「すべての国の製品に10パーセントから20パーセントの関税を課す」
英語で関税を意味する「タリフ」を引用して、みずからを“タリフマン”と称するトランプ氏。
「ディール」、取り引きを重視するトランプ氏の再来で世界はどうなるのか。
アメリカの政治に詳しい上智大学の前嶋和弘教授に聞きました。
(国際部記者 光成壮)
※以下、前嶋教授の話(インタビューは11月7に行いました)
トランプ氏勝利 世界経済はどうなる?
トランプ政権の外交安全保障の核となるのは、理念というより取り引きです。
この取り引きのなかで、例えば関税を上げていく、世界の各国に関しては10%から20%、中国に関しては60%と言われています。
取り引きのなかでどのような形で関税が導入されていくのか見えませんが、何らかの形で実行してくると見たほうがいいでしょう。そういう意味で世界は戦々恐々としています。
トランプ氏の勝利宣言(11月6日)
ただ、トランプ政権の核になるのは、外交でも安全保障でも取り引きです。
関税以外に何らかの形で交渉や取り引きができないかと、トランプ政権がまずそういうふうにも考えているでしょうし、さらに関税が引き上げられる対象国もそう考えて動いているところがあります。
中国との“取り引き”は?
前のトランプ政権の終わりの段階で、中国とアメリカの第1弾の貿易経済の交渉が始まりました。
ここで決められたことが実行されていないので、それの検証から始めて、第2弾の交渉が始まり、さらに別枠の交渉が始まるかもしれません。
交渉に関しては取り引きで少しでも有利になるように、例えば習近平氏とトランプ氏との関係、さらにはイーロン・マスク氏と習近平氏との関係とか、さまざまなルートを使って交渉が続けられていくのだと思います。
中国 秦外相(当時)と握手するイーロン・マスク氏(2023年5月)関税引き上げでインフレ再燃しないの?
関税というのは国民が重税になるようなものです。
このため、関税が高くなるとインフレになっていく傾向があります。インフレになっていくと、さまざまな問題が出てきます。
インフレを抑えないといけないので、利上げになっていきます。利上げになるとドルが魅力的になるのでドル高になります。ドルと円であれば、ドル高円安になっていきます。
上智大学 前嶋和弘教授
トランプ氏が念頭に置いているのは、アメリカの製造業と農業を守ることです。そのために、(アメリカの製品を)世界にどんどん売っていきたいわけです。
もしドル高になったらやっぱり競争力を失ってしまうということで、関税がアメリカの輸出する力を奪ってしまう可能性はあります。
ただ、そうならないようにトランプ氏はFRB(連邦準備制度理事会)にいろんな形でものを申して金利を抑えていくとか、ドル安誘導しようとするのではないかと思います。
ですので、重商主義的な「貿易赤字は負けだ」という考え方だとちょっと成り立っていかないわけですが、トランプ氏的な計算はあって、例えばドル高になったらそれをどうやって下げるかというところまで考えながら動いていくのだと思いますね。
関税を上げながら、アメリカにとってドル高にならないようにドル安誘導をしていく。なかなか難しい手法を取ってくると思います。
ウクライナ 武器支援はどうなる?
ウクライナが戦争を継続するためには、アメリカの武器支援がないと難しいです。
逆にウクライナをコントロールするためには、アメリカが武器支援をやめることになります。
ワシントンで演説するゼレンスキー大統領(2024年7月)
ヨーロッパはいろいろな形でウクライナへの支援を深めていますが、ヨーロッパの支援以上に、アメリカの武器の影響力はとても大きいので、何らかの形で停戦になることがあります。
ただ、これで停戦になってしまうと、東部のドネツクや南部のクリミアあたりを、力による現状変更でロシアに分割されて終わるような形になってしまい、ウクライナとしてはなかなか難しいところです。
一方、ウクライナの中にも、これ以上血を流さなければいいという見方もありますので、どうやって戦争の終結をみていくのか。トランプ氏が大統領になることで、終結の出口がけっこう早くなっていくのかもしれません。
亡くなった兵士を悼む市民(キーウ 2024年8月)
次の副大統領のバンス氏は「ウクライナを支援するのであれば、なぜラストベルト(さびついた工業地帯)を支援しないのか」という有名なことばを演説で言ったことがあります。
これは象徴的で、ほかの国への軍事支援を抑えていこうという、これが「アメリカファースト(アメリカ第一主義)」であるので、トランプ氏もその考え方をシェアしているわけです。
ロシアとの“取り引き”の可能性は?
どのようにして戦争をやめていくのか、ロシア側はさまざまな妥協をする必要があるかもしれません。
戦争終結にはさまざまな交渉が必要で、例えばロシアはウクライナのNATO加盟に反対しています。
これは諦めてもらって、逆にロシアが占領した領土は認めるとか、さまざまな取り引きの可能性があります。
ロシア プーチン大統領
ウクライナにとって東部と南部をロシアに割譲されることはとんでもないことですが、もしそうするのであれば、ウクライナに対して安心を供与する必要があります。
例えば、NATO軍か米軍をウクライナに常駐させるとか、核を持たせるということもあるかもしれません。さまざまな仕組みが今後検討されると思います。
ウクライナにとっては、これ以上戦火を広げないために、どこまで妥協できるのかというところもポイントになってくるでしょう。
NATOからの離脱はありうる?
バイデン政権がスタートしたときに、欧州の安全保障の人たちと話していると必ず同じことを繰り返す人がいました。「次にトランプ政権になったら、アメリカがNATOを離脱する」という内容です。
アメリカ国内でもその懸念はありますが、いまは、NATOから離脱できないように上院の3分の2の賛同が必要になっていて、大統領の一存では難しくなっています。
ただ、そもそもの立てつけとして、3軍の長が大統領、トランプ氏になるので、軍をコントロールできます。
NATOの中の米軍部分をコントロールできるので、NATOが骨抜きになるケースはありえます。これも取り引きの1つです。
NATOを骨抜きにされるなら、欧州各国がNATOをしっかりさせないといけません。NATOの分担金をもっとヨーロッパが負担するということに今後なるかもしれません。
イラク駐留米軍部隊を前に演説するトランプ氏(2018年)中東情勢にはどう関わる?
ガザ地区をめぐっては、徹底的にイスラエル支援することによってハマスを弱くしていくでしょう。
一方で、トランプ政権にとってもイスラエルとハマスの戦闘が長く続くことは避けたいはずです。なんらかの形で停戦の動きが出てくるかもしれません。
ネタニヤフ首相とトランプ氏の話し合いで、イスラエル側が自制する形で、ガザでの戦闘をやめるシナリオを作っていくことはあると思います。
ガザ地区 ハンユニス(2024年9月)
また、アメリカファーストなので米軍を大規模に中東で展開したくない大原則があると思います。
いま、イスラエルに対してイランが攻撃する可能性があります。本格的になるとアメリカはイスラエル支援に入らないといけなくなります。
ロシアは入ってこないかもしれませんが、いずれにしても大きな戦争になる可能性があります。これもトランプ政権としては避けたいはずです。
あれだけイラク戦争を批判したのがトランプ氏自身ですから、イランを弱めさせはするけど、戦争まではもっていきたくないはずです。
そうした考え方で、イランがどう動くのか見ながら動くと思います。
閣議で話すイラン ペゼシュキアン大統領(中央)(2024年11月)北朝鮮 新たな動きもある?
トランプ政権になったら、北朝鮮との新しい関係をもう1回作る動きも出てくると思います。
1期目は、トランプ氏が風穴を開けて、北朝鮮と話し合う関係にはなりましたが、なかなか北朝鮮の核とミサイルの軍縮まではいきませんでした。
北朝鮮 キム・ジョンウン(金正恩)総書記
トランプ氏としては、軍縮させたいという動きがある一方で、軍縮になった場合、何をアメリカは取り引きするのか。例えば、在韓米軍の縮小ということになると韓国側が不安定になります。
在韓米軍は中国のことも監視対象にしているので、日本にとっても問題で、在韓米軍が減ることで、(長崎県の)対馬の防衛を日本がもっと真剣に考えないといけないかもしれません。
ですので、北朝鮮との新しい動きが、日本や韓国との関係も変えていくという形になるかもしれません。
日本との関係はどうなる?
日本に対しても、基本は、原理原則よりも取り引きになります。
日本はアメリカにとってとても重要な同盟国です。特に中国の現状変更の動きを見たら、日本とともに動くことがアメリカにとってもプラスだと思うアメリカの政策関係者はとても多いです。そういう人たちはトランプ政権にも入ってきます。
ただ、日本はアメリカの庇護のもと経済的に大きくなりました。
「思いやり予算」をなんでもっと提供しないのか、サポートが足りないなどと言ってくる可能性はあります。さらに日本はもっと独自に自分たちの軍事費を増やすべきだという話もあります。
中国の現状変更の動きがあり、ロシアの動き、北朝鮮の動きを考えると、日本の安全保障環境はよくなく、なんとかしないといけないという日本側のニーズもあります。
そのニーズを考えながら、より防衛費負担をとトランプ氏側から言ってくる可能性はけっこうあると思います。
日本としてはまず、外交当局、外務省当局でトランプ氏の対応をしっかりやる必要があります。
ただ、トップどうしの相性も重要なので、石破総理大臣とトランプ氏の関係づくりが外交としても、最優先事項のひとつです。
日本の重要性をアメリカにしっかり説明して、日本はアメリカとともにいろいろ動くのだと日米同盟を示すことで、理解を深めてもらうことが必要だと思います。
安倍元総理大臣はトランプ氏に日本の有効性を説明していました。同じことを石破総理大臣も続けていくことが必要だと思います。
(11月7日 ニュース7で放送)
国際部記者
光成 壮
平成29年入局
盛岡局、大津局を経て現所属
アメリカやヨーロッパの政治や経済を取材