スマートフォンやAIに欠かせない先端半導体の生産を請け負う巨大企業、台湾のTSMC。
熊本県にも進出し日本企業との連携や人材の確保を進めている。
かつて世界の半導体産業を席けんした日本は台湾からの「黒船」にどう向き合っていけばいいのか。
(経済部記者 西潟茜子/熊本局記者 渡邊功)
日本企業に“連携を”
先月、都内のホテルで半導体の受託生産で世界最大手、台湾のTSMCがあるイベントを開いた。
参加したのは、半導体の設計に必要なソフトウエアの開発などを行う日本企業や日本に拠点を置く海外企業、それに大学など約70の企業や団体。
そこで示されたのは、こうした企業などとの協業を進めるプラットフォームだ。
このプラットフォームでは、アメリカやヨーロッパなど世界の企業から半導体の設計に必要なソフトウエアなどの技術を集め、TSMCに生産を委託する企業に紹介するのが目的だ。
単に生産を受託するだけでなく、委託先と設計などを手がける企業の仲介役になることで、さらなる受注の増加につなげる狙いがあると見られる。
幹部は会場で次のように訴えた。
TSMCジャパン 小野寺誠社長
「業界最高のエコシステムがあり、信頼と成功の実績によって結ばれている。さらに強くするために、参加する人数が多ければ多いほど良いと確信している」
すでに参加している日本企業は、世界の企業が参加するこの取り組みを通じて、今後のビジネスの拡大に期待を寄せていた。
ジーダット 松尾和利社長
「今は軸足を日本に置いているが、やがて自社の技術が海を渡って、世界で受注を増やすことができるのではないかと期待している」
生産で急成長
1987年に設立されたTSMC。
当時の半導体業界は開発から生産まで一気通貫で手がけるのが主流だった。
その中で「ファウンドリー」と呼ばれる半導体の受託生産を担うビジネスモデルを確立し、規模を拡大させてきた。
今では半導体の受託生産の分野で世界の出荷額の半分以上を占める最大手だ。
とりわけスマホやAIに欠かせない先端半導体をコストを抑えて大量に製造する技術に強みがある。
半導体の性能を高めるためには回路の幅を「ナノメートル」(1ミリメートルの100万分の1)の単位で細くする技術が重要になるが、この企業は3ナノメートルという微細な回路の先端半導体を量産できるのが売りだ。
この高い技術を武器にアップルの「iPhone」向けの半導体を生産し、AI向け半導体を手がけるエヌビディアからも受注しているとされる。
熊本で進む人材確保の動き
そして今、日本で技術だけでなく人材の確保も進めている。
その舞台は熊本県。ことし2月に第1工場を開き、来年3月までに第2工場の建設工事も始める予定だ。
工場を運営する子会社のJASMは、これらの工場であわせて約3400人の確保を目指す。
しかし半導体業界は深刻な人材不足。危機感を持ったこの企業は、ことし初めて対面形式でのインターンシップを開催した。
ことし9月のインターンシップには電子工学を専攻する修士課程の学生など17人が全国から参加。
幅広い学生にこの業界の魅力を知ってもらい、将来の戦力になってほしいと期待を寄せる。
参加した学生
「半導体業界自体、今、伸びてきている印象があるので志望している」
JASM 人事部門 林田広美部長
「人材の需要と供給のギャップはまだまだ大きい。それを埋めるため待っているだけではなく、学生などとの接点を積極的に増やしていきたい」
激しい環境変化の中で
こうした動きの背景には常に技術革新が求められる半導体業界の厳しい競争がある。
パソコン向けの半導体で大きな存在感のあったアメリカのインテル。
TSMCや生成AI向けの半導体に強みを持つエヌビディアなどとの競争が激しくなり業績が低迷。
ことし9月までの3か月間の決算は、日本円で2兆5200億円の赤字。
アメリカのメディアは半導体大手クアルコムがインテルの買収を打診したと報じている。
専門家は勝者と敗者がいつ入れ替わってもおかしくないこの業界で生き残るため、日本の技術や人材を囲い込む狙いがあるのではないかと分析している。
調査会社「オムディア」 南川明シニアコンサルティングディレクター
「半導体の革新のスピードは、ますます速くなってきている。今はガリバーかもしれないが、いつひっくり返されるかもしれないという危機感を持っている。日本に工場を作ったことで日本に強みのある半導体の製造装置や素材メーカーとも関係を深め、サプライチェーンを構築したいのではないか」
半導体の「黒船」に日本は
かつて1980年代から1990年代はじめにかけて、世界の半導体業界を席けんしていた日本。しかし、次第に韓国や台湾などのメーカーに押されてきた。
こうした中、先端半導体の国産化を目指し、トヨタ自動車やNTT、ソニーグループなどが出資する形で、「ラピダス」がおととし設立された。
政府も支援に乗り出し、官民を挙げて巻き返しを図ろうとしている。
AIや自動車といった今後の先端技術の開発に欠かせない半導体。
TSMCが連携を深めようとする中、日本はどう向き合っていくべきなのか。
専門家は次のように指摘する。
南川シニアコンサルティングディレクター
「TSMCみたいな一流のトップの企業が日本に来てくれるということをしたたかに利用するべきだと思う。いいものをどんどん取られておしまいではダメで、逆に利用するぐらいの戦略が必要だ」
栄枯盛衰を繰り返す半導体業界で、日本に現れた「黒船」。
その出方を見極め、生き残りの戦略につなげられるかが問われている。
(10月25日「ニュース7」「ニュースウオッチ9」などで放送)