「ギンギラギンにさりげなく」
「ジュリアに傷心」
「なんてったってアイドル」
80年代、日本で大ヒットしたあの曲がいま、韓国で話題となっています。
人気グループNewJeansのメンバー、ハニさんが歌った松田聖子さんの「青い珊瑚礁」は、SNSで瞬く間に拡散。
いったいなぜ韓国で、80年代の歌謡曲なのでしょうか。
(前ソウル支局長 青木良行)
異例の高視聴率を記録
韓国のケーブルテレビ向けの放送局・MBNがことし4月から5月にかけて放送した「韓日歌王戦」。
韓国で放送された番組「韓日歌王戦」
日韓の女性歌手が歌で対決する番組で、出演者は日本や韓国の歌謡曲を歌います。
通常の歌番組の視聴率は数パーセントなのに対して、日本の歌謡曲を積極的に取り上げたこの「韓日歌王戦」は、最高視聴率が15%という異例の大ヒットとなりました。
両国の歌手が日本の歌謡曲を歌った動画はYouTubeの番組公式チャンネルでも公開され、1981年に発売された近藤真彦さんの「ギンギラギンにさりげなく」は600万回以上、テレサ・テンさんの「時の流れに身をまかせ」も400万回の再生回数を記録しています。
規制かいくぐり親しまれた歌謡曲
韓国では、文化産業保護の観点や過去の歴史からくる国民感情から、テレビやラジオで日本の音楽が流れることはほとんどありませんでした。
1998年以降、日本の大衆文化が段階的に開放されるようになってからも、日本語の歌を放送することやコンサート会場で日本語の歌を歌うことについては自主規制が続き、その傾向は変わりませんでした。
日本の音楽が開放された時のCDショップ(ソウル 2004年)
ただ、その一方で、開放前から人々はいわゆる海賊版などを通じて、ひそかに日本の歌に親しんでいました。
このため、番組を立ち上げたプロデューサーのソ・ヘジンさんは「80年代の日本の歌を扱えば人気は出るはずだ」という確信があったと言います。
クレアスタジオ代表 ソ・ヘジンさん
ソ・ヘジン代表
「私は1970年生まれで、中学、高校、大学とJ-POPから大きく影響を受けました。
私と同じような人たちが年をとって、学生時代に大ヒットした日本の歌を聴けば、懐かしい気持ちになり、昔のことを思い出すという確信を持って制作しました。
番組に出演する日本の歌手はとても上手なので、こんなにうまく歌っている子たちがなじみのある日本の歌を歌えば、タブーは自然に乗り越えられるのではないかと思いました。
韓国人の情緒も大きく変わって、政治と文化を切り離して考える、市民意識のようなものが大きく成熟したと思います」
「日本の歌手の歌がいい勉強に」
「韓日歌王戦」の大ヒットを受け、MBNでは5月から新たな歌番組「韓日トップテンショー」をスタート。
「韓日歌王戦」に出演していた日韓の歌手たちが引き続き共演し、毎回、80年代に日本でヒットした歌謡曲を歌い上げます。
8月上旬、収録現場を訪れ話を聞いたのは10代のチョン・ユジンさんです。
「韓日トップテンショー」で歌うチョン・ユジンさん
チョンさんは1986年のテレサ・テンさんのヒット曲「時の流れに身をまかせ」を歌って話題となりました。
番組に出演する前から、優里さんやあいみょんさんなどJ-POPはよく聞いていましたが、番組出演をきっかけにより多くの歌謡曲に出会ったことで、自分の歌を磨く機会にもなったと言います。
チョン・ユジンさん
「日本の歌が好きで普段よく歌っているので、舞台で、私の好きな日本の歌が歌われているのを見るだけで、本当にありがたくて光栄と思います。
日本の歌手の方々が日本の歌を歌う時、私たちにはいい勉強になります。また、日本の歌の中でも、韓国ではあまり知られていない歌を歌う時もあります。その時はこんな曲もあるんだと知り、刺激を受けています」
日本の高校2年生が人気歌手に
日本の歌謡曲の人気で、日本の歌手が活躍する場も広がっています。
番組に出演する日本の歌手では最年少の住田愛子さんは現在、高校2年生。
住田愛子さん
日本でのオーディション番組がきっかけで「韓日歌王戦」に出演、現在は日本と韓国を行き来しながら活動しています。
韓国の人たちが日本の歌手を受け入れてくれるのは、歌謡曲の力が大きいと感じています。
住田愛子さん
「ファンの方々の盛り上がりには自分が一番追いつけていないです。
日本の学校では友達に自分の活動のことを話していなかったのですが、SNSで『こんな活動してたの? かっこいい』と声をかけてもらうことが多くなりました。
韓国だけではなく日本の人にも伝わっているんだとちょっと感動しました」
「韓国ではまだ、地上波で日本人の歌手が日本語の曲を歌うというのが難しい状況だと思います。
そうした中で、私のようなまだ無名の歌手が歌う日本の曲を韓国のみなさんに聴いて頂けるのは本当にありがたいことなんだなと、実感しながら毎回ステージに立つようにしています」
韓国で広がる日本の歌謡曲
番組で人気となった日本の歌手たちは8月、ソウルとプサンでコンサートを開きました。
このうちソウルの会場では1300の観客席がほぼ満席になりました。
日本人歌手によるコンサート(ソウル)
オープニングに選ばれたのは、動画でも大ヒットした「ギンギラギンにさりげなく」。
このほかにも日本の歌謡曲を中心におよそ60曲が披露され、中高年が中心の観客の中には一緒に口ずさみながら歌を楽しんでいるファンもいました。
コンサート会場では、開演の2時間以上前からファンの人たちが待機していましたが、その中でもひときわ目立っていた男性に声をかけました。
全身緑色の服を着ていたパク・ヘチュン(朴海春)さん、聞けば、住田さんの大ファンだそう。
緑は住田さんが好きな色で、ステージからよく見えるように着てきたそうです。
パクさんはこれまで日本の歌を聴くことはありませんでしたが、番組を通じてすっかり日本の歌手と歌の魅力のとりこになったと言います。
住田愛子さんのファン パク・ヘチュン(朴海春)さん
パク・ヘチュンさん
「日本の歌手は高い音がとてもいい、韓国の歌手よりも上手だと思います。聞き心地が良くて、胸に突き刺さります。
歌の意味は分かりませんがメロディーが感動的です。特に『愛染橋』(山口百恵さんの歌)は号泣ものでした」
音楽を通じた交流 専門家はどう見る?
日韓の音楽史に詳しい北海道大学大学院のキム・ソンミン(金成ミン、ミン=王へんに文)教授は、日韓の音楽市場はすでに、いわば相互乗り入れの状態に入っていると指摘した上で、音楽界の交流が両国関係全体に影響を与えると予測しています。
北海道大学大学院 キム・ソンミン教授
キム・ソンミン教授
「日本と韓国では、国の枠組みを超えた人々の新たな交流やつながりも生まれています。
これまでは政治的な国と国の関係が、文化交流にどう影響を与えるかという視点で語られることが多かったですが、現在のように、文化を通じて蓄積した大衆の経験、あるいは感性の共有・共感が、日韓の課題、日韓関係を今後どのように変えていくか、そういうところにも注目する必要があると思います」
取材を終えて
韓国で長年、規制されてきた日本の歌の放送やコンサート。
8月のコンサートの取材中、そうした“タブー”が、純粋なファン、そして懸命に歌う日本の歌手によって、自然と乗り越えられていることに感動し、目頭が熱くなりました。
日本の歌を正面から取り上げたMBNでは当初、世論から批判を浴びることにならないか懸念もあったと言います。
しかしそれは杞憂に過ぎませんでした。
私と同じ50代、番組を立ち上げたプロデューサーのソ・ヘジンさんは近藤真彦さんの大ファンで「いつか番組に出演してほしい」とも話していました。
韓国での日本の歌の人気、まだ当面続きそうです。
前ソウル支局長
青木 良行
1994年入局 20年以上にわたり朝鮮半島関連ニュースの取材・制作に携わる
2021年から2024年7月までソウル支局長 将来の夢は韓国語通訳