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悪質な業者からマンションの1室を高値で売りつけられた89歳の男性。
記者が取材のため自宅を訪れると、新たな事実が判明した。
別の業者が代わる代わるやってきて、今度は山林や原野を買わされていたのだ。
高齢者をねらった不動産詐欺。水面下で広がる“被害”の連鎖が見えてきた。
(「認知症高齢者ねらう詐欺」 取材班)
<認知症不動産詐欺>
認知症の高齢者にアパートの部屋を不当な高値で売りつけたとして、警視庁はことし6月、「インターネット不動産販売」という会社の社員ら4人を逮捕(このうち3人起訴)。高齢者の名簿をもとにいわゆる「アポ電」をかけて、だましやすい高齢者を探したうえで自宅を訪問し、契約を迫っていたとみられている。
ちらつく不動産業者の影
取材班は、摘発された「インターネット不動産販売」に関する登記簿や裁判記録などを独自に調べた。
すると、警視庁が立件した事件のほかにも10以上の物件を少なくとも61人に販売していたことがわかった。
潜在的な被害があるのではないか。
8月からこの61人全員を取材することにした。
8月14日。
このうちの1人を訪ね、購入の経緯を聞いていると気になる話を耳にした。
「ことしに入って別の不動産業者から『あなたはインターネット不動産販売にだまされている。お金を取り戻しましょう』と言われて、よくわからないけど契約を結んだ記憶はあります」
「契約書なんてなくても大丈夫と言われたから手元には残っていないです」
いくつもの疑問がわいたが「家族や他人には秘密にするよう言われている」として、それ以上の情報を得ることはできなかった。
「売りつけられた物件を買い取ってあげる」
その日の午後、同じ市内に住む89歳の水野さん(仮名)を訪ねた。
水野さんは寡黙ながらも親切な人で、取材の趣旨を話すと自宅に上げてくれ、2時間にわたって話を聞かせてくれた。
高齢だが、「インターネット不動産販売」とのやりとりや売買した金額の詳細は覚えていた。
去年5月ごろに担当者が自宅を訪れ、「マンションの1室を買えば家賃収入が得られる」と不動産への投資を持ちかけてきたという。
担当者から何度も説得されるなか、子どもに少しでも資産を残せればという思いで、東京・八王子市にあるマンションの1室のわずか「75分の3」の持ち分を150万円で購入する契約を結んだ。
当初は家賃収入として月に3800円が振り込まれたが3回ほどで途絶え、担当者とは連絡が取れなくなった。
契約内容を確認させてもらえないか尋ねると、水野さんは封筒の中からすっと契約書を取り出した。
「こんな重要な書類を初対面の記者に見せてくれるなんて人がよすぎないか」
少し戸惑いながら書面を確認すると、それは「インターネット不動産販売」ではなく、「○○不動産」という別の業者と交わした契約書だった。
水野さん
「ことし5月ごろに別の不動産業者が突然自宅を訪ねてきて、『あなたはだまされて不動産を買わされた。私には売り先があるので買い取ってあげます』と持ちかけられ、インターネット不動産販売から購入した部屋を売却する契約を結びました」
記者が契約書を精査したところ、部屋の売却代金と茨城県内の山林の購入代金を相殺する契約になっていた。
しかし後になって登記費用などとして90万円を請求されたという。
結局、追加で金を支払うことになり、水野さんのもとには山林だけが残った形だ。
業者はその山林は高値で売れると主張していたが、この業者とも連絡が取れなくなっているという。
こうした取り引きについて息子さんに相談したらどうかと聞いたが、「迷惑をかけたくない。すべて解決してから話したい」と首を縦には振らなかった。
原野商法で“二次被害”か 24人が業者から売り込み
水野さんのような“二次被害”とも言える事態がほかにも広がっているのではないか。
8月から10月にかけて一人ひとり聞き取りを進めると、取材することができた37人のうち24人が不動産業者からこうした売り込みを受け、少なくとも12人が栃木県内の原野や山林などを購入する契約を結んでいたことがわかった。
この12人が購入した30以上の原野や山林などの登記簿を分析した結果、次のような点が確認できた。
▽購入させられた土地のほとんどは、栃木県那須塩原市もしくは那須町の原野や山林。
▽同じ原野を個人が買って不動産業者に売り、その業者が別の個人に売り、また別の業者が買うといった転売が繰り返されている。
▽うその勧誘を行ったとして過去に行政処分を受けたり、「この原野を買ってくれれば将来高値で売れる」などとうたって購入を持ちかける営業を行ったりしていた業者が複数あった。
実際に売買された原野の登記簿
値上がりの見込みがほとんどないような原野や山林を「開発計画があるので将来値上がりする」などと勧誘して不当に買わせる行為は「原野商法」と呼ばれている。
全国でリゾート開発が進んだ1970年代から80年代にかけて被害が多発し、その後、一時期をのぞき沈静化していた。
業者が次々に訪問 老後資金1000万円失う
登記簿を調べていて、目に留まった名前があった。
「インターネット不動産販売」から物件を購入した1人で、首都圏に住む88歳の川田さん(仮名)だ。
これまで調べたケースでは、購入させられた原野や山林は多くても2、3か所だったが、川田さんは10か所以上の登記簿に名前が記されていた。
ひとり暮らしをしている川田さん。
日常生活に支障はないが、「アパートの部屋を購入したのは10年以上前」など、事実と異なることを話すことがあり、記憶力が低下しているように感じられた。
ただ詳しい経緯は覚えていないものの、山林や原野を買ったという記憶はあるという。
記者:「どうしてこのマンションを売って、土地を買うことになったんですか?」
川田さん:「だって、急にそうなっちゃったのよ」
記者:「土地を買ったとどうやって気付いたんですか?」
川田さん:「いつの間にか気が付いた。私も本当にいいかげんなのよね」
川田さんは事情がよくわからないまま、去年6月からわずか10か月ほどの間に、12か所もの山林や原野の売買を繰り返していた。
「所有している土地にゴミが埋まっているので撤去費用がかかる」などと言われ、100万円以上を支払ったこともあるという。
売買を繰り返した結果、老後資金としてためてきた口座からはおよそ1000万円がなくなり、5000円ほどになっていた。
いま手元に残っているのは、那須塩原市にある45平方メートルの山林だけ。
川田さんはその山林についても具体的にわかっておらず、記者には「全然知らなかったけど、私はいま那須塩原のリゾート地を持っているみたいなの」と話していた。
新たに購入持ちかけ 取材班が直撃
取材班は川田さんが「原野商法」のターゲットになっている可能性があるとして、同意を得たうえでその場で親族に連絡して状況を説明した。
すると数日後、親族から記者に電話がかかってきた。
不動産業者から新たな土地の購入を持ちかけられ、その商談のために4日後に自宅を訪ねてくるというのだ。
記者の取材メモ
川田さんのめい
「持っている土地を売る手続きとか手数料みたいな感じで、現金100万を用意してほしいと言われたらしいんです」
私たちは業者を取材するため、当日近くで待機した。
午前10時ごろ。
業者2人が川田さんの自宅に到着、中に入って川田さんや親族に説明を始めた。
説明によると、
・那須塩原市に市役所の新庁舎が建設されるのに伴い、将来値上がりが期待できる土地がある。
・数年後には200万円ほどに上がるはず。
・川田さんが所有している山林とその土地を交換できるが、差額として100万円が必要だというのだ。
取材班は業者に直接、問うことにした。
記者:「どうして御社は、川田さんを勧誘しようと思ったのですか?」
業者:「川田さんが持っている土地が、あまりにも面積が小さいから売りづらいだろうというだけのことです。少しでもお手伝いできればということでお話させていただいた」
記者:「2年後に(那須塩原市の)土地評価は上がるのか?」
業者「実際、上がるでしょうね。いくら上がるかわかりませんが上がると思いますよ。かなり上がるんじゃないですか」
さらに面積の小さな土地を買い取ってどうするのかと聞くと、「金融機関への担保が必要な中小企業に売ることができる」などと説明した。
那須塩原の現地へ 鑑定士「1万円でも要らない」
業者の説明は正しいのか。
私たちは川田さんの山林がある那須塩原市に向かった。
新庁舎の計画は実際にあり、2027年度中に完成する見通しだ。
「新庁舎が建つから周辺の土地が値上がりする」という理屈は、一見成り立ちそうに思える。
ところが地元の不動産鑑定士を取材すると、それを否定した。
不動産鑑定士
「地価が上がるとしたら、新庁舎建設の話が持ち上がって“ほぼここに決まりそう”というタイミングで上がるんです。この周辺の土地は数年で1~2%下がったくらいなので、現時点では今後地価が上がる期待はないですね」
さらに川田さんが所有する山林も調査してもらった。
業者は「担保が必要な企業に売れる」と説明していたが、不動産鑑定士は狭すぎるためそもそも担保価値があるような土地ではないと言い切った。
不動産鑑定士
「結論から言うと、担保価値はありません。担保不適物件です。1万円でどうですかと言われても要らないくらいの土地です」
取材結果をもとに適正な契約なのか改めて問うため業者に連絡を入れたが、「折り返す」と繰り返すのみで応じることはなかった。
取材中にも新たな“被害”か
10月20日。
私たちはカメラマンを伴って8月に取材した水野さんの自宅を再び訪問した。
インタビューを撮影するためだ。
「契約資料を改めて見せてほしい」とお願いしたところ、驚くべきことがわかった。
8月の時点ではなかった「△△不動産」「××不動産」と書かれた契約書が2通見つかった。
2か月の間にまた新たな業者がやってきて、山林と原野を売りつけられていたのだ。
契約書を確認すると、「△△不動産」との契約は、▼以前、水野さんが別の不動産業者から購入した茨城県内の山林を1万円で売却し、▼代わりに150万円で那須塩原市の山林を購入するもの。
そして「××不動産」との契約は、同じく那須塩原市の原野を100万円で購入するというものだった。
それぞれの業者はいずれも「将来、高値で売れる」と説明したという。
「△△不動産」とはすでに連絡が取れなくなっている。
しかし「××不動産」と契約したのは、取材2日前の10月18日だ。
山林や原野は原則、一定期間内であれば契約を解除できる「クーリング・オフ」の対象となっている。
「今ならまだ間に合う」
私たちは水野さんに対し、現金を支払う前に消費生活センターに相談するよう伝えた。
翌日、水野さんは消費生活センターから「クーリング・オフ」を勧められ、その場で契約解除を通知するはがきを投かんした。
これで事情をよくわからないまま原野を購入してしまうことは防げた、、、はずだった。
水野さんが送ったクーリング・オフの通知書(写し)業者がクーリング・オフ妨害か
後になってわかったことだが、契約解除を通知した数日後に水野さんのもとに業者から電話がかかってきて、「クーリング・オフはしないほうがいい」と説得されたという。
その翌週の10月29日には、営業部長を名乗る人物がアポイントなしで水野さんの自宅を訪れた。
記者:「業者はいきなり来たのですか?」
水野さん:「いきなりですね。夕方来まして」
記者:「業者はどんな説明を?」
水野さん:「なんか弁護士を立てて解決しなきゃならなくなるぞと」
記者:「面倒なことになるより金を払ったほうがいいと?」
水野さん:「そうですね。土地を売れば200~300万円は利益が出るだろうと。本当に信用してくださいと言うのでしようがないかなと」
水野さんの話を整理すると、業者は「クーリング・オフはできない」「弁護士を立てることになる」などと繰り返し説明し、現金を支払うよう要求。
水野さんが「100万円は手元にない」と言うと、「90万円でも構わない」と言って、現金を受け取っていったというのだ。
「せっかくクーリング・オフできたのになぜ…」
ある種の無力感とともに、“被害”を防ぐ難しさを感じた瞬間だった。
特定商取引法ではクーリング・オフを妨害する行為を禁止していて、違反すれば2年以下の懲役、または300万円以下の罰金が科される。
記者が消費生活センターや弁護士に確認したところ、今回の業者の行為はクーリング・オフ妨害にあたる可能性があると考えられるものの、現金を支払ってしまっていて、契約を解除するのは簡単ではないと説明を受けた。
この業者は、これまでの取材の中でも複数回、名前が出ていた。
「高く転売できる」と原野や山林の販売を持ちかけたり、「ゴミが埋まっていて売るには撤去費用が必要だ」と現金を要求したりしていた。
私たちは社長に直接取材したが、「現場に任せている。担当者から連絡させる」と言われたきり、現時点まで連絡は来ていない。
なぜ不動産業者は、「インターネット不動産販売」からアパートの部屋を売りつけられた人を“ねらい撃ち”にするように代わる代わる訪問できたのか。
業界に詳しい人物は、「購入者リストが回っている可能性」を指摘するが、業者間の具体的なつながりはまだ見えていない。
立件するにはハードルも
アパートなどの建物、原野、山林はクーリング・オフの対象になっているが、その期間は説明を受けてから8日以内だ。
しかも建物の場合、8日以内であっても代金が全額支払い済みの場合などは、クーリング・オフできない。
では、今回の「原野商法」とみられる被害は罪に問えないのか。
捜査関係者は次のように指摘した。
捜査関係者
「でっちあげの開発計画など、うその文書を見せながら『開発計画がある』『もうかります』と伝えたり、架空の土地を売ったりした場合は、詐欺罪に問われる可能性はある。しかし明確なうそがなく実際にその土地が存在する場合は、『当時はそういう開発計画があったと聞いた』などと抗弁されるおそれがあり、刑事事件として罪に問うにはハードルがある」
一方、高齢者の不動産トラブルに詳しい弁護士は、被害を救済するとか利益が出る商品を提供すると言って勧誘してくるのは、悪質事業者の可能性が高いと指摘する。
葛田勲 弁護士
「一度だまされた人が被害を取り戻したいと思うのは自然なことだが、悪質業者は甘い言葉をかけてそうした気持ちにつけ込んでくる。被害救済をうたう手口は昔からの常とう手段だが、高齢者はわらにもすがる思いで信じてしまう」
そして被害に遭ったかもしれないと思ったときは、まずは各地の消費生活センターに相談してほしいと呼びかけた。
そのうえで、「行政にも十分な予算と人員を取ってもらい、問題のある業者を適切に調査し、勧告や処分を進めてほしい。年齢や購入する資産によってはクーリング・オフできる日数を長くすることも有効ではないか」と述べ、法改正を含めて検討していくべきだと話していた。
取材後記
取材で何度も自宅を訪れた高齢女性に記者が1か月ぶりに電話したとき、こう言われたことがあった。
「長いこと連絡がなかったから嫌われたのかと思った。もう来てくれないの?」
今回61人のうち37人が取材に応じてくれたが、取材できなかった人のほとんどは、すでに転居していたり、高齢者施設に入ったりしていた人たちで、明確に取材拒否の意思を示されたのは1人だけだった。
取材に応じてくれた方々は、初めての訪問で私たちがNHKの職員であることをすぐに信じ、家に上げてお茶を振る舞いながら話を聞かせてくれた。
通帳や契約書など初対面の人に簡単に見せてもいいのかと思う資料まで、迷いなく見せてくれた。
ただ、その好意的な対応は業者に対しても同じで、中には訪問してくる担当者に果物をむいて待っていたり、仲のいい友人のようにあだ名で呼んだりする人もいた。
37人全員がひとり暮らしで、業者に“ねらい撃ち”にされる背景には、こうした寂しさや人恋しさがあるのではないかと思うとやるせない気持ちが募った。
“被害”は現在進行形で発生していて、防ぐことは容易ではない。
だからこそまずできることとして親や祖父母などと連絡をとり、「不審な業者の訪問を受けてない?」とか「契約トラブルに巻き込まれてない?」と声をかけてほしい。
取材班全員の願いだ。
「認知症高齢者ねらう詐欺」 取材班
社会部記者 倉岡洋平、牧野大輝、石田茂年、森永竜介、初田直樹、小山志央理
社会番組部ディレクター 太田竣介、安世陽