「今までの自動車ビジネスの延長線上では新興勢力に勝てない」
次世代EVに関する会見で、ホンダの三部敏宏社長は危機感を込めて、こう語った。
ホンダは新たに開発したEV専用の車種を2026年から世界で展開する。
アメリカのテスラや中国のBYDなど、新興メーカーが世界のEV市場を席けんする中、あらゆる最新技術を取り入れた次世代EVを投入し、巻き返しを図る戦略だ。
その最前線を見てきた。
(経済部記者 西園興起)
ホンダが目指す次世代EV
まるでSFに出てくるような近未来的な見た目。
ホンダが「0シリーズ」と名付けて世界展開する次世代EVのコンセプトモデルはそんな印象を抱かせた。
2026年から北米をはじめ、日本を含むアジア、ヨーロッパなどで順次、投入する計画だ。
2040年に販売する新車のすべてをEVと燃料電池車にする目標を会社として掲げる中、新たなEVはこうした戦略が成功するかどうかの試金石とも言える。
従来の延長線上とは異なる車づくりを目指したとする三部社長。
会見ではEVの分野で先を行くライバルメーカーを名指しし、自社の生き残りのためには新たな商品価値を生み出すことが欠かせないとして、危機感をあらわにした。
ホンダ 三部敏宏社長
三部敏宏社長
「100年に一度の変革期と言われるが、今までの自動車ビジネスの延長線上では新興勢力にやっぱり勝てないということが現実として見えている。BYDやテスラとかの価値に対抗するには、やはり、われわれの既存の価値観の延長線上では駄目だと明確になってきた。世界で勝てる価値を作っていかないかぎり、われわれの規模感だと残れない」
足元は鈍化も拡大続くEV市場
新興メーカーが先を行くEV市場は拡大を続けている。
足元ではヨーロッパやアメリカで販売の失速も指摘されているが、それでもことし6月までの半年間に世界で販売されたEVの台数は423万台に上り、去年の同じ時期と比べて8%余りの増加となっている。
おととし1年間の販売台数が720万台(前年比で約66%増)、去年1年間は908万台(前年比で約26%増)と、これまで販売は急速に拡大してきた。
脱炭素の取り組みが止まらないかぎり、中長期的にEV市場は拡大していくというのが大方の見方だ。
そして、世界の販売シェアに目を向ければ、去年はアメリカのテスラが19.3%でトップ、次いで中国のBYDが16.0%で続く。
高級EVとしてブランド力があるテスラ、コスト競争力に強みを持つBYDの2社で世界シェアの3割以上を占める計算だ。
一方の日本勢は日産自動車が1.5%、トヨタグループは1%、ホンダは0.2%といずれも存在感は薄い。
走行距離伸ばすカギは“薄型化”と“軽量化”
この状況をどう打開するのか。
ホンダが力を入れるのが車体の軽量化などによる走行距離の拡充と生産効率の向上によるコスト削減だ。
開発中のEVは1回の充電で480キロ以上の走行距離を目指すが、実現のカギを握るのが“薄型化”と“軽量化”だ。
開発中のクルマの車高は1.4メートル以下。
車高を低くして空気抵抗を最小化することで走行距離の改善につなげるねらいだ。
一方で、車内の空間を確保しつつ、車高を低くするにはモーターなどの動力装置やバッテリーの小型化が欠かせない。
このため、新たに開発したのが薄型のバッテリーパックだ。
薄型バッテリーパック
バッテリーを多く積めば、走行距離を伸ばせる一方、車内空間は狭くなってしまう。
そこで、バッテリーケースの構造を工夫して、中に入るバッテリーの容量を拡大しつつ、ケースの厚さをこれまでより8ミリ薄くした。
また、ハイブリッド車の開発で培った技術も生かしてモーターなどの動力装置を小型化した。
さらに、これまでのEVと比べて100キロほど車体の軽量化も進めるなど、さまざまな工夫を重ねて走行距離を伸ばそうとしている。
最新技術で製造コストも削減へ
また、製造コスト削減に向けては「メガキャスト」と呼ばれる新たな生産設備の導入に踏み切った。
現場で目にしたのは、高さが2メートル、横幅が1.8メートルある大型の金型だ。
バッテリーを入れるケースを鋳造するこの金型に溶かしたアルミを流し込み、大型の部品を一体成形する。
これまで60を超える部品を組み合わせて作られていたケースが、5部品で作ることができるようになり、コスト削減につながる。
AIなど最新技術で新たな体験を
EVとしての性能に加え、いわゆる「車の知能化」の領域でも新たな価値の提供を目指している。
その1つが生成AIを活用したドライバーへの提案や運転支援だ。
車の内外に取り付けられたカメラが周囲の景色やドライバー、同乗者の行動を分析して、さまざまな提案を行うのが特徴だ。
例えば、子どもが乗っていた場合には、子ども向けの音楽を提案して流してくれる機能があるほか、友人同士で乗っている際にはおすすめのドライブルートの提案も行う。
ドライバーの表情などから休憩を取るよう促す機能もあり、私が試した際にはAIから「疲れているようです」と指摘された。
栃木の工場への日帰り出張で、早朝に家を出たので、やや疲れていたかもしれない。
AIからの提案を体験する記者
さらに、「レベル3」と呼ばれる高度な自動運転の本格的な実現も目指す。
今、多くの車で実用化されている機能は「レベル2」で、クルマがハンドルやブレーキを操作している場合でも、ドライバーが常時、運転の安全に責任を負う。
しかし、「レベル3」の場合、クルマが運転している間はドライバーは周囲を気にすることなく、目を離して映画やドラマを見ることもできるという。
会社は2020年後半に高速道路での実現を目指していて、実現すれば、車内の体験もこれまでとはまるで異なったものになるかもしれない。
EVシフトへの対応は部品メーカーも
一方、EVシフトは部品メーカーにも変化への対応を迫っている。
エンジンからモーターへと動力がシフトすれば、旧来の部品は不要になっていくからだ。
「ここにある部品は、かなり試行錯誤してつくったものだったのだけど…」
神奈川県小田原市に本社がある部品メーカー「コイワイ」の小岩井豊己社長は受注がなくなった部品を前にして唇をかんだ。
この会社では鉄やアルミを加工して、主に自動車向けに部品を製造している。
シリンダーやマフラー関連などエンジンまわりの部品を数多く手がけ、ピーク時の6年前には600種類を超える部品を製造していた。
しかし、エンジンまわりの部品の受注が減少し、今では製造する部品の種類はおよそ4割減少したという。
さらに危機感を強めたのは去年6月。
技術部門の社員たちがドイツで開かれた自動車部品の展示会を訪れた際のことだ。
会場ではエンジン車の部品の展示が減っていた一方、EV向けの展示は増えていたという。
このため、去年夏からEV向けの部品開発に本格的に取り組み、軽くて強度があるアルミ製の部品を試作している。
これまで培った技術を生かして大型の3Dプリンターで製品の型を作り、去年12月には試作品を完成させた。
通常は80以上の部品を組み合わせて製造する車体のフレームを1つの大きな部品として作ることに成功し、すでに自動車メーカーからは試作品の引き合いが増えているという。
部品メーカー「コイワイ」小岩井豊己社長
小岩井豊己社長
「自動車は100年に一度の変革期と言われているが、鋳物業界にも変革期が訪れている。技術を高め、なんとしても市場のニーズに応えていきたい」
ものづくりで“新たな価値”提供できるか
米中の新興メーカーの躍進が目立つEVの分野だが、日本メーカーも今後、投資を加速させる計画だ。
トヨタ自動車が2030年までにEV関連に5兆円規模の投資を計画しているほか、ホンダはEVの生産拡大や技術開発、自動運転などのソフトウエア開発の強化に向けて2030年度までの10年間に10兆円を投資する計画だ。
日産自動車も2026年までの5年間にEVの開発などに2兆円を投資する。
100年に一度の変革期と言われる自動車産業では、EVの普及に加えて、自動運転などクルマの制御に使われるソフトウエア開発の重要性が高まっている。
一方で、不確実性が高く将来が見通せない中、限られた経営資源をどこに投入し、いかに新しい価値を生み出せるかがメーカーの浮沈を大きく左右する。
アメリカのテスラはことし10月、ハンドルやペダルがない完全自動運転のEVタクシーの試作車を発表した。
中国のBYDも強みであるバッテリーの技術開発などに磨きをかけている。
日本の自動車メーカーは世界にどんな価値を提供できるのか。
底力が試されている。
(10月9日「おはよう日本」で放送)
経済部記者
西園 興起
2014年入局
大分局を経て経済部
国土交通省やエネルギー、金融の担当を経て
現在は自動車産業を取材