「アメリカ合衆国を救い、イスラエルを救おう」
トランプ前大統領がこう言えば、バイデン大統領も「イスラエルとともにある」とビデオメッセージで訴える。
ワシントンで開かれたイスラエルを支持する大規模なイベントでの一幕だ。
なぜアメリカはイスラエルを支持し続けるのか。その背景を取材し、見えてきたものとは。
(ワシントン支局記者 西河篤俊)
わずか11分で国家承認?
“特別な関係”と称される、アメリカとイスラエルの関係。そう呼んだのはあのケネディ大統領とされる。
両国の歴史はさらにさかのぼる。
アラブ諸国との対立の中で、イスラエルが建国を宣言したのは1948年。世界に先駆けて、承認したのがアメリカだった。
宣言からわずか11分後だった。
イスラエルの独立を宣言するベングリオン首相 (1948年5月14日)
その特別な関係を象徴するのが多額の軍事支援だ。
アメリカがイスラエルに提供する軍事支援は、年間で38億ドル規模。アメリカの軍事支援先としては、イスラエルが世界でダントツトップだ。
さらに、10月7日のハマスによる奇襲攻撃を受けて、アメリカは弾薬や砲弾などを追加で支援している。イスラエルが中東で軍事作戦を継続するには、アメリカの軍事支援が欠かせないのだ。
「私たちは誇り高きユダヤ人」
なぜ、アメリカ政府は、国際社会からの批判を浴びてもイスラエルへの支援を続けるのか。
まず挙げられるのは、「イスラエル・ロビー」と呼ばれるユダヤ系の団体の存在だ。
こうした団体は全米に300以上あるとされ、豊富な資金力を背景に政治や社会に大きな影響力を持っていると指摘されている。
9月下旬、首都ワシントンの高級ホテルで行われた、イスラエルを支持する大規模なイベント。
ユダヤ系アメリカ人やイスラエルを支持する人たち、4000人以上が3日間にわたり、全米から集まった。
去年10月、イスラエルがハマスの奇襲攻撃を受けてから1年となるのを前に、犠牲者の追悼や人質の解放を求めようと開かれたこのイベントでも、大口の献金者が存在感を見せていた。
その1人がミリアム・アデルソン氏。カジノ業界の実力者で、大富豪だ。
「私たちは誇り高きユダヤ人であり、誇り高きイスラエル人であり、誇り高きアメリカ人です。私たちを支持する人たちに敬意を表しましょう」
アデルソン氏がこう呼びかけると会場は大きな盛り上がりに包まれた。
民主も共和も「イスラエル支持」
会場には大物政治家や高官が次々に駆けつけた。
バイデン大統領の「われわれはイスラエルとともにある」というビデオメッセージに続いて登場したのはバイデン政権の高官。
ホワイトハウスで中東地域を担当するマクガーク調整官。
人質の解放交渉にもあたるキーマンで、ふだんはあまり表舞台に姿を見せない人物だ。
野党・共和党からは下院ナンバー3のステファニク議員が登壇。さらに選挙戦の地方遊説の合間をぬって、トランプ前大統領も姿を見せた。
演説中、ハマスに人質として拘束されていたイスラエル人の男性をサプライズで壇上に招くと、会場では大きな拍手と歓声があがった。
トランプ氏と人質だった男性
「歴代で最もイスラエル寄りの大統領」と自らを呼ぶトランプ氏。
エルサレムをイスラエルの首都と認定したり、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転するなど、イスラエル擁護の姿勢をとり続けた。
娘婿のクシュナー氏は敬けんなユダヤ教徒で、娘のイバンカ氏も結婚を機にユダヤ教に改宗したことでも知られている。
選挙も意識して、参加者にこう訴えた。
「4年前、私が大統領を退任したとき.アメリカとイスラエルはかつてないほど安全で、緊密で、強固な関係だった。ハリス氏が大統領になれば、イスラエルは2年以内に消滅するだろう」
危機感強める「イスラエル・ロビー」
「イスラエル・ロビー」がいま、危機感を持っているのが、アメリカ国内でイスラエルに反対する動きが出ていることだ。
抗議活動を行う若者ら(ニューヨーク 2024年9月)
ガザ地区で民間人の犠牲者が増えるにつれ、アメリカでは学生など若者を中心に、パレスチナへの連帯を呼びかける抗議デモが起きた。
ガザ地区での戦闘について、イスラエルとパレスチナ、どちらに同情するか、アメリカの人たちに尋ねた調査がある。
アラブ系アメリカ人の団体が今年9月に発表したものだ。
18歳から34歳の若者の間では、「パレスチナ側により同情する」と答えた人が27%、「イスラエル側により同情する」と答えた人が13%だったのに対し、すべての世代では「パレスチナ側により同情する」が13%、「イスラエル側により同情する」が30%で、若者の考えが他の世代とは異なることがうかがえる。
この傾向について、専門家は「若者は、人権や差別について敏感な傾向があり、SNSなどを通じてガザ地区の情報や映像に触れる機会が多いからではないか」と分析している。
「神がイスラエルをユダヤ人に与えた」
アメリカがイスラエルを支持するもうひとつの背景がある。それは宗教的な価値観だ。
特に影響力が大きいと指摘されるのが、「キリスト教福音派」だ。
福音派は聖書の内容を忠実に守ることを重視する人たちで人口の4分の1を占め、アメリカ最大の宗教勢力とも言われている。
聖書の一節を、神がイスラエルをユダヤ人に与えたと解釈しイスラエルを支持している。
その福音派の教会で選挙集会が開かれると聞き、9月下旬、激戦州の1つノースカロライナ州に向かった。
集会の4時間ほど前に現場に着くと、教会の前には大勢の人が列を作っていた。
待っている間に、イスラエルについてどう思うか、尋ねてみた。
福音派集会に参加した女性
福音派の女性
「神はイスラエルの人々を使って人々を神のもとに引き寄せました。イスラエル人あってこそのキリストだと信じています。だから大切な存在なのです」
福音派の女性
「イスラエルはキリスト教徒として極めて重要な要素です。福音派としてイスラエルに寄り添わなければなりません」
政治への影響力も大きい「キリスト教福音派」。
この日の集会でも次々と地元の牧師が登場し「キリスト教徒が政府に関与しなければ、神に反対し聖書の価値観を否定する者が将来を決めることになる」と訴えていた。
教会の中が盛り上がったところで登場したのが共和党の副大統領候補のバンス氏。福音派を意識した発言を繰り返した。
「今回の選挙は、キリスト教徒が信仰を生きることが許されるのか、キリスト教徒の主義を主張することが許されるのか、それを根本的に問うものだ」
ハリス氏はイスラエルに厳しい?
アメリカの政治家たちのイスラエル支持の立場を象徴する出来事が今年7月にあった。
ガザ地区への攻撃に対し、イスラエルに対する国際的な非難が高まるさなかに、ネタニヤフ首相をアメリカ議会に招待したのだ。
米議会で演説するネタニヤフ首相 (2024年7月)
一部、民主党の議員は欠席したが、多くの議員はスタンディングオベーションで出迎えた。
このとき態度が注目されたのが、ハリス副大統領だった。元検察官の経歴を持ち、人権問題にも積極的に取り組み、パレスチナの人道状況に懸念を示してきたからだ。
ネタニヤフ首相の議会演説には欠席。さらに、ネタニヤフ首相との会談後には力強くこう述べた。
「多くのガザの人が命を落としています。私は黙っていません」
その後、民主党の大統領候補に選ばれたハリス氏。イスラエルに対し、厳しい姿勢で臨むのではという見方も出ていた。若者やアラブ系住民はハリス氏の支持層だからだ。
そうしなかで迎えた、8月の民主党の党大会最終日。大統領としてのリーダー像をアピールする場だ。
民主党全国大会で演説するハリス氏 (2024年8月)
ハリス氏はガザ地区の状況を「胸が張り裂けそうだ」と述べ、停戦に取り組んでいると強調した。
一方で、こうも述べた。
「私はいかなる時もイスラエルの自衛の権利を支持する。なぜならイスラエルの人たちがハマスというテロ組織によって引き起こされた恐怖に2度と直面することがないようにしなければならないからだ」
パレスチナの人道状況に配慮する姿勢を見せながらも、イスラエルを支持する姿勢は崩さないことをあらためて鮮明にした瞬間だった。
中東情勢やアメリカの中東政策に詳しい専門家は、アメリカの政治家の胸の内をこう分析する。
ジョージ・ワシントン大学 メラニ・マカリスター教授
マカリスター教授
「アメリカでは、民主党、共和党問わず、イスラエルへの深い、感情的な愛着が根付いている。
政治家がイスラエルを支持せず、パレスチナを支持したらその政治家は選挙に負ける。イスラエルに対して反対の立場を表明することは大きなリスクなのだ」
取材を通じて
アメリカのメディアでは中東のニュースがとりあげられることが多い。
去年10月イスラエルがハマスから攻撃された際には、主要なテレビ局はこぞってエース級のアンカーをイスラエルに送り、連日特番で現地から伝え続けた。それだけ衝撃は大きく、イスラエルへの関心は高い。
ガザでの戦闘開始後、イスラエル国内で取材していた際に感じたことがある。それはアメリカメディアのガザ情勢の伝え方は、イスラエルメディアと非常に似ているということだ。
「ハマスがいかに非道なテロ組織か」
「人質や家族がいかに被害を受けたか」
ハマスによる奇襲攻撃を、かつてアメリカが攻撃を受けた同時多発テロと重ね合わせて、「イスラエルにとっての911だ」と同情的に伝えるアメリカメディアも少なくない。
それと比べると、ガザ地区の民間人の犠牲、惨状を伝えることは少ない。イスラエル寄りの姿勢は、政治家だけではなく、多くのアメリカメディアもだ。
今回、イスラエルを支持するアメリカの人たちに話を聞く際、こうも尋ねてみた。
「ハマスによる攻撃を許せない気持ちは理解できる。一方で、ガザ地区の民間人が多く亡くなっていることはどう思うのか?」
多くの人は、こう答えた。
「ガザ地区の被害の動画や民間人の犠牲の情報は、ハマスというテロ集団が拡散しているうその情報だ。アメリカの一部の若者たちは、SNS上の情報にだまされている。われわれは正しい情報で彼らを教育しなければいけない」と。
ここでもアメリカ社会で深刻化している「情報による分断」を垣間見た気がした。
一方で、伝統的にイスラエルを支持する声が多数を占めてきたアメリカで、若者を中心にパレスチナを支持する声があがっていることは、かつてなかった変化だ。
こうした「一部の声」が今後、アメリカで膨らんでいくのか、それともしぼんでいくのか。
それが両国の「特別な関係」の行方に影響を与えていくことになる。
抗議活動する若者たち(ニューヨーク 2024年9月)
(10月7日ニュースウオッチ9などで放送)
ワシントン支局記者
西河 篤俊
2001年入局 カイロ支局 国際部などを経て現所属
中東駐在時はイスラエル、ガザ地区双方で取材
ワシントン駐在は2回目