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海洋深層水は健康にいいとしてブームにもなったものの、関連商品の売り上げは減少してきました。こうした中、新たな使いみちの研究が進み、再び注目されています。
(NHK高知放送局 記者 中川聖太)
高知の希少な資源「海洋深層水」
“海洋深層水”という言葉は知っていても、何かはわからないという人が多いのかもしれません。
その名の通り、深海の水のことで、水深200メートルより深いところにある海水のことですが、表層の海水と成分が違います。
海洋深層水
深海は太陽光が届きません。このため、低温が保たれ、植物プランクトンが光合成をしないことから、ミネラルなどの栄養素も豊富です。また、汚染物質も少ないとされています。
この希少な資源がなぜ、室戸で取れるのか。それは独特な地形が関係しています。
室戸沖
室戸岬から東の沖合は陸から海に急激に落ちる地形になっていて、この壁に水深1000メートル近くの深海の水が当たって上昇します。そして、水深300メートルあたりのところで取水するのです。
こうした海流は「湧昇流」が発生する場所は、全世界の海のわずか0点1%しかありません。
室戸市は、こうした貴重な地形から国内で初めてとなる海洋深層水の取水地に選ばれ、35年前から取水を行っています。
高い栄養素から健康につながるとして飲料水などに活用され、ブームにもなりましたが、高知県内の関連商品の売り上げは20年前のピークから減少傾向が続いています。
こうした中、海洋深層水の新たな使いみちの研究が近年進み、再び注目を集めるようになっているのです。
かにの“湯治”
室戸市にある県の海洋深層水研究所を訪れました。
海洋深層水が入った水槽につかっていたのは世界最大級のカニ、タカアシガニ。
足を広げると3メートル以上もあり、全国の水族館で人気を集めるカニです。
画像提供:高知県海洋深層水研究所
ところが、水族館で飼育した場合の平均寿命は2、3年と短く、黒い斑点ができて広がると朽ちて死にやすくなります。
そこで寿命を延ばす期待がかかっているのが、海洋深層水の活用です。
注目したのは、死因につながる黒い斑点をなくす「脱皮行動」です。
画像提供:高知県海洋深層水研究所
海面に近い表層の海水と海洋深層水を用いて、2年近くカニを飼育した結果、表層の海水に入れたカニの3分の1が脱皮しなかったのに対し、海洋深層水ではすべてのカニが脱皮し、脱皮を促す効果があることがわかりました。
研究所は大阪の水族館「海遊館」と共同研究を実施しています。
古くからヨーロッパでは海水を利用した“タラソテラピー”という自然療法があり、研究所は全国の水族館から海洋生物の治療を受け入れて、ビジネス化できないか検討しています。
高知県海洋深層水研究所 秋田もなみ主任研究員
(高知県海洋深層水研究所 秋田もなみ 主任研究員)
「黒変個体が発生したときにうちの研究所に持ち込んで、深層水でタラソテラピーを行って、脱皮をさせて体をきれいにしてまた返すという、タラソテラピービジネスというのを海洋深層水で行えたらなと考えています」
食卓支える海洋深層水
海洋深層水で食卓を支える研究も進んでいます。それが、のりの養殖です。
瀬戸内海などでは、プランクトンの栄養になる窒素やリンの減少などによって、養殖のりの色落ちが発生し、収穫量の減少が続いています。
高知県の海洋深層水研究所は、味のりや焼きのりに使われる「スサビノリ」を海洋深層水を使って培養する研究を行っています。
培養するスサビノリ
のりを海洋深層水に5週間、浸した結果、緑色のもととなる葉緑素が通常の海水と比べて2倍以上に増え、成長スピードも速くなることがわかってきました。
(高知県海洋深層水研究所 秋田もなみ 主任研究員)
「深層水で培養するとのりの成長スピードが速くなって、のりのうまみ成分に重要なアミノ酸がすごく増えることがわかりました。深層水の中に豊富な無機の栄養塩が含まれているので、それで成長スピードが速くなったことが考えられます。メカニズムにも注目してより深く調査することで、もっと効率的に利用できるのではないか」
県も活用推し進める
高知県も海洋深層水のさらなる活用促進に向けて動き出しています。
室戸市で初めて開催した「海洋深層水サミット」には全国の自治体や企業などが参加。
海洋深層水サミット
このうち沖縄県の事例として海洋深層水を活用した発電システムが紹介されました。
海洋温度差発電
20度から30度ある海面に近い表層の海水で、アンモニアなどを蒸発。蒸気によって、タービンを回して発電します。そして、およそ10度の冷えた海洋深層水で再びアンモニアなどを液体に戻し循環させる仕組みです。
このほか、サミットでは、環境保全にも活用されている事例が発表されていたほか、健康面に関する事例も発表され、高知県や大学などが行った海洋深層水を使った飲料水の臨床試験では、腸内環境が向上して便秘の改善につながることもわかってきているということです。
飲料水や化粧水などがけん引してきた海洋深層水ブームから20年余り。いま、海洋生物や海藻、果てはエネルギー問題まで、その活用方法が広がっています。
高知県海洋深層水推進室 三宮雅史主幹
(高知県海洋深層水推進室 三宮雅史 主幹)
「(海洋深層水は)ああ昔はやったよね。むちゃくちゃ商品出たよねという印象の方もいらっしゃると思います。でもそこまでだと思うんですよ。それ以上のことがみなさん知らない。県の研究所とかがしっかり研究を重ねてきたものを正しく情報発信して正しく伝えていきたい、これをしっかりやっていきたい」
取材後記
冒頭でも記した通り、海洋深層水という言葉は知っていてもどんな特徴なのか説明できる人は少ないのではないでしょうか。取水から35年が経過し、そのメカニズムは少しずつ解明されてきています。
高知県の貴重な天然資源をどう有効活用していくのか、今後の動きに注目していこうと思います。