「ヨーロッパの決定が遅すぎると、トランプ政権がしびれを切らしてウクライナの問題から手を引くという最悪のシナリオも考えられます」
こう話すのは、国際安全保障に詳しい慶應義塾大学の鶴岡路人准教授です。
ウクライナ、ヨーロッパの頭越しに進むアメリカ、ロシアの2国間協議。
米ロの交渉で本当に“プーチンの戦争”を終わらせることはできるのか。ヨーロッパ諸国に求められていることは何なのか。詳しく話を聞きました。
※以下、鶴岡准教授の話(インタビューは2月17日に行いました)
停戦に向けた動きどう見る?
慶應義塾大学 鶴岡路人 准教授
完全にアメリカのトランプ政権が停戦に向けた動きを主導しているのだと思います。
ただトランプ政権自身もまだ立場が明確には決まっていません。立場が決まっていない、方針が決まっていない中で、とりあえず交渉だけは急ぎたいということなんだと思います。
大統領から非常に強いプッシュがあって、ルビオ国務長官などは急いで交渉しなければならない状況になっています。
アメリカ側はとにかく自国の負担を減らしたい、この1点が非常に明確で、そのために急いで停戦したい。ただ急いで停戦したいという状況で交渉すると当然足元を見られます。結果を急いでいる方がどうしても譲歩をたくさんせざるをえないというのが交渉の常だと思います。
ルビオ国務長官とロシア ラブロフ外相らによる会合(サウジアラビア 2月18日)ロシアのねらいは?
トランプ政権が停戦を急いでいるのにつけ込もうというのが、いまのロシアの立場だと思います。ロシアが停戦する意思があるかどうかもまだ分かりません。
戦況を見ると、ロシアも犠牲は非常に大きいですが、占領地を拡大するという意味では優位に立っています。ロシアにとっては戦えば戦うほど占領地が広がるという状況で、急いで停戦する動機がないんです。
また「停戦交渉に応じる」という話と「停戦を合意するために自らも譲歩する」という話は全く違います。今のところ明らかになっているのは、ロシアとしてアメリカとの交渉自体は拒否しないということです。
ただその交渉は基本的にアメリカと2国間で行いたいというのがロシアの基本的な方針であり、ロシアが何かを譲歩してまで停戦を実現したいという意思があるのかどうか、これは非常に大きな疑問点で、今後、明らかになってくると思います。
アメリカはロシアに圧力かける?
どこまでロシアに圧力をかける用意があるのかについては、まだわからないというのが正直なところです。
というのも、トランプ大統領、バンス副大統領、へグセス国防長官、ルビオ国務長官、こうしたキーパーソンたちのロシアに対する圧力の発言はかなりトーンが違うからです。ですからトランプ政権の最終的な方針がどうなるのかがまだまだ見えてきません。
ゼレンスキー大統領と会談するバンス副大統領とルビオ国務長官(ドイツ 2月15日)
ただそれが見えない状況で、なぜロシアとの交渉を急ぐのかというのは大きな疑問点であり、非常に問題だと思います。
ウクライナとの調整もできていない、ヨーロッパとの調整もまだ、といった段階でロシアと交渉を始めようとしていることが、今回の米ロ交渉の最大の懸念だと思います。
ヨーロッパの受け止めは?
ウクライナもそうですが、ヨーロッパとしてはみずからの頭越しにアメリカとロシアが勝手な合意をするというのは悪夢で、非常に大きな焦燥感が広がっています。
当初、この停戦交渉はやはり難しく時間がかかるというふうに見られていて、ヨーロッパ側も徐々に準備をしていけばいいという感じでした。
それがトランプ大統領の強い意向だと思いますが、アメリカが非常に急いで物事を動かそうとしている、それに引きずられる形でヨーロッパが対応を迫られているという状況です。
ヨーロッパとしては自分たちもしっかり交渉に入れてほしいということを言っているわけですが、交渉に入るためには、停戦合意に向けて、そして停戦の履行にあたってヨーロッパに何ができるのかを明らかにしていく必要があります。
ウクライナ情勢めぐる 欧州首脳の緊急協議(パリ 2月17日)ヨーロッパにできることとは?
ヨーロッパ諸国が部隊をウクライナに派遣する、この提案が非常に大きな意味を持ちます。
「安全の保証」と言われているもので、停戦が実現したあとにロシアによる再侵攻をいかに防ぐか。アメリカに参加してもらえれば一番いいですが、それが無理だとしたらヨーロッパの主要国が部隊をウクライナに送る。そのことによって再びロシアが侵攻することを防ぐ、そういう提案です。
もしウクライナを攻めたら、そこにはウクライナ軍だけでなく、イギリス軍がいるかもしれないしフランス軍がいるかもしれない、そういう状況をつくることによってロシアが再侵攻するハードルを引き上げるということです。
これは自国の負担を減らすために停戦したいアメリカに対しても非常に大きなメッセージになります。
ヨーロッパが部隊を派遣することが、アメリカの目的のために重要だという構図にして「ヨーロッパ諸国をしっかり巻き込んで交渉した方がアメリカにとっても利益になりますよ」と、そういうメッセージをアメリカに対して送りたいわけです。
NATO=北大西洋条約機構による軍事演習(フィンランド 2024年)ヨーロッパは部隊を派遣できるの?
実はウクライナに部隊を派遣するという案は、フランスのマクロン大統領がちょうど1年前の2月に言及し、それ以降さまざまな形で議論されてきました。
しかし本当に動くためには停戦交渉自体が現実のものになる必要があり、これまでは必ずしも短期的な課題ではないと認識されていたわけです。
一方でトランプ政権が再び誕生する可能性が相当前から現実のものとして議論されてきたことを踏まえると、ヨーロッパとしては本来であればもう少し早い段階から準備をしておくべきだったというのはそのとおりだと思います。
ただウクライナに部隊を派遣するというのは、ヨーロッパにとっても非常にハードルが高い問題です。ですから本当に必要に迫られなければ、なかなか具体的な話まではできないという形で先送りされてきたということだと思います。
NATOの軍事演習に参加するフランス軍の戦車(ルーマニア 2023年)なぜハードルが高い?
ロシアの脅威に対する本気度、切迫感がヨーロッパ全体で共有されていないという問題があります。
ウクライナと国境を接している国々、あるいはロシアと直接、国境を接している国々にとっては「ウクライナが倒れてしまうと次は自分たちかもしれない」という懸念が非常に強い。今回、中途半端な形でいつでも再侵攻が起きるような形で停戦してしまうと、自分たちの安全保障が脅かされる、そういったことへの懸念はやはりいま非常に高まっている状況です。
他方でロシアから地理的に遠い国からすると、ロシアの脅威というのがそこまで現実のものとしては捉えられておらず、国防予算の増額という話も、あくまでもアメリカの圧力にどう対処するかというのが根本的な論点なんです。
ロシアの脅威に対する認識がヨーロッパの中でも温度差がある中で、これをどのように埋めてウクライナに対する部隊派遣案をまとめられるのか。ヨーロッパにとってはまさに正念場ということなんだと思います。
NATO本部(ブリュッセル)ヨーロッパ各国の国内情勢は?
各国、非常に厳しい状況です。
ドイツではもうすぐ選挙がありますし、フランスは完全に少数与党という状況です。イギリスのスターマー政権もなかなか支持率が振るわず、英独仏、ヨーロッパの主要国はどこも国内の政治基盤が強いとは言い難い状況になっています。またポーランドも大統領選挙を控えています。
左からショルツ首相(独) マクロン大統領(仏) スターマー首相(英)
内政上さまざまな問題がありますし、いわゆる支援疲れ、ウクライナ支援にはコストがかかるわけですから当然その反発の声というのは出てくるわけです。
ただこのウクライナの停戦がヨーロッパの関与がないまま、ヨーロッパの利益を損なう形で米ロが勝手に合意してしまうことのダメージ、損害というのは非常に大きいと思います。
ウクライナへの部隊の派遣というのはコストもリスクも大きい一方で、それをやらないでウクライナが倒れてしまう、あるいは非常に不安定な形の停戦でお茶を濁されるということが、最終的にはヨーロッパにとって不利益なんだということを、各国の政府がどこまでそれぞれの国内で浸透させて支持を得ることができるのか、問われていると思います。
今後のポイントは?
結局はスピードの問題で、トランプ政権のとにかく急いで停戦するという時間軸と、ヨーロッパが各国の合意をまとめて、どの国がどこにどれぐらい部隊を送るのかという具体的な計画を提示できる時間軸、これがうまくかみ合うのかが注目点だと思います。
ヨーロッパの決定が遅すぎると、アメリカがしびれを切らしてウクライナの問題から手を引くというようなシナリオ、トランプ政権としてはもう待てないというような状況になることも最悪のケースとしては考えられるんだと思います。
ですから、時間との勝負というのがヨーロッパがいま置かれた状況なのです。
(2月17日ニュース7などで放送)
国際部記者
鈴木 陽平
2011年入局 鹿児島局 横浜局 アジア総局などを経て
2024年9月から現所属