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「もし、あなたのつくったモノが、いつの間にか海を越え、戦場で武器になっていたら…」
ロシアがウクライナに侵攻を開始してから3年。私たちは、ロシア軍に大量の武器を供給する軍需企業の極秘文書を入手した。
記されていたのは数々のメイド・イン・ジャパン製品の名称。輸出規制をすり抜け、なぜ日本の製品が戦地にわたるのか。
その背景を追った。
クローズアップ現代 3月3日放送
NHKプラス 配信期限 :3/10(月) 午後7:57 まで
軍需企業の「極秘文書」
去年末、私たちはある人物に会うため、ポーランド・ワルシャワにいた。
ベラルーシの反政府組織「ベルポル」のウラジミール・ジハル氏。
元法務執行機関の職員などで結成されたベルポルは、独自の人脈と分析力で、ロシアと軍事的な連携を深めるルカシェンコ政権の実態を告発してきた。
ウラジミール・ジハル氏
「悲しいことに、現在のベラルーシではいかなる反対意見も過激主義とみなされ、人々はルカシェンコ体制に抵抗することができません。ですが、ルカシェンコ政権が何をしているのか世界に知らしめたいと、さまざまな分野、さまざまな都市、さまざまな省庁の人々が機密情報を提供してくれるのです」
ロシアとウクライナに隣接するベラルーシ。国内にロシア軍を駐留させるなど、ウクライナ侵攻を事実上、容認している。
ジハル氏は侵攻以降、ベラルーシがロシア向けに、多くの軍事製品を調達・製造していると指摘する。
ウラジミール・ジハル氏
「ベラルーシはロシアに協力するルカシェンコ大統領によって“占領”されています。ルカシェンコ政権はロシア軍の利益のために兵器を製造し、金もうけをしているのです」
日本企業の製品が…
ジハル氏は、ある文書をみせてくれた。
それは、ロシアに兵器を供給するベラルーシの軍需企業の内部文書だ。ベラルーシの内通者から受け取ったという。
文書は契約書や発注書、戦車に使われる部品の図面とみられるものなど、およそ200ページに及ぶ。たとえば、発注書では、ベラルーシの企業が購入した製品名、数量、それにメーカーまでもが、事細かに記録されている。
ジハル氏は、ロシアに兵器を供給しているとみられるベラルーシの軍事関連企業「サレオ」の取引記録を、私たちに示した。
そこには5つの日本企業の製品が、サレオに納品されていると記載されていた。
サレオを所有するのは、ルカシェンコ政権に近いアレクサンドル・シャクーチン氏。シャクーチン氏は攻撃用ドローンの製造を行う別の会社も所有し、その会社とシャクーチン氏は欧米からの輸出が禁止されている経済制裁の対象だ。
文書には、サレオに納品された部品の詳細が克明に記録されており、いずれも医療機器や自動車の製造に欠かせない工作機械の部品だった。
ウラジミール・ジハル氏
「日本製の部品がたくさん流れ、それを使って日々兵器が作られているのです。日本政府だけでなく、日本の人たちにも何が起きているか知ってほしい。遠い国で起きている戦争に関わっているなんてまさか夢にも思っていませんよね」
中国企業が日本製品を?
なぜ、日本の部品がベラルーシの企業に納品されていたのか。
文書によれば、納品を行ったのは、中国の「深セン5Gハイテクイノベーション」(以下、5G)という会社だ。
5Gは、登記簿を見る限り、ベラルーシ人が設立したとみられており、日本を含む各国の制裁対象の企業。
日本企業に輸出の状況を確認するため、私たちは文書に記載されていた5社に取材を申し込み、このうち1社が対面での取材に応じた。
大阪府の、あるメーカー。従業員は15人ほどの中小企業だ。
製造しているのは工作機械の制御システムに信号を送る「圧力スイッチ」。除雪機や船舶などに幅広く使われている。輸出管理の問題を多くの人に知ってほしいと協力をしてくれた。
メーカーの経営者
「きょう、この資料をはじめてみました」
私たちがこの会社名が記された文書を見せると、経営者の男性は、驚きの表情を見せた。制裁対象企業、5Gとの取り引きについて、質問すると…。
メーカーの経営者
「(制裁対象企業には)注文もお断りしていますし、出すこともできません」
ロシアやベラルーシの企業、5Gとの取り引きは一切ないと明言した。そもそも、輸出では、長年の実績のある取引先だけしか製品を卸していない。文書には、自社製品であることを示す型番が記されていたが、一部欠落していたため、輸出ルートを特定することはできなかった。
メーカーの経営者
「製造番号がそれぞれあり、全部記録に残しています。しかし、最終的にどこに行って、何につけられ、何を作られているのか。そこまでの把握は難しい」
文書に載っていた日本企業2社も取材に応じ、5Gとの直接の取り引きを否定した。
「取引企業としての登録もなく、深セン5G社は当社とは無関係の企業です」
「弊社の調査では、弊社並びに弊社製品を販売している商社等が深セン5G社へ当該製品を販売した事実は確認できませんでした」
日本企業が海外に輸出した製品が、さまざまな企業を経由してう回することで、輸出規制をすり抜けている「闇ルート」の存在が浮かび上がってきた。
中国企業 直撃に向かうも
どこから日本製品を仕入れたのか直接問うため、私たちは、内部文書に記されていた住所を頼りに5Gの本社に向かった。しかし、建物に入ろうとしたところ、関係者とみられる人たちに囲まれ、撮影は断念。近づくことさえ許されなかった。
電話やメッセージでも5Gに取材を申し込んだが、応じることはなかった。
また文書には、5Gと取り引きのある中国の企業の情報も掲載されていた。私たちは、この企業の周辺で従業員に聞き込みも行ったが、実態はつかめなかった。
取材班「5Gと取り引きしていますか?」
従業員「何の関係もありませんので、そちらから5Gに問い合わせてください」
取材班「何を作っていますか?」
従業員「板金です。それ以上のことは言えません」
公開情報分析で迫る“闇ルート”
5Gのようなう回ルートは、どれくらい広がっているのか?私たちは、税関データといった公開情報を使った分析を専門とする会社に協力を依頼した。
この3年間に、ベラルーシに輸入された物品の税関記録、数千万件を解析したところ、中国だけでなく、ベトナムやトルコからも流れていたことが分かった。
フロンテオ 守本正宏 社長
「トルコであるとかベトナム企業とか、こういったつながりが明らかになってきたということで、ルートは1つではなくてかなり複雑にう回ルートがあるということは明確に示されました」
さらに見えてきたのは、う回ルートを使った大きな闇。それは、ベラルーシの大手軍需企業、「ペレング」に大量の物品が流れていた実態だ。
ペレングは戦車に搭載する照準器など、ロシア軍が戦場で用いる精密機器を生産しているとされる。今回の調査で、5Gからこの3年間で少なくとも182件、25億円以上の物品を購入していたことが判明した。
フロンテオ 守本正宏 社長
「本来作られているであろうという製品、部品を考えますと、これがすべてではないだろうと思いますが、我々が入手したデータでは、5Gとペレングとの取引関係は、かなり他と比較して多い。複雑なネットワークが広がっている中でもう経済制裁だけでは紛争を解決するのは不可能な時代になってきている」
相次ぐ制裁逃れ
世界各国に張り巡らされたう回ルートで、戦争に必要な物資を手に入れているとみられるロシア。去年、ウクライナのゼレンスキー大統領は、この問題に対処するよう、国際社会に訴えた。
ウクライナ ゼレンスキー大統領
「ロシアに対する制裁や輸出管理は十分ではない。ロシアのミサイルには、西側諸国の部品が入っている」
ウクライナ政府のホームページ
ウクライナ政府はロシア軍の兵器から見つかった外国製の部品をインターネット上で公開している。それによると、これまで確認された日本企業の部品はおよそ30社、170点ほどに上っている。
戦闘で使われる無人偵察機から日本製のカメラやエンジンが見つかったほか、ミサイルにはスイッチやコイルといった電子部品が組み込まれていたという。
海外輸出“グレーなら断る”
気づかぬうちに、自社製品が戦場で使われてしまうことを防ぐには、どうすればいいのか。
静岡県・浜松市にある大手光学機器メーカー「浜松ホトニクス」。
主に光を検出するセンサーの製造で知られ、その高い技術は、日本のノーベル物理学賞の受賞にも大きく貢献してきた。売り上げ全体の7割以上は、海外輸出。放射線を使ってがん細胞を検知する装置「PET」では、世界シェアの90%近くを占める。
世界的な企業なだけに、自社独自の技術の悪用を警戒してきた。
浜松ホトニクス 鈴木一哉さん
「顕微鏡の暗い画像を明るくして見せるっていう風に使っています。しかし、暗視装置として、軍事転用されるとリスクの大きいものです」
輸出を管理する専門部署を設け、製品を売るべきかどうか、そのつど審査をしている。
この日、ある海外の大学からの発注について報告が行われていた。
輸出管理部門の担当者
「カメラを納品するというケースでした。先生のホームページというのを確認いたしました。研究をしてきた内容が書いてあると思いますが、XXという風に伏せ字になっていました」
研究実績の一部が「XX」で、ぼかされていた。担当者が詳しく調べたところ、「XX」は国防関連の研究を指す可能性が判明した。
輸出管理部門の担当者
「当社への誓約書では、軍関係ではない、軍用途に使いませんよと、しっかりチェックは入っているけれども実際そういった研究してますよねと。これは非常にリスキーですから当社として取り引きするべきじゃないんじゃないですかって話をして、お断りしたという案件になります」
さらに、ウクライナ侵攻後では、ロシアが第三国をう回して製品を仕入れようとしたと疑われるケースも増えている。
侵攻前、ロシアにしか輸出していなかった製品が、突然オマーンから発注。取り引きを断ると、今度は同様の注文がクウェートからあったという。
輸出管理部門の担当者
「同様のケースが電子管事業部で複数件ございました。(ロシアの)隣接国であるカザフスタンからもありました。通常、引き合いがなかった顧客なんですけども、引き合いが非常に増えました。ロシアへのう回輸出の懸念ということを考慮して、輸出管理グループとしては取り引きは難しいと判断したケースが複数件ございます」
会社では毎月10件近くの取り引きを断っている。
浜松ホトニクス 鈴木一哉さん
「(取引拒否の)半分以上に関しては、法律のことだけで言うのであれば、輸出は可能だと思います。しかし、これは、軍事用途に使われるのではないかと思うものが結構あります。やはりそれを防ぐとなると、自主管理をしていくということになろうかと思います。世界中の人々が健康で幸福でいるために、当社の製品を世の中に出していくということで考えています」
その上で、用途などが明確に確認できない限り、取り引きに応じない姿勢を示した。
浜松ホトニクス 鈴木一哉さん
「どんなに調べてもグレーっていうのがありますので、グレーであれば仕方がないですが、取り引きはもうやめるしかない」
中小企業 “対策まだまだ”
しかし、この会社のように取り組める企業は、多くないというのも実情のようだ。中小企業への支援を行っているコンサルティング会社は、輸出管理に会社としてコストをかける企業は少ないと指摘する。
船井総研 関根祐貴さん
「一番大きいのは人的リソースです。実際に体制構築をするにあたって、それを誰がやるんだと社内で誰がやるんだというところの難しさはあるのかなと思います。経営層の関与度というのをしっかり上げていくということが、この安全保障貿易の中で一番大事なところです」
営業現場任せから組織対応へ
そんな中、この課題に正面から向き合い始めた中小企業がある。
化学薬品などを海外に輸出する商社。従業員は60人ほどだが、去年、輸出管理を専門に対応する新しい部署をつくった。人員は他部署の業務と兼務させることで捻出した。
これまでも対応は進めてきたものの、現場の営業担当者だけが確認していたのが実情だった。新しい部署をつくり、統一ルールを整備することで、組織全体でこの問題に対処することを決めた。
商社 営業担当 渡邊真也さん
「営業なので本質的には輸出して売りたいじゃないですか。その営業部門だけで抱えていたというのはどこかでリスクはあったんだろうなと思います。会社全体でフォローしてもらえるのは心強いっていうところが一番大きいです」
ただ、年々、複雑化する輸出規制の現状に、本音を漏らす場面もあった。
商社 営業担当 渡邊真也さん
「昔と比べたら業務量はすごい増えています。輸出に関してこれ以上また何かが増えるってなると、それはちょっと恐ろしいなっていうのは正直ありますね」
これまでよりも手間もコストもかかることになる今回の取り組み。会社は、リスクを事前に防ぐ手立てを構築することが、結果的に会社の未来につながると考えている。
商社 渡邉宗一郎 社長
「海外へという新たな戦略を立てていくという中で、輸出貿易、安全保障貿易に関してしっかりと体制を整えていく。将来のビジネスの拡大のために必要なものであるというふうに感じています」
台湾 “能動的な規制を”
輸出規制はどこまでするべきなのか。
ロシアに関係する団体への輸出規制を、日本やアメリカを上回る3300以上行っている台湾。日本の経済産業省にあたる「経済部」は、積極的な輸出管理の重要性を訴える。
経済部国際貿易署 胡啓娟さん
「私たちは税関による境界封鎖を通じ、制裁団体との取り引きを阻止しています。これまでに、90社以上を訪問し、輸出管理の法令やロシアとの取り引きのリスクについて、説明をしてきました。このように、台湾は能動的に輸出管理を強化しているのです」
輸出規制などに関する法律を立案する当局の関連機関では、中小企業を中心に現場の聞き取りを進め、実効性のあるルール作りを急いでいる。
資策会科技法律研究所 陳奕夫さん
「輸出規制の回避の方法として、(ロシアは)大量に洗濯機を購入し、取り出した電子部品を、ドローンやミサイルの制御装置に再利用しています」
この日は、台湾の製品がベラルーシの制裁対象企業に渡っていた事例が報告され、踏み込んだ対応が議論された。
「(当時)この製品は輸出管理リストの対象品目ではなく、規制されることはありませんでした。これでは同じような事例が今後発生するかもしれません」
「企業が誤った取り引きをしないよう、当局が新たな仕組みを考案することが支援になると思います」
「企業に直接出向き、調査を行い、現状把握を行う必要があるでしょう」
今後、実態を正確に把握した上で、新たなルール作りに生かしていく方針だ。
危機感を抱く民間企業
高い技術を持つ民間企業の危機感は大きい。人工知能=AIや5G通信向けの精密部品を設計・製造する企業。最近、身分を偽装した不審な企業からのメールや電話の問い合わせが相次いでいるという。
宥相電波 李姿慧さん
「香港のメールのようですが、中国のサービスのドメインが使われています。また注文数が非常に多く怪しいです。振り込み先はロシアの銀行が記載されています」
可能な限り最終的に誰が使うのか、調べる努力は行うものの、リスクはゼロにならないと話す。
宥相電波 李仲桓さん
「部品ゆえ、異なる製品に組み込まれれば、全く違う用途で使えることになります。可能な限り、訪問や電話で確認していますが、私たちのような部品業者の製品は、軍民両用をされるのが容易です。複数の仲介業者が存在する場合、最終的に使用者を追跡するのは非常に困難です」
「技術」で対抗
台湾企業の中には、一歩踏み込んだ対策に乗り出すところもある。衛星通信機器などを製造する、ベンチャー企業。
管理に力を入れているのは去年から販売を開始した「ドローン対抗システム」。エリア内で無人機を察知したら、特殊な電波によって、墜落させることができるものだ。これまでヨーロッパや中東など6か国に輸出されてきた。
創未来科技 蔡忠紘さん
「この製品は重要な革新的な技術です。顧客を怪しいと思えば、防止策を講じる必要があります」
この企業では新規の顧客との契約の前に、営業担当の社員が必ず現地に出向き、調査を行うように義務づけている。
それでも万が一、契約していない国や企業に製品が渡った際を想定し、製品には特殊な機能を組み込んだ。
創未来科技 蔡忠紘さん
「製品内部に高精度のGPSが組み込まれています。当社の中央制御システムを通じ、製品の位置を特定し、遠隔操作でシャットダウンしたり、製品自体が自動ロックもできます。我々の製品は非常にハイテクであるため、ユーザーや使用状況の管理も高度な技術で対応しています」
取材後記 どこまで規制すべきか
モノや人それにカネが、絶え間なく国境を越えて、行き交う現代。その流れは、人体に走る毛細血管のように、世界中に張り巡らされている。
このグローバル化した世界は、私たちの生活を豊かにしているのは、確かに事実だ。しかし、一方で、戦争という悲惨な現状をも長らえさせるという「副作用」も持っている。
私たちは、その実態に迫るため、企業や専門家など、50人を超える人たちに取材を重ねてきた。
「包丁で殺人事件が起きたからといって、その包丁の製造元が責任を問われるべきなのか」
取材の過程で、こんな意見を聞く機会も、少なくなかった。
あまりに規制を強めれば、経済活動が著しく制限されてしまう。しかし、放置していれば、戦場に物資は届き続ける。輸出管理のあるべき姿とは、どんなものなのか。
率直にいって、まだ明確な答えにたどりついていない。
ただ、こうしている今も、世界の紛争地では、多くの命が失われ続けている。
わが社の製品が戦争に?広がる軍事“闇ルート”
NHKプラス 配信期限 :3/10(月) 午後7:57 まで
政経国際番組部
ディレクター
新里昌士
専門は主に中国と中東地域。最近では、中台問題や影響力工作に関心
科学文化部
記者
福田陽平
専門はサイバーセキュリティー。最近では、主に安全保障の観点で取材を展開
政経国際番組部
ディレクター
川上慈尚
国際ニュースを担当。AIや地政学など、幅広い視点で、取材に取り組んでいる
名古屋放送局
ディレクター
西野晶
ウクライナ侵攻など、紛争に関する取材を継続している