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便漏れなどの副作用も 新発売「体重減少」の薬の実力は高野聡・毎日新聞 医療プレミア編集部
2024年4月3日
「アライ」のパッケージ写真。左が90カプセル入り、右が18カプセル入り。1日3回服用する=大塚製薬提供
4月8日、「日本初、おなかが太めな方の内臓脂肪・腹囲減少薬」をうたった「アライ」が大正製薬(東京都豊島区)から発売される。医師の処方箋は不要で、薬局・薬店で買える一般用医薬品だが、「要指導医薬品」に該当し、薬剤師から説明を受けることが条件だ。医師が処方する医療用医薬品の成分を市販薬として開発した医薬品は「ダイレクトOTC(オーバー・ザ・カウンター<カウンター越し>の頭文字)」と呼ばれるが、同社にとってはヒット商品である育毛剤「リアップ」以来のダイレクトOTCにあたる。発売1カ月前からテレビCMを流すなど同社の力の入れ具合も大きい。また「体重が減る」という効果に対する一般の関心も高い。服用条件に合致する記者(高野)が話題の新薬の実力を探った。
鳴り物入りのデビュー
3月上旬、東京・有楽町の外資系ホテルのボールルームで「アライ」の発売記者発表会が開かれた。華やかに照らされたステージとほぼ満席の記者席。医療用と一般用の違いはあるものの、新薬の発売発表を取材する機会が多い記者もその熱気に驚いた。「リアップ」以来の新製品に同社がかける期待の大きさと注目度の高さがうかがえた。
「アライ」はリパーゼ阻害薬と呼ばれる薬剤だ。リパーゼは消化酵素の一種で、小腸で脂質を分解し吸収を助ける。「アライ」の有効成分である「オルリスタット」は、そのリパーゼの働きを阻害することで体内における脂肪の吸収を妨げる。これにより、食べ物に含まれる脂肪分が吸収されず、便として排泄(はいせつ)される。同社は「食べた脂肪の約25%が排泄されると期待できる」と説明する。
国内の臨床試験で効果は確認されている。腹部の断面で調べた内臓脂肪面積の変化率は、プラセボ(偽薬)群が24週時点で5.78%減だったのに対し、アライ群は14.1%減。52週まで追跡すると21.52%減だった。またウエスト周囲の長さは24週時点でプラセボ群の1.64%減に対し、アライ群は2.59%減。52週まで追跡したアライ群では4.89%減だった。4.89%減は、実測では4.73cmに相当するという。
「体重の3%以上の減量」を実現するための薬
内臓脂肪の減量が重要なのは、内臓脂肪の蓄積が糖尿病や脂質異常症、高血圧などの多くの生活習慣病の原因となるためだ。日本肥満学会の横手幸太郎理事長(千葉大学長)は「内臓脂肪の脂肪細胞が増えると、血糖値を上げるTNF-αや血圧を上げるアンジオテンシノーゲンの分泌が増えたり、血糖値や血圧を下げるアディポネクチンの分泌が減ったりと生理活性物質のバランスが崩れる。これにより生活習慣病の発症につながる」と説明する。このため同学会の「肥満症診療ガイドライン」では、肥満症やその前段階である肥満の人に対して「体重の3%以上の減量」を呼び掛けている。
肥満と肥満症の違いは一般には分かりにくい。同学会の定義では、体格指数(BMI)と健康障害の有無で両者を分けている。体格指数は、体重(kg)を身長(m)の2乗で割った数値で、25以上が肥満に該当する。肥満症は、肥満に加え糖尿病や高血圧など11の健康障害(疾患)がある場合だ。さらに、BMI35以上の場合は健康障害がなくても「高度肥満症の可能性あり」、BMI35以上で健康障害があれば「高度肥満症」としていずれも治療対象となる。日本人の成人男性の平均身長171.5cmで考えると、体重102.9kgがBMI35に相当する。
「アライ」の対象はBMI35未満で健康障害がない人で、肥満症の「予防薬」にあたる。この点で、昨年発売された「肥満症治療薬」のウゴービとは治療対象が異なる。
日本での実用化に16年を要す
「アライ」の有効成分であるオルリスタットなどのリパーゼ阻害薬の国内実用化はこれまでも何度か試みられた。元々はスイスの製薬会社ロシュが開発した薬剤で、97年に海外で医療用医薬品「Xenical(ゼニカル)」として承認を受けた。日本の製薬会社が03年に「ゼニカル」の販売権を取得したが、「戦略的理由」のため05年に発売断念を発表。また英国の製薬会社が開発したセチリスタットという別のリパーゼ阻害薬は03年に別の日本の製薬会社が販売権を取得し、13年に肥満症に対する医療用医薬品として薬事承認にまでこぎ着けたが、当時の中央社会保障医療協議会(中医協)の議論の結果、薬価収載に至らず、やはり発売を断念している。
当時の中医協の議事録には「体重が2%しか減らない」と効果を疑問視する意見や肥満症治療薬という概念をめぐる議論が記録されている。
「アライ」について説明する大正製薬の担当者=東京都千代田区で2024年3月4日、高野聡撮影
こうした経過について、横手理事長は「肥満や肥満症における健康障害予防の重要性への認識が現在ほど広まっていなかったという側面がある」と指摘する。横手理事長によると、2000年ごろから肥満症に対する研究が進み、日本人は欧米人に比べて肥満の程度が小さくても内臓脂肪が蓄積しやすく、内臓脂肪が蓄積すると糖尿病や脂質異常症などの健康障害を起こしやすいことがわかってきた。だがセチリスタットが承認された13年当時、医学研究者には注目度の高い研究テーマであっても、現場の医療にまでは浸透していなかった、という。「セチリスタットについては、公費負担の医療保険の下で使用する医療用医薬品の効果が『体重2%減』程度でいいのかという議論が中医協であったと聞いている。肥満症治療薬として認めるならば、健康障害の改善効果が必要だが、十分と認められるほどの説得力がなかったのではないか」と推測する。
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「alli(アライ)」は07年に米国でOTC医薬品として承認された。alliもXenicalもオルリスタットの製剤である点は同じだが、世界的には用量120mgの製剤が医療用医薬品のXenical、用量60mgの製剤が一般用医薬品のalliという商品名を使っている。
大正製薬は08年に海外の製薬会社と「アライ」の導入契約を結び、16年をかけて発売にこぎ着けた。同社によると、規制当局との議論や臨床試験の準備に3年をかけ、11~17年に6件の臨床試験を実施したという。19年にダイレクトOTC医薬品として承認申請した後も、当局による審査は23年までの約4年という異例の長期に及んだ。同社は「『腹囲減少』という新規の薬効やダイレクトOTCとしてのメリット、適正使用できるかという点などの説明に時間を要した」と話す。
肥満症治療薬として承認受けるも発売できず
医療用医薬品の肥満症治療薬ではなく、市販薬(要指導医薬品)として実用化した点について、同社は「ゼニカルが開発中止された事実から、肥満症治療薬としての開発は難しいと考え、当初から一般用医薬品として開発を進めてきた。セチリスタットの経緯は関係がない」と説明する。横手理事長は「肥満症治療薬としての実用化は難しいと一度認識されてしまったので、肥満症になる手前の、食事や運動療法で減量に取り組みながら効果が不十分な人の手助けになる薬を、というコンセプトを学会でも検討した」と話す。
日本肥満学会が予防のために、診療ガイドラインで呼び掛けているのは体重減だが、「体重減少」効果を前面に出さず、「内臓脂肪・腹囲減少薬」とした呼称にも苦心の跡がうかがえる。同社は「『体重減少薬』は安易なダイエットを想起させ公衆衛生上のリスクを生じさせる可能性が高い点や、内臓脂肪の過剰蓄積こそが問題だという肥満学会の考え方などを考慮し、医薬品医療機器総合機構(PMDA)と協議した」と説明。横手理事長は「健康障害の元凶は内臓脂肪の蓄積なので、その代替指標として腹囲に着目するのは間違っていない」と話す。横手理事長によると、内臓脂肪1キログラムは腹囲の長さ約1cmに相当するという。
肥満と肥満症の現状と対策について講演する、横手幸太郎日本肥満学会理事長=東京都千代田区で3月4日、高野聡撮影「特定の症状」への覚悟と対策が必要
安易なやせ薬としての使用を警戒して、「アライ」には販売の際の条件が厳しく決められている。購入者が薬剤師と対面した際に確認されるのが以下の項目だ。
・腹囲(へその高さ)が男性で85cm以上、女性で90cm以上
・11の健康障害(耐糖能障害<2型糖尿病・耐糖能異常など>、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症・痛風、冠動脈疾患、脳梗塞(こうそく)、非アルコール性脂肪性肝疾患、月経異常・不妊、閉塞(へいそく)性睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群、運動器疾患、肥満関連腎臓病)を合併していない。
・初回購入前3カ月以上の生活習慣改善(食事・運動)に取り組んでいる
・初回購入前1カ月及び使用中に生活習慣改善の取り組み、体重・腹囲を記録する。
同社では使用者が簡単に生活習慣を記録できるよう、スマートフォンで使用する専用アプリを開発した。
健康障害とは、耐糖能障害(2型糖尿病・耐糖能異常など)、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症・痛風、冠動脈疾患、脳梗塞、非アルコール性脂肪性肝疾患、月経異常・不妊、閉塞性睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群、運動器疾患、肥満関連腎臓病の11の疾患
記者は腹囲85cm以上、BMI25~26で、持病もなく、半年以上、運動や食事にも配慮している。「アライ」服用について十分な資格があると言えそうだ。服用にも大いに関心があったが、記者発表会で薬理作用に伴う「特定の症状」の説明を聞き、考え込んだ。リパーゼの働きを阻害して、食べ物の脂肪分をそのまま排泄するため、便や油の漏れといった症状が起こるという。
臨床試験を通じて報告された消化器系の副作用は440例中180例で全体の40.9%に及び、服用中止例も同11例で2.5%あった。具体的な症状としては、油の漏れのほか、便や油を伴う放屁(ほうひ)や油性排泄物、脂肪便、便失禁などが挙がった。「油の漏れ」「油を伴う放屁」がイメージしにくいが、同社によると、「便器の水の上にラー油が数滴垂らしたような状態」という。
これらの症状に対して、同社は「脂肪分の多い食事を控える」「下着に便漏れパッドやナプキンをつけておく」「替えの下着を準備しておく」「服用開始は終日自宅で過ごせる休日にする」「おならが出そうな時などはすぐにトイレに行く」「外出時はトイレの場所を把握しておく」といった対策を挙げる。「脂肪分の多い食事」とはとんかつなどの揚げ物、脂身の多いステーキ、豚骨ラーメン、ケーキなどが該当する。排便やおならについても、それまでに経験していないような症状が表れる可能性があるという。
オルリスタット製剤を個人輸入して使った患者を複数例診察した経験がある、関西の循環器内科医にどのような体験談を聞いているのか尋ねてみた。「排便後、便器の水面に油滴が浮くようになった。焼き肉を食べた翌日は特にすごい」「おならが出るな、と思ったら便が出てしまった」「女性と食事中、おならをそっとしようとしたら便汁が出てしまった。白いズボンをはいていたのに」。服用前には、これらの症状に対する理解が必要と言えそうだ。
また薬のやめ時も気になる。この点について横手理事長は「食事や運動と併用して目標体重が達成できたら薬は不要になる。食事療法や運動を実践していてもまた体重が戻ってしまったら再度使う、という使い方になるだろう」と解説する。
これらを聞いて、記者自身はもう少し食事と運動で努力しようと決心した。
使用するには厳しく条件を設定
服用の際に重視されるのが薬剤師の役割だ。適正販売のため、同社ではアライ専用の研修プログラムを用意し、修了した薬剤師のみが販売に従事できるとした。また出荷先も適正販売を了承した薬局・ドラッグストアに限定し、同社から直接販売する。製造販売後調査も実施し、不適正使用例について把握して是正措置をとることも決まっている。
横手理事長は「これまで医療の対象でなかった予防医学に薬が入ってくることになり、薬剤師の役割が大きくなる。医師の指導がないため、薬剤師が肥満や肥満症について理解し、購入者を適正に指導してもらう必要がある。学会などと連携し正しい知識の啓発に協力してほしい」と話している。
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1989年入社、メディア情報部、船橋支局、千葉支局などを経て96年、東京本社科学環境部。埼玉医科大の性別適合手術、茨城県東海村臨界事故など科学環境分野のニュースを取材。2009年より大阪本社科学環境部で新型インフルエンザパンデミックなど取材。10年10月より医学誌MMJ(毎日メディカルジャーナル)編集長、東京本社医療福祉部編集委員、福井支局長などを歴任。