競艇ですと、上限なく賭けられるので借金額が増え、人によっては1000万円という方もいらっしゃいます。極端に額が多いのは、FX・為替ですね。下手をすると、億の負けを作ってしまう方はいます。
ただ、依存かどうかというのは借金の額で決まるわけではありません。大谷さんの通訳の方は、どういう経緯かはわからないですが、たまたまそうできる状況だったから、そうした額になってしまったのかもしれないです。ただ、普通にあることではないですね。
――まわりが借金を肩代わりするのはいけないのでしょうか。
◆はい。肩代わりしないのが原則です。借金を肩代わりするということは、本人がギャンブルをしやすくすることにつながります。
よくあるのが、内緒でギャンブルをして、軍資金を作るために借金をして、返せなくなって借金が膨らんでしまう。相談を受けた家族がびっくりして、「もう、ギャンブルやらない」という約束のうえで、借金を肩代わりする。しばらくやめる人もいますが、時間がたつとまたギャンブルを始めて借金を作り、同じことをくり返す。よくあるパターンです。
ご家族もつらいでしょうけれど、ぐっとこらえましょう。それをきっかけに、ギャンブルの問題をきちっと話し合ってもらうのがいいのではないかと思います。
――ギャンブル依存症は、どのように治療するのでしょうか。
◆ギャンブル依存症には薬がありません。薬を飲めば、ギャンブルを減らせる、やめられるというようなことはありません。ですから、心理社会的治療が中心になります。具体的には、ギャンブル依存の人の考え方を修正していく「認知療法」、生活や行動を変えることでギャンブルから離れる「行動療法」を行います。
まず、認知療法ですが、ギャンブル依存の人はギャンブルに対して、偏りのある独特の考えを持っています。例えば、負けが続くと勝ちが近いと感じる▽ギャンブルで負けたのに、資金を得るために借金して、勝って返せばいいと考える▽勝った時のことはよく覚えているけれど、負けた時のことは覚えていない――などです。
こうした考え方について「冷静に考えると、常識と外れたような考え方ではないか」と、最終的にはご自身で考え、気付いていただきます。
「行動療法」というのは、例えば、パチンコ依存の人であったら、パチンコ屋さんのそばを通らないようにする、というのがわかりやすいかと思います。アルコール依存の方もそうなのですが、自分が依存しているものを思い出したり、あるいは、思い出させるような刺激があったりすると、脳が非常に強く反応するんですね。そういうものから離れていると、普通に過ごすことができます。そういうものに触れないように、生活を変えていくのです。
例えば、お金を持っているとやりたくなるからと、お金を持ち歩かないようにしている方は多いです。ICカードにお金を入れて、現金化できないようにしたという方や、お金はご家族に管理してもらい、給料はすべて預けてお小遣い制にしたという方もいらっしゃいます。
また、ギャンブルをやめるだけでなく、ギャンブルの代わりになる行動を見つける「代替行動」も、おすすめしています。例えば、体を動かすという方もいらっしゃいますし、お料理がギャンブルの代わりになったという男性もいらっしゃいます。子育てをしている年代の方も多いのですが、子どもと遊ぶ時間を増やす、家庭を大切にするというのが代わりだという方もいらっしゃいます。
スポーツ観戦という方もいらっしゃいます。ただ、今回の通訳の方は、スポーツ賭博と言われているので、スポーツ観戦はよくないかもしれませんね。なるべく、ギャンブルとは関係ないものを代替行動にするのがよいと思います。
――ネット交流サイト(SNS)でパチンコ依存症の治療法として「換金できないパチンコを打たせ続ける」というのを目にしましたが。
◆よい方法だとは思わないです。「代替行動」はなるべく賭け事でないもの、依存性のないものをとご説明しています。
――どれくらい時間をかければ、治るのでしょうか。
◆依存症は、どうすれば「治った」と言えるのかが、非常に難しいですね。しばらくやらないでいても、何かのきっかけでやってしまうとまた、だんだん元に戻る傾向があります。大切なのは、1日でも長くやめ続けることです。治療を何回受けたら終わり、ということは言えません。
我々のセンターではギャンブル依存症に対して、計6回のプログラムを行っています。多くの方は月1回の通院で、6回受けていただくのに半年かかります。依存は再発が多いですから、6回受けてもらった後に、再発予防のために2周目に入る方、さらにプログラムを繰り返す方もいらっしゃいます。
――ギャンブル依存症には神経伝達物質のドーパミンが関わっているとも聞きます。「薬はない」ということですが、ドーパミンを調整して治療することはできないのでしょうか。
◆ドーパミンが出てくるのを遮断する統合失調症の薬があり、それが役に立つのではという仮説はあります。しかし、治療に応用するところまでは至っていません。
アルコール依存症の治療には、ドーパミンと同じような働きをするオピノイドという神経伝達物質に関わる薬が使われており、ギャンブル依存症にも使えないかと研究されています。しかし現時点では、ギャンブル依存症に効果があると認められた薬は、世界中どこにもありません。
――家族や身近な人がギャンブル依存症かなと思ったら、どうしたらよいのでしょうか。
◆その方とどういう関係にあるのか、また、ご本人がギャンブルの問題をどう思っているかにもよると思います。もし、ご本人も「おかしい」と思ってらっしゃるようであれば、専門医療機関を受診するのがよいかと思います。精神保健福祉センターという行政機関も、相談に応じています。依存症は当事者の自助グループもありますが、ギャンブルであれば「GA」という当事者のグループがありますし、「ギャマノン」という家族会もありますので、そういったところにご相談いただくのもよいと思います。
男性がGAのメンバーから贈られた依存症からの回復を祝う寄せ書きや、GAが配布する依存症からの回復期間を祝すメダル=和歌山県湯浅町で2020年4月20日午前11時57分、木原真希撮影
――周囲から見ると依存症であっても、本人が認めないというケースもあると思います。こうした場合はどうしたらよいでしょうか。
◆その方の置かれている状況にもよりますので、「こうすればいい」と一概にいうのは難しいと思いますが、ご家族がギャンブルの問題に気が付いていて、ご本人が認めようとしない場合は、口論になってしまうことが多いですね。でもそれは、「効果がない」というのははっきりしています。しかったり、なだめたり、ペナルティーを科したりしても、意味がありません。本当に依存症になっていれば、それは病気の症状でやっていることなので、まわりがいくら「やめろ」と言ってもやめられません。とにかく冷静に話し合える環境をつくることが大切だろうと思います。
同じことを伝えるにしても、伝え方、話し方によって結果が変わってきます。ご家族がどういう点が心配なのかを伝え、ご本人が認めやすいような話し方にもっていくことが大切です。ご本人を受診につなげるための話し方、伝え方で「CRAFT」という方法がありますが、紹介している本もあるので読んでいただくのもいいかなと思います。
ひとことで「ギャンブル依存症」と言っても、いろんな方がいらっしゃいます。家族会には、さまざまな方の相談に応じている方がいらっしゃいますので、話を聞いてもらうのが、いいのではないかと思います。また、私どもの医療機関もご家族からの相談に応じておりますので、相談していただければと思います。
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伊藤奈々恵
医療プレミア編集部
2005年入社。熊本・筑豊・青森の各支局、科学環境部などを経て、23年5月より医療プレミア編集部。共著に「誰が科学を殺すのか 科学技術立国『崩壊』の衝撃」(毎日新聞出版)、「下北『核』半島のいま」(志學社)。