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死亡例多く高リスク 筋肉薄く 穿孔、出血
首都圏のあるクリニックの消化器専門医はこう打ち明けた。「高齢者が大腸がんの内視鏡検査を受けに来ますが、リスクが高いので80歳以上は基本的に断っている」
大腸がんは結腸や直腸、肛門にできるがんの総称だ。腺腫という良性のポリープががん化してできたり、粘膜から直接発生したりする。10万人当たり年103人が新たに診断され、年齢と共に増える傾向がある。死亡数も肺がんに次いで2番目に多い。ただ、国立がん研究センターによると、リンパ節への転移がなければ、5年相対生存率は9割以上だ。
大腸がんの検診には、便の中に血が混じっていないか調べる「便潜血検査」がある。安全で、安く、大腸がんの死亡率を下げるエビデンスがあるため、厚生労働省のガイドライン(指針)で推奨している。
便潜血で「陽性」となれば、内視鏡を使った精密検査を受ける。国は便潜血の対象年齢を「40歳以上」と下限しか決めていないため、人間ドックも加えれば、国内ではかなりの数の高齢者らが内視鏡検査を受けていると考えられる。
大腸がんの内視鏡検査を受けるメリットは大きい。腺腫性のポリープを切除すると、大腸がんの発生を8~9割も抑えることができ、腺腫を切除すると大腸がんで死亡する人が半分以下に減ったとする研究報告がある。内視鏡検査に詳しい「とよしま内視鏡クリニック」(東京都世田谷区)の豊島治院長は「ポリープの段階で切除できれば、大腸がんの多くは予防できる」と強調する。
一方、内視鏡検査にはリスクがあることも忘れてはいけない。日本消化器内視鏡学会医療安全委員会によると、2008年からの5年間の総検査数は約1500万件。観察が目的の大腸内視鏡検査約380万件のうち、患者に不利益なできごとを示す偶発症は438件だった。最多は腸に穴があく穿孔(せんこう)の200件。出血が75件と続き、死亡したケースも17件あった。
欧米は実施に慎重
大腸がんの内視鏡検査が推奨される年齢はいくつなのか。国立がん研究センター検診研究部の中山富雄部長は「まず米国を参考にしてほしい」と話す。
米国では、予防医学専門委員会(USPSTF)が死亡率を下げる効果が不利益を上回るとして、50~75歳の大腸がんの検査を強く推奨。そのうえで、毎年便潜血検査をしたり、10年おきに全大腸内視鏡検査をしたりする方法を挙げている。米国の大腸がん検査の受診率は65%(12年)と高い。近年では大腸がんによる死者が減っているという。中山部長は「50~75歳の人がきちんと大腸がん検診を受ければ、大腸がんの死亡率を減らせるはずだ」と訴える。
一方、判断が難しいのが75歳を超える高齢者だ。同委員会によると、死亡率を減らす効果を示す証拠はあるが、検査を受けた時の利益と不利益がほぼ同等か、差があっても極めて小さいとして、76~85歳の人の大腸がん検査については弱い推奨にとどめている。86歳以上については示していない。
米国内科学会も指針で、特に症状のない75歳以上の人か、余命が10年を見込めない人への検査はやめるよう勧告。欧州連合(EU)もがん対策基準で70~75歳までの検査を推奨している。
大腸がんの検査事情に詳しい関東中央病院光学医療診療科の渡辺一宏部長は「欧米では76~85歳になる前に1回は全大腸内視鏡検査を受けてもらい、それ以降の人には検査を勧めていないようだ」と解説する。
高齢者に慎重になるのは、内視鏡検査に伴うリスクが増えるからだ。日本消化器内視鏡学会の委員会報告でも、治療まで含めた全ての内視鏡検査で高齢者に死亡例が多く、70歳以上が75%を占める。高齢者ほど腸管の筋肉が薄く、傷つきやすいためだ。頻度は低いが、中山部長は「高齢者ほど大腸内視鏡のリスクが高いという現実を軽視してはいけない」と警鐘を鳴らす。
だが、大阪国際がんセンターなどのチームが75~87歳の高齢者に聞き取り調査をしたところ、「がん検診を定期的に受けないと不安だ」「不利益が自分に起こるとは考えられない」などと答え、検診に不利益が存在することを高齢者が受け入れられない実態が浮かんだ。「医療費削減のための切り捨てだ」と誤解する高齢者もいたという。
チームのメンバーでもある中山部長は「高齢者に検診の中止を直ちに推奨することは難しいかもしれない」としながらも、「毎年検査しても利益より事故の危険が大きくなってしまうため、高齢者は慎重に判断してほしい」と訴える。
年齢指針求める声
国内では、症状のない高齢者に対する大腸がん内視鏡検査を行うべきか対応に苦慮する医療機関が少なくない。内視鏡医が限られる中、検査を望む高齢者が増え続ければ、いずれ検査そのものに支障を来しかねないと危惧する専門家もいる。
そこで、一定のルールを定めて対処しようとする地域もある。東京都世田谷区にある関東中央病院の渡辺部長が呼び掛け、周辺のクリニックの医師が参加して内視鏡検査についてのルールを13年に策定した。特に、90歳以上か、余命10年を見込めない無症状の高齢者には全大腸内視鏡検査を勧めないとした点が大きな特徴だ。
対象年齢に上限を設けたのには理由がある。同病院が、全大腸内視鏡検査を受けた90歳以上の高齢者を調べたところ、生存期間は3・7年で、他の90歳以上の高齢者と比べても寿命が延びなかったからだ。老衰による死亡が多く、血便が出てから内視鏡検査をしても十分効果があると結論付けた。
リスクを考え80歳以上の高齢者の全大腸内視鏡検査を受け入れない医療機関が多いため、結局、同病院では90歳以上の高齢者でも受け入れているが、渡辺部長は「医療機関も患者も困らないよう国の指針が必要だ」と指摘する。