実現すれば1世紀ぶりとなる国際課税ルールの制度改正に黄色信号がともっている。巨大グローバル企業に適切に課税するため、各国で10年以上議論し、およそ140の国と地域で大枠合意までこぎ着けたが、アメリカのトランプ大統領が離脱を示唆したのだ。
そうした中で26日から27日に開かれたG20=主要20か国の財務相・中央銀行総裁会議。歴史的な改正の行く末は?
(経済部記者 米田亘 真方健太朗)
アメリカの真意は
トランプ大統領 就任式(1月20日)
1月に就任したアメリカのトランプ大統領は、関税政策や国際機関からの脱退など新たな方針を次々に表明した。
その中に、「前政権がアメリカを代表して国際課税について行ったいかなるコミットメントも、アメリカ議会による立法措置なしに、アメリカでは効力を有しない」という覚書があった。
これまで各国が積み上げてきた国際課税ルールづくりからの離脱を示唆したのだ。
実はこのルールづくり、日本が旗振り役となって、各国の間で合意形成が進められてきた経緯があった。
「いったいどういうことなのか。アメリカの意図を確認しなければならない」。覚書が公表された直後、日本の財務省の担当部局は対応に追われていた。
しかし、トランプ大統領の真意を探るのは簡単ではない。カウンターパートとなるアメリカの財務当局とコンタクトを取ろうとしても、担当者が決まっていない状況だった。
2月に入ると、アメリカの財務当局の体制も徐々に整ってくるが、アメリカ側の明確なスタンスをうかがい知ることはできなかった。
このとき、南アフリカで開かれるG20=主要20か国の財務相・中央銀行総裁会議の開催時期が迫っていた。
日本は、今回のG20の会議がこれまでの合意を踏まえ新たなルールの実行へとギアを上げる絶好の機会になると見ていた。
アメリカ側の突然の離脱示唆で、一気に暗雲が垂れ込む。
「アメリカは国際課税の議論には乗ってこないだろう。今回は進展は望めないかもしれない」。ある財務省幹部はこう不安を口にし、南アフリカへと向かった。
国際課税ルールとは
国際課税の新たなルールには2つの柱がある。
1つ目が「巨大グローバル企業への適切な課税」だ。
今のルールは工場やオフィスといった「物理的な拠点」のある国が法人税を課すことを原則としている。
ただ、アメリカの巨大IT企業のように国境にとらわれずにサービスを展開する企業の急成長で、サービスの利用者がいる国から「適切に課税できない」という不満が出ていた。
そのため、新たなルールでは「物理的な拠点」がない国でも、国内でサービスが利用されていれば、企業の利益の一部が配分される形で課税できるようにしようとしている。
柱の2つ目が「法人税逃れへの対策」だ。
近年、グローバル企業を自国に誘致しようと、各国の間で「法人税の引き下げ競争」が起きていた。
こうした企業は、国や地域ごとに法人税の税率が大きく異なることを利用して、「租税回避地」と呼ばれるような税率の低い国や地域に設けた子会社などに利益を移すことで、課税逃れを進めてきたという指摘も出ていた。
各国の間では、法人税の引き下げ競争が続けば、自国の税収基盤が弱っていくという懸念もあったことから、各国が法人税の最低税率を15%とすることを決めた。
これにより企業は、どんなに税率が低い国や地域に子会社などを置いても、少なくとも15%は税負担を求められることになる。
10年以上にわたる交渉
国際課税のルールづくりに向けて各国は10年以上をかけ交渉を続け、2021年におよそ140の国と地域で大枠合意に達し、参加国からは「歴史的合意」という声が上がった。
何が歴史的かというと、1つ目の柱の「物理的な拠点がある国が課税」という考え方は、1928年の国際連盟で決められた原則を堅持してきたものだからだ。
つまり、この原則が抜本的に改正されれば、およそ1世紀ぶりの改正となる。
各国の合意形成に向けては、日本が旗振り役となってきた経緯がある。
OECD租税委員会の会合(2016年)
2013年のG7=主要7か国の財務相・中央銀行総裁会議で、当時の麻生副総理兼財務大臣が各国の閣僚に呼びかけて議論が本格化し、2016年には京都で大規模な国際会議を開催。
現在の交渉の枠組みは、この会議が主な契機となった。
2つ目の柱である最低税率の導入をめぐっては、法人税率を低く設定している国や、巨大なグローバル企業を擁する国などが消極的な姿勢を見せ、これらの国を枠組みに入れるのは容易ではなかった。
その慎重な姿勢を見せていた国の1つが第1次トランプ政権のアメリカだった。
アメリカ バイデン前大統領
ところが、バイデン政権に移行したあと、方針を大きく転換。15%の最低税率はアメリカ自身が提案し、この提案を軸に決められた。
つまり、アメリカがみずから具体的な数字まで持ち出し、交渉の主導役を担った時もあったのだ。
G20での議論は
G20の会場(2月26日)
こうした中で26日に開幕したG20財務相・中央銀行総裁会議。
アメリカ側がどのような立場を示すのかが注目されたが、開幕前にアメリカのベッセント財務長官が欠席を表明し、いわば肩すかしとなった。
2日目に行われた国際課税の議論では、日本からは、これまでの合意形成の流れを維持する重要性を指摘した。
結局、前進も逆行も含めて、議論に大きな進展はなかった。
会議に参加した財務省関係者は「今後どうなるかはまだわからない」と話し、議論の先行きは予断を許さないと受け止めていた。
そして、アメリカ以外にも日本やヨーロッパなど主要国の閣僚級が欠席する中、会議全体の成果としての共同声明の取りまとめは見送られた。
次回のG20は4月にアメリカのワシントンで行われる。
ある財務省幹部は「次回はアメリカで開催されることもあって、トランプ政権のスタンスが示されるだろう。国際課税は公平性の観点からアメリカも含めて多くの企業にとってメリットがあることを訴えていきたい」と語った。
国際課税、今後どうなる?
アメリカが国際課税の枠組みから離脱した場合、どういう展開が考えられるのか。
財務省のある幹部
「2つ目の柱である最低税率については、定めたルールに沿って各国が国内法を整備するだけなので、全体に与える影響はそこまで大きくない」
「1つ目の柱である巨大グローバル企業への適切な課税については、多国間条約であり、アメリカの参加が必要になるため、発効の見通しが立たなくなる。GAFAなどの巨大IT企業を抱えるアメリカはただでさえ、実効性のカギを握る国。国際社会としては、アメリカに対して参加への理解を求めるなどの対応が必要になるのではないか」
一方、専門家から懸念する声が上がっているのが「今後、課税合戦になるのではないか」という点だ。
すでにフランスやイギリスなど一部の国では国内でデジタルサービスを展開するアメリカ企業に対して、独自の課税を行っている。
トランプ大統領はこの課税について、2月に公表した覚書の中で「アメリカの主権と雇用を奪い、アメリカ企業の国際競争力を制限している」と批判した上で「外国政府がアメリカ企業から多大な資金や知的財産の移転を意図した税を課す場合、関税などの措置を講じる」とけん制した。
国際課税の新たなルールが発効せず、各国が独自の課税を継続したり、新たに独自の課税を行う国が出てきたりした場合、アメリカが報復的な課税措置を取り、各国の間で「課税合戦」に発展する可能性が指摘されている。
今後の国際課税のルールづくりに向けては、アメリカをどう巻き込み、日本を含む各国の間で国際協調の流れを維持できるかが焦点となる。
来週はトランプ大統領が施政方針を示す演説を行う予定で、発言の内容が注目される。
このほか、3月4日にも発動する意向が示されたカナダとメキシコへの関税措置と中国への追加関税による世界経済への影響が焦点となる。
(2月28日「おはよう日本」などで放送)