어느새 종착역 12 九十二歳 、いい加減くたばりたい心境です (聞き手・工藤美代子)

気がつけば、終着駅 -2019 佐藤愛子作 어느새 종착역 12 九十二歳 、いい加減くたばりたい心境です (聞き手・工藤美代子) 九十二歳、いい加減くたばりたい心境です 聞き手工藤美代子ノンフィクション作家 どうやらアホになりつつある 工藤: 佐藤先生のエッセイ集『九十歳。何がめでたい」、とても面白く読ませてい ただきました。タイトルがすごく印象的です。 佐藤: 九十二歳になって、まさにいまの私の実感なんです。八十代の頃は元気でしたが、九十の声を聞いてから、肉体の衰えを感じていてね。 工藤: いまの日本では、高齢者に対して厳しい目線が増えているように思います。麻生太郎副総理が、「高齢者はいつまで生きるつもりなのか」と発言したり.... 佐藤: その通りですよ。私は自分でもそう思ってますよ。いったいいつまで生きるようだけど、そういうことを言うのが彼のキャラクターなんだから、面白がればいんだろうって。いい加減くたばりたい。 麻生さんの発言に腹を立てている人がいるいのよ。長生きがめでたかったのは、人の寿命が短命だった昔のこと。いまは八十 歳を超える人なんてたくさんいるし、そのうち九十歳や百歳まで生きることが当たり前になるでしょう。 工藤: 肉体的な衰えというのは、具体的にどのようなことですか? 佐藤: 指を曲げると、もとに戻らなくなって、無理に戻すのが痛いの。右手は親指と薬指が左も人さし指と、この頃は小指が怪しくなっている。もうどうにもならないんですよ。それから記憶力がね。どうやらアホになりつつあるみたい。 けれどそれ以上に大変なのは、文明の進歩についていけなくなったこと。インタネットやスマホなんて言われても、何を言っているのかわからない。いまや娘や孫がいないと、ひとりじゃ生活できないんですから。 工藤: マイナンバーカードの申請をスマホで行うなど、最新の技術が私たちの日常生活に不可欠になってきています。わからないままに番号をつけ 佐藤: でも、マイナンバーがなぜ必要なんだか、られてる。合理的って何が合理的? 便利? 誰にとっての便利なのか、親がつけてくれた名前があるのだから、それでいいじゃないかと言うと、無知ね、と笑われる｡私は「不便でもいい!」って言いたい。 工藤: お風呂なんかも､いまは勝手に沸いてくれるけれど、今度は温度を調節した。いときの操作方法が複雑になったりと、かえって面倒です。 佐藤: なんでも余計なお世話が多いです。「お風呂、沸きました」なんて、お風呂が勝手にしゃべるんですからね。「そんなの自分で見るワイ」って言い返しながら 走ったり。今度は、「余計なお世話」っていう本を書こうかしら。 匿名ゆえの品のなさ 工藤: アハハハ。日本はおせっかいなところが多い。 駅のアナウンスなんて特に感 じます。海外の方が驚かれるくらい。でも、便利さや親切に慣れすぎてしまって、 少しでも不便を感じると文句を言うクレーマーも増えています。 佐藤: 文句を言うのが快感になってるみたいね｡ 「品格」なんて言葉を私が言うのはおかしいだろうけど(笑)、あの有名な保育所問題のツイッターの文言、「保育園落ちた。日本死ね」というアレ。佐藤愛子も及ばない下品さでね。 インターネットでは匿名だから、考えないで感情をムキ出しにして白く言えるのね。すると意外にウケるんだわ。いくら何でも下品すぎる、なんていう人は少数派でしょう。匿名という隠れ蓑から顔を出して言えば、って言いたくなる。 工藤: 最近では、不祥事を起こすとメディアに袋叩きにされています。恐ろしいくらいに。前東京都知事の舛添要一氏も、ぐうの音も出なくなるまで追いつめられてしまいました。 佐藤: 彼は最後に涙を浮かべながら、「報酬はいらないから続けさせてほしい」と言ったでしょう。やらせてあげればいいじゃない。あれだけ袋叩きにあったのだから、彼は必死に頑張ってくれると思うのね。あのままだと、彼の人生は暗いままです。名誉挽回のチャンスを与えるのが、人の情けというものでしょう。 もうまったく、せこせこいって、聞き飽きましたよ。そのほかに言う言葉はないのかと思うくらい。アメリカ人まで、「セコイ」という言葉を覚えたというんだから。いまのマスメディアは、誰かの弱みをつかむとここぞと袋叩きにするのね。「国民のニニーズに応える」という言い訳をするけど、勝手に決めないでよと言いたい。 工藤: 日本人の劣化でしょうかしら。自分で考える前に、テレビやスマホの情報で完了してしまうんです。 世の中みんな依存症 工藤: いまの「婦人公論」読者には、「長生きしたくない」と思っている方もいるそうです。自分がどう生きればよいのか、そのモデルが見つからない、と。 佐藤: 生きるモデル? そんなものないです。あったとしても、人間は一人一人違うんでねえ、気の弱い人に、強く生きよと言っても仕方ないし。ときどき、「佐藤さんのように強く生きたい」と言う人がいるけど、私のように生きたらロクでもない人生になりますよ。 「幸福な人生」を築くには? なんてことを聞かれることもあるけど、その人にとっての幸福とはどういうものか、私にはわからないから、答えようがないんですよ。人はそれぞれ感性、価値観が違うんですからね。 金持ちになるのが幸福だと思う人もいれば、物質に価値を置かない人もいるし。あなたにとっての幸せは何ですか? と聞かなければ答えが出ないから質問すると、さあ? 何かしら、なんて言う。「テメエの幸福はテメエで考ろ!」とね、いきなり凶暴になるんですよ、私は。 工藤: 百人いれば百人の個性ありだと思いますね。「人生相談」がウケるのも、そういうわけですね。相談はいいけれど、他人に依存したらダメだということでしようか。 佐藤: 相談と依存とは違いますよね。相談は、考えに考えた末に、人の意見を参考にするためにするものでしょう。依存は自分で考えないで、人に答えを見つけてもらう、とでもいうかしら。とにかく簡単、安易ですねえ。 工藤: だから皆さん、「婦人公論」に依存しているのかも。病院へ行くと感じます。 何でもかんでも薬、薬で、向こうは出しすぎ、こっちは飲みすぎ。これも薬の依存症だと、最近やっと気がついたんです。 佐藤: 昔は「頭痛が起きたら、こめかみに梅干しを貼って治せばいい」なんていう世の中でしたよ。健康保険はないし、お医者さんにかかろうとしなかったのは、高 価だったのかしらねえ。よくよくのことでなければ病院には行きませんでしたよ。 熱があっても痛くても、ギリギリまで我慢した、仕方なくね。それで手遅れになったってこともあったけれど、その一方で我慢力がついた、ともいえます。たじろがず、強く生きる力が身についたということですよね。我慢力が身についているということは、それは幸福になる条件の一つではないですか。 貧乏、不如意もいいもんだ 工藤: 我慢力が確かに欠乏しています。ある程度は十分だと思える福祉もあり、その気になれば仕事もあるのに働かない。自己責任の欠落もあります。その上、いま世間は盛んに「不況だ」と騒いでいますが、先生はどのようにご覧になっていますか? 佐藤: 不況? そんなこと私に訊くなんて!この不況の原因は? とか、いかにして乗り越えるか、なんて、そういうことに私は阿呆なんですから。お金のある時はあるように、ない時はないように暮らせばいいだけですよ。政治がイカンと怒るらね。別にどうってことないんです。収入がなくなればそのように暮らせばいいだにも無知だから怒りようがない。 この頃は本が売れない、と作家や編集者が嘆いている声をよく聞くけれど、もともとベストセラーなんて出したことのない私ですかけのことでね。九十歳を過ぎると自然に欲望がなくなっていきます。あれしたい、これ欲しい、おいしいもの食べたいなんて思わないから、お金もたくさん要らない。 うまくできてると思うのね。若い頃は欲望が盛んだからお金が必要だけど、老いて働けなくなって収入がなくなると欲望のほうも自然と消滅していくのは、これはうまくできてると思いますねえ。老人になっても欲望がギラギラしているのをこの頃はいいことみたいにいうけれど、うーん、どんなものかねえ。 工藤: 私も六十代に入ってから世俗的な欲望がかなり減りました。いいことかどうかなんてわかりませんが、一人での食事だと玉子かけご飯で十分。お金もかかりま せん。 佐藤: 作家を目ざしていた頃二十五歳頃ですけど、同じような「目ざし仲間」というか、つまり売れない小説を書いてはゴタクを並べているといった仲間が四、五人いて、用もないのに集まっては渋谷をうろついていた頃のことです。 お金がないからあてもなくふらふら歩いたり、たまに小銭があるとパチンコしたりしてるうち、腹へった、何か食べたいということになって、安そうな店に入ってかんびょう巻きを一皿頼むんですよね。四人で一皿ね。お皿にはかんぴょう巻きが五個のってる。たしか三十円でした。四人が一個ずつ食べると一個残るわね。 その一個を誰が食べるか。ジャンケンで決めるんですよ、「ジャンケンポンッ!」ってね。必死になって大声になってしまうの。ことも、家族が白いお金のないことも、小説が認められないも平気でした。自由で希望に燃えていました。先のことなんか心配しなかった。貧目で見ていることにってのも、楽しいものですよ。貧乏や不如意なことも案外いいものよ。 工藤; なんか、貧しいのに楽しそう。「九十歳。何がめでたい」の結論が出ました ね。(笑) (92歳・二〇一六年九月十三日号) 工藤美代子(くどうみよこ):  一九五〇年東京都生まれ。九一年『工藤写真館の昭和』で第十三回講談社ノンフィクション賞を受賞。「快楽一路」「悪名の棺」「皇后の真実」「凡人の怪談』など、著書多数。